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18 Side 司 01話
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ステージを下り各ステージをつなぐ花道の中を通って円形ステージへ戻ると、翠と高崎が一緒にいるのが見えた。
どうしたことか、翠の頭にはペットボトルが乗っている。
「あ、すげっ! 翠葉ちゃん、恐るべきバランス力っ!」
「え? わ、あ……」
翠は身動きひとつせず、そのペットボトルを取ろうともせずにバランスを保つ。
「何やってるんだか……」
ボソリと零し、そのペットボトルに手を伸ばした。
「翠、おまえはどこの民族だ」
訊くと、「私がやったんじゃない」とでも言いたげな目で見られる。
「いやっ! 藤宮先輩お疲れ様でした! ステージ、めっちゃかっこよかったです!」
「どうでもいい。それよりこれ……」
俺が手にしたペットボトルは封が空いていた。
封が開いていないものを飲むことくらいは徹底できると思っていたが、何かがおかしい。
無色透明のはずのミネラルウォーターが黄みがかって見える。
照明のせいか……?
「あ、今、空太くんがミネラルウォーターとリンゴジュースを割ってくれたの」
「……今ここで?」
「ですです。未開封のものをここで開けて、リンゴジュースの分だけ水を紙コップに移しました。それなら大丈夫でしょう?」
翠と高崎の間にあるテーブルには紙コップと中身が空であろうリンゴジュースのパックが置かれている。
これは翠が取った行動じゃない。
翠ならミネラルウォーターだけでいい、と言うだろう。
ならば、この行動を取ったのは、考えたのは高崎だ。
「ツカサ……?」
俺は並んでいる紙コップひとつを手に取り、それを一気に飲み干した。
「今ここでやったんだろ?」
「うん、そうだけど……」
「なら問題ない。……高崎、このあとも頼む」
本来、こういう場でなんと言うべきなのか、と考える。
……「ありがとう」?
でも、これは俺に対して取られた行動ではない。俺が礼を言うのは違う。
人を信頼するとき、それをどう示せばいいのか……。
言葉ではなんとでも言える。態度で示すなら、身をもって証明するなら、あの場にある水を飲むのが手っ取り早かった。
「このあとも頼む」と、依頼を受諾してもらうための対価は俺自身。
翠を椅子に座らせペットボトルを渡そうとしたとき、一瞬目が合う。その直後、翠は不自然に目を泳がせた。
不安にさせただろうか。
……なら、今思ったことを伝えればいい。
「信用すると決めたらなら、言葉よりも態度で示すほうが効果的だ。口ではなんとでも言える……」
若干違うことを答えた気がしなくもないが、口にしたことが嘘なわけでもない。
「信じている」なんて言葉よりも、行動のほうがはるかに効果的だ。
俺は海斗ほど口であれこれ感情表現できる人間ではない。
不器用だとは思うがそれで困ったことは――翠と会うまではなかったし、俺なりのやり方は心得ているつもり。
「ツカサ……あのね、私、第四通路へ行かなくちゃいけないの」
「何をしに?」
壁に預けていた背が少し浮く。
「茜先輩が待っているから」
「……何するつもり? あのふたりのことは俺たちが介入することじゃないと思うけど?」
翠がふたりを気にしてることは気づいていた。
図書室でもその話は少ししたけれど、あのふたりはごく一般的な恋愛相談じゃ済まない。
「話をするって……」
話しなんてしたところで俺たちができることは何もないだろう。
むしろ、ふたりの恋愛における背景を知ったとき、翠が衝撃を受けるのではないだろうか……。
なんでこんなライブの最中に――
「気持ちを口にすることで楽になれる人間もいる。けど、そうじゃない人間だっている。話したところで自分に現実を突きつけるだけ。その現実を自分がどうできるわけでもない。人に話してだれがどうできるものでもない。話すことで楽になったり答えを得られる人間ばかりじゃない」
