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00~08 Side 司 01話
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ハムエッグにレタスとトマト。もう一枚のプレートにはバターを塗った上にチーズが乗っている。
別段珍しくもなんともない朝食を前に、とあることが頭をよぎった。
「あんた、手が止まってるわよ」
姉さんに指摘されコーヒーカップに手を伸ばすも、カップを口元へ運ぶ気にはならなかった。
「何よ、毎度のことでしょ?」
姉さんは俺が何を見て手を止めたのかに気づいたのだろう。でも――
「俺じゃない」
海斗と――翠、だ。
「あぁ、海斗か。あれはあぁ見えてそこら辺、意外と割り切れてなかったりするのよね。生まれてくる家は選べない、って結局そこにたどり着くのに。いつになったら慣れるんだか」
「……あいつは、慣れることはないと思う」
海斗の場合、できるできないは別として、慣れることはないと思う。
人付き合いにしても何にしても、俺や秋兄とは違うと主張しているのが見て取れる。
そんなことをしたところで俺たちを取り巻く環境が変わるわけでもないのに。
「姉さん、どう思う?」
「仕方ないでしょ?」
「違う、海斗じゃなくて……」
姉さんはトーストから俺に視線を移し、はっと我に返ったように口を開いた。
「嘘――盲点だわ」
そう、盲点だった。
もっと早くに気づくべきだったし、もっと早くに対処しておくべきだった。
今の今まで誰も気づかなかったことのほうがおかしい。
「翠葉、よね?」
「そう――逢坂の人間をマークしたところで害になりそうな人間はほかにもいる。薬物に関しては周りが動くだけじゃ完全には防げない」
「……警備サイドではじけるものには限界がある。薬物や飲食物までは防ぎようがない、か。ホント、迂闊だったわ」
姉さんが頭を抱える気持ちはわからなくもない。俺だって同じ動作をしたいくらいだ。
藤宮警備がはじくのは普通の生徒を守るためのレベルであり、俺たち藤宮一族を守るためのものではない。
俺たちには個別にボディーガードがつくけど、俺たち自身が気をつけるべきことはそれ相応にある。
それは、俺たちにとっては日常的なものでも、翠にとってはそうじゃない。
でも、翠はもう間違いなく「対象者」だ。翠に専属のボディーガードがつけられてもおかしくないほどに……。
だが、専属のボディーガードがつけられたとしても、飲食物に関しては自分自身が気をつけるほかないわけで――
「言うしかないわね。飲食物に関しては警備の人間が随時チェック済みのものが各ポイントで管理されていることを話しなさい」
「…………」
「こればかりは、一族以外の人間に言うのは抵抗あるわね」
姉さんがため息をつく。
俺たち、翠にここまで関わって良かったのか?
今さらだけど、そんな思いが心を掠める。
「司、今さらよ。もうあとには引けない。どっちにしろ、言うしかないのよ。腹括んなさい」
そんな会話をしたあとは、互いに無言で手と口を動かした。
エレベーターホールで会った翠は穏やかな表情で、その顔色から寝不足はうかがえない。
挨拶代わりに軽く言葉を交わしてからマンションを出た。
学校へ向かう下り坂――俺の後ろからは他愛のない話をしてはクスクスと笑い声が聞こえてくる。
本当は、今言うのが一番いいのだろう。
それがベストだとわかっているのにきっかけが掴めない。
翠は久しぶりに自分の足で歩いて登校するのがよほど嬉しいのか、靴音すら弾んで聞こえてくる。
そんな気持ちでいるところへ話したい内容ではなかった。
いつ切り出すか――
タイミングをうかがっていると、視覚や聴覚、その場の状況から得られる情報ではなく、たとえ文字になっていたとしても「翠の言葉」とわかる言葉が紡がれた。
一瞬にして、道の先に広がる景色に目を奪われる。
朝の景色――市街の高層ビルは朝陽を受けて眩しく光る。
藤倉市街が一望できる丘。それが藤宮学園のある場所。
少しひんやりと感じる風が頬を撫でていき、秋が深まる時期を予想する。
気づけば、自分もこの景色が好きだと口にしていた。
同じ時間に同じものを見て、思ったことを口にする。
それがどれほど特別なことなのか――
