光のもとで1

葉野りるは

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30~45 Side 秋斗 08話

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 俺は唯の出方をうかがう。
「……思うに、関係のないものをあれこれ見せられて、色々と試されているんだろうな」
 このくらいは言っても許されるだろう。
 俺も十分加担しているけど、じーさんが仕掛け人なのは嘘じゃない。
『あのぉ、申し訳ないくらいにまったく意味がわからないんですけどもっ?』
 唯がイラついているのがわかる。
 これは話の段取りが悪いときに出る唯の癖。
 そもそも、なんでこんな話し方になっているのかといえば、俺が何も考えていなかったからっていうのあるし、最初から確固たるものを話そうと思っていないからでもある。
「与えられた情報の中から重要なものを見出せるか。もしくは、全体の中の自分を見るように仕組まれているのか――肝心なのは翠葉ちゃんのことなんだろうけど」
 司のことを話しているようで、唯に課しているとも言える。
 その中に唯が食いつきそうなネタを転がした。
 そして、それはきちんと回収される。
『肝心なのがリィってなんですか?』
 拾ってくれてどうもありがとう。
「じーさんはもう一度翠葉ちゃんに訊くつもりらしい。俺たち藤宮に関わるかどうかを」
 じーさんを見習って嘘はつかない。
 多少ものごとが前後しても本当のことだけを話す。
「うちのじーさん、翠葉ちゃんがお気に入りなんだよね。翠葉ちゃんが静さんに選択を迫られたのは記憶が戻った直後。じーさん、記憶が戻ったときの彼女の様子を会って知ってるからさ、そんなときに選択させたことを申し訳ないと思っているのかもしれない」
 断言はせず、あくまでも推測の域だよ、と話す。
「まるで用意された舞台みたいだろ?」
 唯の応答がなくなった。
 怒りの矛先はじーさんへ向いただろうか。
 なぜそんな選択をまたさせるのか、と。
 俺は誤解されそうな言葉を選び、追い討ちをかける。
「うちのじーさんにしては珍しいことだよ。気に入ったものはどんな手を使ってでも手に入れる。その道理からすれば、選びなおしなんてさせるはずがない。それだけじーさんに気に入られてて、なおかつ期待されてるんだろうな」
 何ひとつ嘘は含まない。
 じーさんは翠葉ちゃんを気に入っているし、手放すつもりなどなかった。
 むしろ、彼女以外の人間には役目を果たせないとすら思っている。
 ただ、俺と司のだめさ加減にいたたまれなくなり、再選択させる余地あり、と考えただけ。
 憂慮されるくらいには気に入られていて、期待もされている。
 俺たちに与える影響力の大きさ、という意味合いの期待を。
 唯なら、それでどこになんの得があるのか、と考えるだろう。
 しかし、物理的には得などあってないようなもの。
 そこに関わった人間たちに「経験則」が与えられるのみ。
 唯はどの時点でそれに気づくだろうか。
 なるべく早くに気づいてほしいけど……。
『秋斗さん、俺、自分の脳みそを漂白剤につけたくなってきました』
 漂白剤……?
 こんな会話の最中でも唯らしさを失わない言葉が返ってくる。
 さて、どんな答えを聞かせてくれる?
 想像しながら俺はいつものように言葉を返す。
「俺、使い物にならない部下はいらないよ? それに、真っ白な唯とか、それ絶対に唯じゃないだろ?」
 俺の部下に使えない人間はいない。頭の切れる人間しかいない。
 だから気づいてよ。
 俺が唯に何をさせたいのか。
 頭でも第六感でも駆使してさ。
『あの、確認なんですけど……。現況ってこんな感じですかね? すべては司っちが再選択権をリィに話しやすいように状況が整えられている』
「俺の出した答えに近いけど、中身がスカスカだな」
 的は外れていない。けど、もう一歩踏み込んでほしい。
『会長がやらせたいのって、一度手に入れたものを自らの意思で手放すこと、ですか?』
「それもあるかもしれない」
『もう考えるの面倒なんで、全部話してくれませんかね?』
 あ、投げられた……。
 ……さぁ、俺はなんて答えたらいいものか。
 本当の答えは易々と与えてはいけない。
 俺が唯にどう動いてもらいたいのかを考えてもらうために。
 見えそうで見えないもの。
 そういうものに人は存外想像力をかき立てられる。
 手が届きそうで届かないもの。
 そういうものにはどうしたら手が届くか、と考えをめぐらす。
 全部が見えているよりも、見えない部分があるほうが「考える」という行為を助長する。
「じーさんが何をしようとしているのか、俺も違えずにわかっているのかは怪しいんだ。だけど、自分の欲望を抑えてでも相手のことを思いやれるか、っていうことは課題に入っている気がする。うちの一族は欲望のままに、を地で行くタイプが多いから」
 瞬発力で返事をしてくる唯にしては反応にかなりの時間を要していた。
 そして、ドスの利いた声が返される。
『概要はわかりましたけど……リィの携帯のバックアップって本人に許可を得て、ですか? それとも――』
「秘密裏に。これは司からのオーダー」
『気に食わないですね……』
「どのあたりが?」
『全部が、です。でも、強いて言うなら秘密裏にってところがですかね』
 それじゃぁ、このあたりで唯が少しでも司の肩を持ってくれそうな情報を与えようか。
「湊ちゃんから聞いた話なんだけど、司には司なりの考えあってのことらしい」
『は?』
 心外だ、とでも言いたそうな反応。
 唯、ちゃんと聞いてほしい。
 決して翠葉ちゃんを軽んじているわけじゃないんだ。
 司は司なりに彼女のことを思っている。
 大切に、傷をつけないようにしようと考えてる。
 その方法が正しいか正しくないかは別として……。
「起こるか起こらないかわかりもしないことに四六時中怯えさせたくはない。そう言ってたらしい。記憶が戻ったばかりの彼女を司なりに気遣ってのことだろう」
 これは司が口にした言葉ではあるけれど、俺自身の考えでもある。
 俺が司でも同じことをしていただろう。
 だから、かな……。
 なんだか自分を擁護している気分になるのは。
『あの、お宅のおじー様とお孫さん、まったく意思の疎通ができてませんけどっ!?』
 呆れ果てた唯の声。
 返ってきた言葉にほっとする。
 まだ、うちの一族に介入してくれているような気がするから。
「あのじーさんと意思の疎通ができたら人間じゃないって烙印押されるよ」
 ほんの少し、自分の声が明るくなる。
 直後、ゴン、と音がした。
「いい音したな?」
『えぇ、頭でもぶつけてないと正気保てそうにないんで……』
「難儀だな」
『いえ、お宅のじじ孫の関係ほどじゃないですよ』
 ここまでずけずけとものを言うのは唯くらいなものだ。
 思わず声に出して笑ってしまった。
 本当は「難儀」じゃなくて「光栄」だと思った。もしくは「感謝」。
 頭をぶつけてまで俺たちに付き合ってくれてありがとう。
『これ、会長の思惑と司っちの行動がそぐわなかった場合どうなるんですか?』
「さぁ、どうにもならないとは思うけど――最後までじーさんの意図を読めないようでも困るんだ」
 これも本当のこと。
 唯にも気づいてほしいけど、何より、司に幕が下りる前に気づいてほしい。
『この件、裏事情は話さないので、自分から司っちにコンタクトとっていいですかね?』
「あぁ、ぜひともヒントなりなんなり与えてやって」
 その言葉を最後に通信を切った。
 あとは時間がものを言う。
 唯は絶対に途中で気づくだろう。
 そして、自分から司にコンタクトを取ると言い出した時点で、唯を司サイドに送り込めたと思っていいはずだ。
 唯、司のサポートを頼む――


