光のもとで1

葉野りるは

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46~56 Side 司 03話

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 どっちにしろ、翠の願いは聞けない。
「……わかった。でも、そういうのを差っ引いたとして、これを受け取りに来る人間がいる。弁当箱はそのときに回収されることになっている」
「そうなの……?」
 俺は無言で頷いた。
 それは嘘じゃない。けど、触れるだけで死に至る毒というものが世には存在する。
 そういったものを仕込まれることを避けるための回収作業だが、そこまで翠に話す必要はないだろう。
「もし礼をしたいと思うなら、翠の都合がいいときに母さんに会いに行ってやって」
「え……?」
 あ、自宅にって意味深? でも、マンションでは互いの家を行き来しているし……。
 いや、実家ともなると別だろうか。
 焦りを覚え、咄嗟に言葉を続けた。
「母さん、基本家にひとりでいるから来客があると喜ぶ。ハナも翠には懐いているみたいだから難なく家の中に入れると思うし……」
 俺はどれだけ言い訳を並び立てれば気が済むんだ。
 表情に出ないように細心の注意を払い自己嫌悪に陥っていると、
「本当……?」
 こちらをうかがうような声が返された。
「こんなことで嘘をついても仕方ないだろ」
 翠の様子を見たところ、引かれてはいないようだった。
 こんなことにほっとしているようでは、この先が思いやられる。
 そんな自分を奮い立たせ、翠が食いつきそうな話題を口にした。
「それに、今なら藤山の紅葉もきれいな時期」
「本当っ!?」
「だから――」
「あ、うん。嘘つくことじゃないよね?」
 違う……。
「だから」に続く言葉を言わせてほしかった。
 そんなことを知りもしない翠は嬉しそうに話を続ける。
「朝ね、登校してくるときに校舎向こうに藤山が見えて、きれいだなって思っていたの。だから、行ってみたくて……」
「……俺でよければ連れていくけど? じーさんの許可をもらわないと入れない場所もあるし」
 翠に言われるのではなく、自分から「一緒に行かないか?」と誘いたかった。
 結果、言えたことには言えたのだからいいじゃないか、と思う自分と、順序が逆じゃ今までと何も変わらない、と思う自分がいる。
「許可……?」
「じーさんが祖母のために作った散策道がある。そこはじーさんの許可なしには入れないんだ」
「そうなのね……?」
 少し強引にでも行く時期を決めてしまおうか……。
 ふとそんな考えが頭をよぎる。
 今、その話をしても事を急いているとは思われないだろう。
「……紅葉祭が終わればしばらくイベントもないしテストも期末考査まで大きなものはない。その間に行くか……」
「……いいの、かな?」
 どうしてか遠慮気味に訊かれる。
「だから……じーさんの許可が下りれば問題ない」
「……うん。……楽しみに、してるね」
 歯切れ悪い返事に疑問を抱く。
 本当は何に対しての問いかけだった?
 藤山へ行くこと? それとも、俺と一緒に行くこと?
 翠、今の言葉は何に対しての問いかけだった?

 翠をクラスへ送る途中、テラスで巡回から帰ってきた海斗と簾条に会い、その場で翠を託して図書室へ戻った。
 それから十分と経たないうちに簾条から連絡が入る。
『藤宮司、翠葉が倒れたわ』
「っ……」
 すぐに携帯を取り出し数値を確認するも、異常を知らせる数値は並んでいない。
 刻々と脈拍が変わるのだから装置が壊れたとも思いがたい。
『少し前に海斗が保健室へ連れていったから、翠葉のかばんだけ届けてもらえるかしら? あと、うちのクラスの前が人だかりでどうにもならないの。できれば実行委員を回して』
「わかった」
 俺を名指しできたがインカムからの通信だったこともあり、生徒会メンバー全員に状況が伝わっている。
「茜先輩、保健室へ行ってきます。それと、このあとは翠を頭数に入れずに動ける体制を作っておいてください」
「わかったわ。桃のところにはすぐに人を送るから安心して」
 俺は翠のかばんを持って地下道へ下りた。
 地上からではいつもの倍は時間がかかる。それを考えれば、保健室の近くまで地下道で行くのがベスト。
 保健室自体にも出口はあるが、そこに一般客や生徒がいたら使えない。
 姉さんにいるかどうかの確認を取り、人がいたら秋兄に連絡――そんな二度手間になるくらいなら、最初から秋兄に連絡を入れるほうが無難。
「秋兄、地下道を使う。S-14からアウト予定」
『……S-14って一、二年棟の――翠葉ちゃんに何かっ!?』
「俺も詳しくは知らない。でも、バイタルに異常は出てないと思う」
『……何かわかったら教えてくれ』
「了解」
『出口には武明を行かせる』