考えたこともなければ気づきもせずにここまできてしまった。
言うしかない。
そう思ったとき、ちょうど私道入り口に差し掛かる。
そこには藤宮警備の人間が数人、忙しそうにセキュリティのセッティングをしていた。
翠は物珍しそうにそれらを観察し、時折海斗が補足説明をする。
話せると思った。けど、思っていたよりも警備体制に対する翠の驚きは大きく、会話が途切れるころには高等部門を通過し、翠はすれ違う人間に挨拶を返すのが忙しい人間になっていた。
生徒会のミーティングが終わったら――
都度、先を見越して算段を立てるものの、すぐに合同ミーティングが始まりインカムの説明をすることになる。
説明する対象が翠だけならそのときに話せた。が、嵐と優太も一緒となると話は別だ。
言わなくていい人間、知らなくていい人間にまで話す必要はない。むしろ、話すべきではない。
苦渋を飲むとはこのことか……。
俺は躊躇しているのか? だから、話すタイミングを逃がしているのか……。
否、腹は括った。
警備状況に驚いていようが話してなんと思われようが、守るためには言うしかない。
でも、時間がない――
ここから俺と翠は別行動になる。
学年が違うのだから当たり前のことだ。
「海斗」
仕方なく海斗を呼び止めた。
一手段として、海斗に伝えてもらうという方法もある。
一番気にしている海斗に振ることがどれほど酷なことなのかはわかっていた。
それでも、この先、翠に直接話すことができるのは海斗しかいない。
「佐野にインカム使い方を教えるとき、翠のフォローも頼む」
「え?」
「使い方に不安があるみたいだから」
「わかった」
「それと、秋兄たちが対応できないものがひとつだけある」
これだけで気づくだろう。
俺の言葉に海斗の目の色が変わった。
「今朝気づいた――翠には話しておいたほうがいい」
言うと決めたにも関わらず、話す機会を逸した。
俺らしくもない……。
海斗に頼めないともなれば、俺が携帯かインカムの個別通信を使って話すしかない。
不安にさせるとわかっていても、面と向かって話せる時間はもう取れない。
自分には遠隔で伝える術しかなくなった。
最終策を考えていると、思いも寄らない言葉が返される。
「俺から話す」
意外な言葉に海斗を見るものの、表情が頼りない。
無理だ――遠隔だろうと俺が話したほうがいい。
こんな表情をする海斗に言わせたら、必要以上に翠を不安がらせるだけだ。
「いや、いい。俺が話す」
「なんでっ!?」
「そんな顔で言われるくらいなら俺が言ったほうがいい」
「っ――」
姉さん……ある意味、海斗だけは違うのかもしれない。
同じ一族でありながら、人間として同族かどうかと問われたら、きっと「違う」。
海斗はこの先もこういった境遇に慣れることはないだろう。いつかどこかで割り切ることができたら上出来……。
「俺は言うか言わないかで悩んだけど、海斗ほどナーバスにはならない」
タイミングを計るくらいには、タイミングを逃がすくらいには躊躇していた自分には気づいている。
けれど、それは海斗が抱えているものは違う。
「……何言ってんの? 誰がナーバス? 全然そんなことないし。いーよ、俺がタイミング見計らって言うから」
このバカが……。何年の付き合いだと思っているんだ。
そんな笑みを向けられたところでごまかせると思うな。
「無理しなくていいけど?」
「別に無理してないしっ」
海斗は正真正銘のバカだ。
こういうところは翠と同じ。
バカ正直で、痛々しいほどに真っ直ぐな人間。
翠たちを追いかける海斗の背を見て呟く。
「任せたからな……」
不安を煽るような話し方はしてくれるな。
そのくらいは心得ていると信じている。
昇降口に向かいながら携帯を取り出し秋兄にかけると、通話がつながった途端、
『話は湊ちゃんから聞いた。悪い、こっちの落ち度だ』
「もう動いてくれてるならかまわない」
『司たちが使うポイントに常温のミネラルウォーターや果汁ジュースの用意もしてある。奈落には武明を配置したから、何かあれば武明を使え。武明には五人持たせてある。
「了解。……秋兄」
『何?』
「今回の、別に秋兄だけの落ち度じゃないから。こんなの、俺や海斗だって気づけなくちゃいけないことだった。それから、姉さんも兄さんも、みんなが気づいてしかるべきことだった。今まで何もなかったから良かったようなものの、何かあったら連帯責任だ。俺たちは今まで、こういう事態になるような人間関係を築いてきていない。それが裏目に出たまで」