 すべてを見守ってきたけれど、事が起きてからはなるべくしてなった――そんな結果に終わった。
 ものすごく後味の悪い、なんとも言えない感情が胸に渦巻く最悪なエンディング。
 司がじーさんの思惑に気づいたのは、彼女と最後に言葉を交わしたときだと思う。
 幕が下がりきる直前、もうストーリーは粗方終わってしまっていて、気づいたところでシナリオを書き換えることもできない時点。
 じーさん、本当だ……。人に勝るもの、敵うものはないのかもしれない。
 どれほど多くのシミュレーションをこなしたところで、人の感情が伴うアクシデントに対応するのは、ゲーム上のシミュレーションじゃ足りない。
 コミュニケーションという経験則が必要。
 今、申し訳ないくらいにそれを学び、痛感している。
 彼女が、翠葉ちゃんがそこまで携帯に固執するとは思っていなかった。
 そんなところも俺は司と変わらない。
 先日、並列に扱われていると思ったそれは、本当に並列に扱われていて、とても大切にされていた。
 今の彼女が司を好きなことは百も承知。そして、唯のことを家族として思い慕っていることも知っている。
 司と唯がプレゼントしたものと並列に扱われていたストラップ。つまり、俺のことも大切に思ってくれているのだろう。
 それがどんな感情かは別として。
 まいったな……。
 こんな最悪なラストなのに、俺はどこか嬉しくて悲しくて……。
 複雑な感情に心を浸すことになる。
 そのうえ、司とあんな言葉を交わされると、話の内容以前に、その関係に嫉妬する。
 俺はどうやっても翠葉ちゃんとあんなやり取りはできない。ケンカなどできない。
 それは俺が言えないわけではなく、彼女が俺にそんな言葉を放たない、という意味。
 こんな言い合いは、仲が良くないとできないことなんじゃないかな……。