瞠目するっていうのはこういうことを言うんだろうな。
でも、驚くだけでは済まないのが翠だ。
こういうことには食いついてくる。
「だから誰も声をかけないの? みんな、私には言えって言うのに?」
抗議するような目で見られたが、別に自分と比べる必要なんてないだろ? だいたいにして――
「ほかの人間がどうかは知らない。俺が翠に言わせるのは楽にさせるためじゃない。俺が知りたいからだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「…………」
「もしかしたら、茜先輩だって誰かに話せば楽になるのかもしれない。でも、それは俺じゃないし翠だとも思わない」
「――久、先輩?」
俺は首を振った。
その行動は、肯定はしないという意味を持つだけ。
俺はこの質問の答えを知らない。
「そうかもしれないし違うかもしれない。……でも、もし――」
とんだ昔話やカミングアウトを聞き、今まで見てきた会長を照らし合わせるなら……。
「現時点で会長にできることがあるのなら、あの人が動いていないわけがない」
見開いているその目に視線を固定する。
「翠、会長はやれるだけのことをやったあとだ。今は茜先輩を待っている」
これ以上、俺が言えることは何もない。
翠、これで引き下がってくれないか。
「ごめん、ツカサ。私、言葉が足りてなくて……。私が声をかけたわけじゃないの。茜先輩が……茜先輩が私と話したいって言ったの」
茜先輩が、翠、に……?
「だから、私、行くね。茜先輩の話を聞いてくる」
俺は声を発することもできずに翠の背中を見送った。
今日、茜先輩とは何度か話した。
仕事上では問題ないが、俺とふたりになると雰囲気が一変する。
たった一度だけ、ふらりと俺のもとへ訪れたときと同じような雰囲気を漂わせていた。
決壊ギリギリのところで留まっているような、そんな危うさ。
翠が消えた通路を再度見やる。
この通路の先には、その茜先輩が待っているのではないだろうか。
そんな不安を胸に抱くと、朝陽によって視界が遮られた。
「過保護すぎるのもどうかと思うよ?」
「っ……」
「嬉しいね。司のそんな顔が見られるなんて。本当に彼女が大切なんだな」
にこりと笑うこいつをこれほどまでに疎ましく思ったことはないだろう。
「でもさ、会長も茜先輩が大切なんだよね。……会長、今は何もできないんでしょ? だから動かない。それで茜先輩が彼女を呼んだのなら、彼女には介入権があるわけだ。違う?」
違わない……。
「少なくとも、呼ばれてもいない俺たちよりは――」
「そう、そのとおり。司にとって茜先輩がどんな存在かは知らないけど、俺にとってはいい先輩なんだ。だから、何か可能性があるなら俺はそれを潰したくないんだよね。司にそれを邪魔されるのは阻止したい」
「……朝陽、このあとのことは考えているのか?」
「……何? なんの話?」
「フォークソング部と軽音部のあと、茜先輩と翠の歌がある。ここへ戻ってきた翠が歌を歌えるのか――」
「……ふーん。司は何かしら事情を知っているわけか。……でもさ、残念ながら俺は何も知らないんだよね。だから、どんな話をするのかも想像はできないし、ましてや、歌が歌えなくなるようなそんな事態は予想しない」
続けて朝陽はこう言った。
「司はさ、翠葉ちゃんが弱い子だと思ってるんだ? だとしたら大間違いだと思うよ」
「俺は――」
「あの子はそんなに弱くない。俺は司ほど翠葉ちゃんを知っているわけじゃないけれど、客観的に見ているからこそ見えるものもあるよね」
客観的……?
「茜先輩がほかの誰でもない彼女を選んだのだとしたら、茜先輩にとって彼女は希望なんじゃないの? それに、あの茜先輩がステージに穴を開けるなんてそれこそありえないでしょ。俺が信じるのは、今まで見てきた茜先輩と翠葉ちゃん。このふたりに俺は疑いを抱かない」
思わず、朝陽の潔さに感服してしまった。
でも、見てきたものだけを信じる、というそれには共感できる。
……今の俺は主観的すぎるということか?