俺は秋兄が何を言う前に通話を切った。
ホームルームが終わり、紅葉祭スタートまで数分。
海斗からの連絡はまだない。
まだ話していないのか、話している最中なのか――
時計を見つつ、スタートまで三十秒を切った時点で海斗に通信を入れた。
通信がつながってすぐ、
『今話したよ』
「悪かった」
今話した、ということはその場に翠もいるはず。
すぐに翠にも個別通信に加える。
「言うのが始まる直前で悪かった」
つながっているのは通信のみなのに、話さなくても翠の雰囲気が伝わってくるこの感じはなんなのか……。
息遣いでどんな状態にあるのかはなんとなくわかる気がする。
今、翠は緊張状態にない――
『……ツカサ、大丈夫。私は大丈夫だよ』
翠に「大丈夫」と言われると、条件反射のように口をつく言葉がある。
「翠の大丈夫は――」
『ツカサ、ちょっと待って。私、最近は信用を下げるようなことをした覚えはないんだけどっ!?』
「そういえば、ここのところはないな」
条件反射で物事を口にした自分もおかしければ、階下でむきになっている翠を想像することもできて笑みが漏れた。
「海斗、助かった」
『いや、なんつーかごめん。と、ありがと』
「は?」
何に対して謝られたのか不明だし、礼を言われる状況でもない。
『いや、こっちの話。気にすんな。じゃーな!』
通話は一方的に切られた。
意味はわかりかねるが、心なしか海斗の声は明るく聞こえ、翠の声も思いつめたようなそれとは違っていた。
どうやら、案じていた状況は免れたらしい。
もっとも、この二日を無事に乗り切れなければなんの意味もないわけだけど――
別段珍しくもなんともない朝食を前に、とあることが頭をよぎった。
「あんた、手が止まってるわよ」
姉さんに指摘されコーヒーカップに手を伸ばすも、カップを口元へ運ぶ気にはならなかった。
「何よ、毎度のことでしょ?」
姉さんは俺が何を見て手を止めたのかに気づいたのだろう。でも――
「俺じゃない」
海斗と――翠、だ。
「あぁ、海斗か。あれはあぁ見えてそこら辺、意外と割り切れてなかったりするのよね。生まれてくる家は選べない、って結局そこにたどり着くのに。いつになったら慣れるんだか」
「……あいつは、慣れることはないと思う」
海斗の場合、できるできないは別として、慣れることはないと思う。
人付き合いにしても何にしても、俺や秋兄とは違うと主張しているのが見て取れる。
そんなことをしたところで俺たちを取り巻く環境が変わるわけでもないのに。
「姉さん、どう思う?」
「仕方ないでしょ?」
「違う、海斗じゃなくて……」
姉さんはトーストから俺に視線を移し、はっと我に返ったように口を開いた。
「嘘――盲点だわ」
そう、盲点だった。
もっと早くに気づくべきだったし、もっと早くに対処しておくべきだった。
今の今まで誰も気づかなかったことのほうがおかしい。
「翠葉、よね?」
「そう――逢坂の人間をマークしたところで害になりそうな人間はほかにもいる。薬物に関しては周りが動くだけじゃ完全には防げない」
「……警備サイドではじけるものには限界がある。薬物や飲食物までは防ぎようがない、か。ホント、迂闊だったわ」
姉さんが頭を抱える気持ちはわからなくもない。俺だって同じ動作をしたいくらいだ。
藤宮警備がはじくのは普通の生徒を守るためのレベルであり、俺たち藤宮一族を守るためのものではない。
俺たちには個別にボディーガードがつくけど、俺たち自身が気をつけるべきことはそれ相応にある。
それは、俺たちにとっては日常的なものでも、翠にとってはそうじゃない。
でも、翠はもう間違いなく「対象者」だ。翠に専属のボディーガードがつけられてもおかしくないほどに……。
だが、専属のボディーガードがつけられたとしても、飲食物に関しては自分自身が気をつけるほかないわけで――
「言うしかないわね。飲食物に関しては警備の人間が随時チェック済みのものが各ポイントで管理されていることを話しなさい」
「…………」
「こればかりは、一族以外の人間に言うのは抵抗あるわね」
姉さんがため息をつく。
俺たち、翠にここまで関わって良かったのか?