 司のことも気にはなる。が、用意された役者が動いている。
 一連の幕は下りても生徒会メンバーが動いているということは、用意されたシナリオ以外で話が続いている。
 このあと、司は様々な感情を体験することになるだろう。
 俺や湊ちゃんが行ったのでは意味がない。
 今は彼らに任せるべき――
 ただ、帰れる場所だけは用意しておくから……。

 俺はゆっくりと彼女に近づいた。
 彼女は座ったまま動かない。
 司が走り去ったそのときから、ずっとこんな表情をしているのだろう。
 口を少し開け、手元の携帯に視線を落としている。
 茫然自失そのもの――
「翠葉ちゃん、帰ろう」
 彼女は瞬きもせず、身体を揺らすことなく消え入りそうな声で「はい」と答えた。
 見ていられないほどに痛々しい。
 今すぐ抱きしめたくなるほどに。
 彼女にかけられていた男三人分の制服を武政に渡し、代わりに用意されていた毛布で彼女を包む。
 包んで、そのまま抱き上げようとした。
 自分の腕の中におさめたくて。
 早くこの寒い場から、棘だらけの場所から連れ出したくて。
「無理やりでごめん」
 そう口にして抱え上げると、彼女は腕の中で暴れた。
「秋斗さん、私、自分で歩けますっ」
「ごめん、今は聞けない」
「私も今はっっっ――」
 悲痛な声で完全なる拒絶。
 これ以上は危ない、そう判断して彼女を地面に下ろした。
 けれど、彼女は立ち上がることができずにいる。
 長く同じ体勢で座っていたからなのか、冷えすぎて痛みが出ているのか――もしくは、精神的な打撃が大きいのか。
 それがわからなくても、君が今何に心を痛めているのか、何を悔やんでいるのかはわかるんだ。
「翠葉ちゃん……売り言葉に買い言葉、でしょ?」
 決して、俺には放たれることのない言葉だった。
 最悪な展開なのに、それでも俺は司に嫉妬する。
 彼女の本音をぶつけてもらえる司に。
 彼女は返事をせず、きゅ、と唇を真一文字に引き結び眉根を寄せた。
「マンションに戻ってあたたまろう。そしたら、今回のこと全部話すから」
 俺の言葉をなぞるように彼女の唇が小さく動く。
「今回のこと、全部」と。
「翠葉、まずはマンションに帰ってお風呂に入ってあたたまりなさい。話はそのあと」
 湊ちゃんが俺とは逆側から彼女に話しかけた。
 右手は彼女の手を取っているが、左手は――彼女の首の後ろ。
 手刀を入れろ、と俺に指示していた。
 俺に指示を出しつつも、
「こんなに冷たくなって……。私が相馬に叱られるわ」
 彼女の意識が自分へ向くように、彼女が俺の方ではなく自分の方を向くように、と話しかける。
「先生、私……わ、たし――」
 翠葉ちゃんが湊ちゃんの方を向いた直後、俺は彼女の細い首の一点を目がけて手刀を落とした。
「翠葉ちゃん、ごめん……」
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