「……朝陽、感謝する」
正面に立ち、満足そうに腕を組む幼馴染は満面の笑みで「どういたしまして」と答えた。
俺は唯さんに連絡を入れ、生徒会専用インカムの二番と十番を通信不能にしてもらった。
どうしたことか、翠の頭にはペットボトルが乗っている。
「あ、すげっ! 翠葉ちゃん、恐るべきバランス力っ!」
「え? わ、あ……」
翠は身動きひとつせず、そのペットボトルを取ろうともせずにバランスを保つ。
「何やってるんだか……」
ボソリと零し、そのペットボトルに手を伸ばした。
「翠、おまえはどこの民族だ」
訊くと、「私がやったんじゃない」とでも言いたげな目で見られる。
「いやっ! 藤宮先輩お疲れ様でした! ステージ、めっちゃかっこよかったです!」
「どうでもいい。それよりこれ……」
俺が手にしたペットボトルは封が空いていた。
封が開いていないものを飲むことくらいは徹底できると思っていたが、何かがおかしい。
無色透明のはずのミネラルウォーターが黄みがかって見える。
照明のせいか……?
「あ、今、空太くんがミネラルウォーターとリンゴジュースを割ってくれたの」
「……今ここで?」
「ですです。未開封のものをここで開けて、リンゴジュースの分だけ水を紙コップに移しました。それなら大丈夫でしょう?」
翠と高崎の間にあるテーブルには紙コップと中身が空であろうリンゴジュースのパックが置かれている。
これは翠が取った行動じゃない。
翠ならミネラルウォーターだけでいい、と言うだろう。
ならば、この行動を取ったのは、考えたのは高崎だ。
「ツカサ……?」
俺は並んでいる紙コップひとつを手に取り、それを一気に飲み干した。
「今ここでやったんだろ?」
「うん、そうだけど……」
「なら問題ない。……高崎、このあとも頼む」
本来、こういう場でなんと言うべきなのか、と考える。
……「ありがとう」?
でも、これは俺に対して取られた行動ではない。俺が礼を言うのは違う。
人を信頼するとき、それをどう示せばいいのか……。
言葉ではなんとでも言える。態度で示すなら、身をもって証明するなら、あの場にある水を飲むのが手っ取り早かった。
「このあとも頼む」と、依頼を受諾してもらうための対価は俺自身。
翠を椅子に座らせペットボトルを渡そうとしたとき、一瞬目が合う。その直後、翠は不自然に目を泳がせた。
不安にさせただろうか。
……なら、今思ったことを伝えればいい。
「信用すると決めたらなら、言葉よりも態度で示すほうが効果的だ。口ではなんとでも言える……」
若干違うことを答えた気がしなくもないが、口にしたことが嘘なわけでもない。
「信じている」なんて言葉よりも、行動のほうがはるかに効果的だ。
俺は海斗ほど口であれこれ感情表現できる人間ではない。
不器用だとは思うがそれで困ったことは――翠と会うまではなかったし、俺なりのやり方は心得ているつもり。
「ツカサ……あのね、私、第四通路へ行かなくちゃいけないの」
「何をしに?」
壁に預けていた背が少し浮く。
「茜先輩が待っているから」
「……何するつもり? あのふたりのことは俺たちが介入することじゃないと思うけど?」
翠がふたりを気にしてることは気づいていた。
図書室でもその話は少ししたけれど、あのふたりはごく一般的な恋愛相談じゃ済まない。
「話をするって……」
話しなんてしたところで俺たちができることは何もないだろう。
むしろ、ふたりの恋愛における背景を知ったとき、翠が衝撃を受けるのではないだろうか……。
なんでこんなライブの最中に――
「気持ちを口にすることで楽になれる人間もいる。けど、そうじゃない人間だっている。話したところで自分に現実を突きつけるだけ。その現実を自分がどうできるわけでもない。人に話してだれがどうできるものでもない。話すことで楽になったり答えを得られる人間ばかりじゃない」
瞠目するっていうのはこういうことを言うんだろうな。
でも、驚くだけでは済まないのが翠だ。
こういうことには食いついてくる。
「だから誰も声をかけないの? みんな、私には言えって言うのに?」
抗議するような目で見られたが、別に自分と比べる必要なんてないだろ? だいたいにして――
「ほかの人間がどうかは知らない。俺が翠に言わせるのは楽にさせるためじゃない。俺が知りたいからだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「…………」
「もしかしたら、茜先輩だって誰かに話せば楽になるのかもしれない。でも、それは俺じゃないし翠だとも思わない」
「――久、先輩?」
俺は首を振った。
その行動は、肯定はしないという意味を持つだけ。
俺はこの質問の答えを知らない。
「そうかもしれないし違うかもしれない。……でも、もし――」
とんだ昔話やカミングアウトを聞き、今まで見てきた会長を照らし合わせるなら……。
「現時点で会長にできることがあるのなら、あの人が動いていないわけがない」
見開いているその目に視線を固定する。
「翠、会長はやれるだけのことをやったあとだ。今は茜先輩を待っている」
これ以上、俺が言えることは何もない。
翠、これで引き下がってくれないか。
「ごめん、ツカサ。私、言葉が足りてなくて……。私が声をかけたわけじゃないの。茜先輩が……茜先輩が私と話したいって言ったの」
茜先輩が、翠、に……?