今さらだけど、そんな思いが心を掠める。
「司、今さらよ。もうあとには引けない。どっちにしろ、言うしかないのよ。腹括んなさい」
そんな会話をしたあとは、互いに無言で手と口を動かした。
エレベーターホールで会った翠は穏やかな表情で、その顔色から寝不足はうかがえない。
挨拶代わりに軽く言葉を交わしてからマンションを出た。
学校へ向かう下り坂――俺の後ろからは他愛のない話をしてはクスクスと笑い声が聞こえてくる。
本当は、今言うのが一番いいのだろう。
それがベストだとわかっているのにきっかけが掴めない。
翠は久しぶりに自分の足で歩いて登校するのがよほど嬉しいのか、靴音すら弾んで聞こえてくる。
そんな気持ちでいるところへ話したい内容ではなかった。
いつ切り出すか――
タイミングをうかがっていると、視覚や聴覚、その場の状況から得られる情報ではなく、たとえ文字になっていたとしても「翠の言葉」とわかる言葉が紡がれた。
一瞬にして、道の先に広がる景色に目を奪われる。
朝の景色――市街の高層ビルは朝陽を受けて眩しく光る。
藤倉市街が一望できる丘。それが藤宮学園のある場所。
少しひんやりと感じる風が頬を撫でていき、秋が深まる時期を予想する。
気づけば、自分もこの景色が好きだと口にしていた。
同じ時間に同じものを見て、思ったことを口にする。
それがどれほど特別なことなのか――
考えたこともなければ気づきもせずにここまできてしまった。
言うしかない。
そう思ったとき、ちょうど私道入り口に差し掛かる。
そこには藤宮警備の人間が数人、忙しそうにセキュリティのセッティングをしていた。
翠は物珍しそうにそれらを観察し、時折海斗が補足説明をする。
話せると思った。けど、思っていたよりも警備体制に対する翠の驚きは大きく、会話が途切れるころには高等部門を通過し、翠はすれ違う人間に挨拶を返すのが忙しい人間になっていた。
生徒会のミーティングが終わったら――
都度、先を見越して算段を立てるものの、すぐに合同ミーティングが始まりインカムの説明をすることになる。
説明する対象が翠だけならそのときに話せた。が、嵐と優太も一緒となると話は別だ。
言わなくていい人間、知らなくていい人間にまで話す必要はない。むしろ、話すべきではない。
苦渋を飲むとはこのことか……。
俺は躊躇しているのか? だから、話すタイミングを逃がしているのか……。
否、腹は括った。
警備状況に驚いていようが話してなんと思われようが、守るためには言うしかない。
でも、時間がない――
ここから俺と翠は別行動になる。
学年が違うのだから当たり前のことだ。
「海斗」
仕方なく海斗を呼び止めた。
一手段として、海斗に伝えてもらうという方法もある。
一番気にしている海斗に振ることがどれほど酷なことなのかはわかっていた。
それでも、この先、翠に直接話すことができるのは海斗しかいない。
「佐野にインカム使い方を教えるとき、翠のフォローも頼む」
「え?」
「使い方に不安があるみたいだから」
「わかった」
「それと、秋兄たちが対応できないものがひとつだけある」
これだけで気づくだろう。
俺の言葉に海斗の目の色が変わった。
「今朝気づいた――翠には話しておいたほうがいい」
言うと決めたにも関わらず、話す機会を逸した。
俺らしくもない……。
海斗に頼めないともなれば、俺が携帯かインカムの個別通信を使って話すしかない。
不安にさせるとわかっていても、面と向かって話せる時間はもう取れない。
自分には遠隔で伝える術しかなくなった。
最終策を考えていると、思いも寄らない言葉が返される。
「俺から話す」
意外な言葉に海斗を見るものの、表情が頼りない。
無理だ――遠隔だろうと俺が話したほうがいい。
こんな表情をする海斗に言わせたら、必要以上に翠を不安がらせるだけだ。