 地下道を走り、「S-14」と書かれたプレートの前で止まる。
 インカムから警備員に呼びかけるとすぐに応答があった。
『十秒お待ちください。ほかの者が視界を遮るために移動します』
 十秒後に「扉」は開かれ、俺が出ると瞬時に閉じられた。
 地下道に下りる「扉」はそこかしこにあるが、存在を知らない人間が見ても「扉」だとは思わない。
 たいていはロッカーが入り口になっていたり、消化器の様相をしている。
 それらには「鍵」がかけられており、あらかじめセキュリティ登録されている人間なら内外問わずに開錠できるが、表に人がいるかの確認はそれなりの装備がないと確認できない。
 手元にある携帯が自分のものであれば廊下についているカメラを経由した映像を見てチェックすることもできたが、今俺の手にあるのは翠の携帯だ。

 俺を出迎えた警備員は昨日奈落で翠を警護していた人間。
 そして、数メートル先の保健室前には学園警備責任者の武継さんが立っていた。
「保健室の外は?」
「表には武政がいます」
 警備配置の確認だけ済ませ、保健室に向かった。
 静かにドアを開け、デスク前に座る姉さんに歩み寄る。
「ご苦労さん」
「翠は?」
「バイタルは何も知らせなかったし、遡って見ても血圧にも脈にも異常はなし。今のところはなんで倒れたのか不明」
 そう言うと、翠が寝ているであろうベッドの方へ視線をやる。
 俺は姉さんにかばんを渡すと、翠の顔を見るためにそっとカーテンを開けた。
 顔色は決していいとは言えないが、蒼白というわけでもない。
 触れなくとも携帯が数値を教えてくれる。でも、今は翠の手首に直接触れて脈を取りたかった。
 掛け布団を少しめくり、起こさないように翠の手を取る。
 華奢な手首からは健常者のそれよりも弱い拍動が伝う。
 俺はほんのりと感じるぬくもりに安堵した。
「少し休ませても起きないようなら起こすわ。何が起きたのかはそのときに訊く」
「わかった。それ、俺だけじゃなくて秋兄にも連絡入れて」
「秋斗?」
「ここに来るのに地下道を使った」
「あぁ、なるほどね。バイタルに異常がない限りは気づかないと思ってたけど、司が話したなら別ね。わかった。こっちから連絡入れるわ」
 ふとテーブルの上にあったメモに目が留まる。
 メモには携帯の番号と思しき数字とメアドが書かれていた。
 名前は鎌田公一――
「これは?」
 訊かなくても誰なのかは予想がついた。
「翠葉の中学の同級生って子の連絡先。どうやらこの子と話している最中に倒れたらしんだけど、周りの人間が言うにはただ普通に話してただけみたいよ」
 そのときの状況を姉さんから聞き、海斗らしい気遣いだとは思ったが、このメモを今すぐにでも破り捨てたい心境だ。
「感情が顔に出るようになったわね?」
 姉さんに視線をやると、俺と同じ顔が口端を上げて笑っていた。
「余計なお世話」
「あら、人間らしくなったって褒めてるのよ?」
「それ、姉さんの特技に加えたら? 褒め言葉が褒め言葉に聞こえたためしがない」
「相変わらずかわいくないわね」
「死んでもかわいいとか言われたくないし」
「あら、昨日のステージは――」
「ストップ。その先を口にしたら、今すぐ栞さんに電話して静さんとの結婚の話ばらすけど?」
「……ほんっとにかわいくないっ」
「光栄至極。それだけはまともな褒め言葉に聞こえる。じゃ、俺戻るから」
 そう言って保健室を離れた。
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