「だから、私、行くね。茜先輩の話を聞いてくる」
俺は声を発することもできずに翠の背中を見送った。
今日、茜先輩とは何度か話した。
仕事上では問題ないが、俺とふたりになると雰囲気が一変する。
たった一度だけ、ふらりと俺のもとへ訪れたときと同じような雰囲気を漂わせていた。
決壊ギリギリのところで留まっているような、そんな危うさ。
翠が消えた通路を再度見やる。
この通路の先には、その茜先輩が待っているのではないだろうか。
そんな不安を胸に抱くと、朝陽によって視界が遮られた。
「過保護すぎるのもどうかと思うよ?」
「っ……」
「嬉しいね。司のそんな顔が見られるなんて。本当に彼女が大切なんだな」
にこりと笑うこいつをこれほどまでに疎ましく思ったことはないだろう。
「でもさ、会長も茜先輩が大切なんだよね。……会長、今は何もできないんでしょ? だから動かない。それで茜先輩が彼女を呼んだのなら、彼女には介入権があるわけだ。違う?」
違わない……。
「少なくとも、呼ばれてもいない俺たちよりは――」
「そう、そのとおり。司にとって茜先輩がどんな存在かは知らないけど、俺にとってはいい先輩なんだ。だから、何か可能性があるなら俺はそれを潰したくないんだよね。司にそれを邪魔されるのは阻止したい」
「……朝陽、このあとのことは考えているのか?」
「……何? なんの話?」
「フォークソング部と軽音部のあと、茜先輩と翠の歌がある。ここへ戻ってきた翠が歌を歌えるのか――」
「……ふーん。司は何かしら事情を知っているわけか。……でもさ、残念ながら俺は何も知らないんだよね。だから、どんな話をするのかも想像はできないし、ましてや、歌が歌えなくなるようなそんな事態は予想しない」
続けて朝陽はこう言った。
「司はさ、翠葉ちゃんが弱い子だと思ってるんだ? だとしたら大間違いだと思うよ」
「俺は――」
「あの子はそんなに弱くない。俺は司ほど翠葉ちゃんを知っているわけじゃないけれど、客観的に見ているからこそ見えるものもあるよね」
客観的……?
「茜先輩がほかの誰でもない彼女を選んだのだとしたら、茜先輩にとって彼女は希望なんじゃないの? それに、あの茜先輩がステージに穴を開けるなんてそれこそありえないでしょ。俺が信じるのは、今まで見てきた茜先輩と翠葉ちゃん。このふたりに俺は疑いを抱かない」
思わず、朝陽の潔さに感服してしまった。
でも、見てきたものだけを信じる、というそれには共感できる。
……今の俺は主観的すぎるということか?
「……朝陽、感謝する」
正面に立ち、満足そうに腕を組む幼馴染は満面の笑みで「どういたしまして」と答えた。
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