「いや、いい。俺が話す」
「なんでっ!?」
「そんな顔で言われるくらいなら俺が言ったほうがいい」
「っ――」
姉さん……ある意味、海斗だけは違うのかもしれない。
同じ一族でありながら、人間として同族かどうかと問われたら、きっと「違う」。
海斗はこの先もこういった境遇に慣れることはないだろう。いつかどこかで割り切ることができたら上出来……。
「俺は言うか言わないかで悩んだけど、海斗ほどナーバスにはならない」
タイミングを計るくらいには、タイミングを逃がすくらいには躊躇していた自分には気づいている。
けれど、それは海斗が抱えているものは違う。
「……何言ってんの? 誰がナーバス? 全然そんなことないし。いーよ、俺がタイミング見計らって言うから」
このバカが……。何年の付き合いだと思っているんだ。
そんな笑みを向けられたところでごまかせると思うな。
「無理しなくていいけど?」
「別に無理してないしっ」
海斗は正真正銘のバカだ。
こういうところは翠と同じ。
バカ正直で、痛々しいほどに真っ直ぐな人間。
翠たちを追いかける海斗の背を見て呟く。
「任せたからな……」
不安を煽るような話し方はしてくれるな。
そのくらいは心得ていると信じている。
昇降口に向かいながら携帯を取り出し秋兄にかけると、通話がつながった途端、
『話は湊ちゃんから聞いた。悪い、こっちの落ち度だ』
「もう動いてくれてるならかまわない」
『司たちが使うポイントに常温のミネラルウォーターや果汁ジュースの用意もしてある。奈落には武明を配置したから、何かあれば武明を使え。武明には五人持たせてある。
「了解。……秋兄」
『何?』
「今回の、別に秋兄だけの落ち度じゃないから。こんなの、俺や海斗だって気づけなくちゃいけないことだった。それから、姉さんも兄さんも、みんなが気づいてしかるべきことだった。今まで何もなかったから良かったようなものの、何かあったら連帯責任だ。俺たちは今まで、こういう事態になるような人間関係を築いてきていない。それが裏目に出たまで」
俺は秋兄が何を言う前に通話を切った。
ホームルームが終わり、紅葉祭スタートまで数分。
海斗からの連絡はまだない。
まだ話していないのか、話している最中なのか――
時計を見つつ、スタートまで三十秒を切った時点で海斗に通信を入れた。
通信がつながってすぐ、
『今話したよ』
「悪かった」
今話した、ということはその場に翠もいるはず。
すぐに翠にも個別通信に加える。
「言うのが始まる直前で悪かった」
つながっているのは通信のみなのに、話さなくても翠の雰囲気が伝わってくるこの感じはなんなのか……。
息遣いでどんな状態にあるのかはなんとなくわかる気がする。
今、翠は緊張状態にない――
『……ツカサ、大丈夫。私は大丈夫だよ』
翠に「大丈夫」と言われると、条件反射のように口をつく言葉がある。
「翠の大丈夫は――」
『ツカサ、ちょっと待って。私、最近は信用を下げるようなことをした覚えはないんだけどっ!?』
「そういえば、ここのところはないな」
条件反射で物事を口にした自分もおかしければ、階下でむきになっている翠を想像することもできて笑みが漏れた。
「海斗、助かった」
『いや、なんつーかごめん。と、ありがと』
「は?」
何に対して謝られたのか不明だし、礼を言われる状況でもない。
『いや、こっちの話。気にすんな。じゃーな!』
通話は一方的に切られた。
意味はわかりかねるが、心なしか海斗の声は明るく聞こえ、翠の声も思いつめたようなそれとは違っていた。
どうやら、案じていた状況は免れたらしい。
もっとも、この二日を無事に乗り切れなければなんの意味もないわけだけど――
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