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最終章 恋のあとさき
25話
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いつもなら、洋服を買いにデパートへ来ると、お母さんと私、蒼兄とお父さんに分かれる。今回もそうだと思っていた。でも違った。
唯兄が、「俺もリィのドレス選びたいー」と言いだしたから。
蒼兄もお父さんも迷わず賛同した。
それなりの広さがあるショップでも、一家五人で押しかければそのブースだけが人口密度高めとなる。さらには、お父さんと蒼兄によって平均身長もぐっと引き上げられた。
「荒沢さん、大所帯でごめんなさいね」
お母さんがショップの店長に一言詫びる。
「いえ、ご自慢の旦那様とご子息にお会いできて光栄です」
荒沢さんはお父さんたちに向き直り、
「Ciel d'azurレディス店の荒沢と申します。いつも奥様とお嬢様にはご贔屓にしていただいております」
「いやいやこちらこそ。自分もメンズ店御用達なので、瀬野さんにはお世話になってる口です」
話の流れからすると、「瀬野さん」というのはメンズ店の店員さんなのだろう。
このショップ、シエルダジュールにはレディスラインとメンズラインがある。
通常はひとつのブースでレディスとメンズの両方を取り扱うけれども、ウィステリアデパートではメンズフロアとレディスフロアがきっちりと分けられているため、店舗が別になっているのだとか。
挨拶を済ませると、
「それでは商品をお持ちいたしますね」
荒沢さんはバックヤードに入っていった。
「唯、ごめんね」
「え?」
「実は何度か足を運んでいて、目ぼしいものはチェックしてあるの」
お母さんが顔の前で手を合わせ、「ゴメン」とウィンクして見せる。
「でも、数点あるからその中から選んで? ……といっても、形は同じで色を選ぶ程度なんだけど」
お母さんは気まずそうに視線を逸らし、唯兄は取り繕うことなくふてくされた。
「俺も選びたかったのにぃぃぃ……――仕方ない。じゃ、色は俺が選ぶ」
「それでもいいわ」
会話はお母さんと唯兄だけで進められ、私を含むあとの三人は置いてけぼりだ。
はっと我に返った蒼兄が、
「っていうか、翠葉が選ぶんじゃないの?」
「だってー……着せたいものがあるんだもの」
お母さんが上目遣いで蒼兄を見る。
「俺だって着せたいものたくさんあるよっ!?」
便乗して、むんっ、と主張したのは唯兄。
一瞬だけふたりに気後れしたものの、蒼兄はすぐに態勢を立て直す。
「いやいやいや、少しは翠葉の意見も聞こうよ。着るのは翠葉なんだからさ。ね? 父さん」
「そうだなぁ……。ふたりが選んだものでも翠葉が気に入れば問題ないと思うけど。……でも、翠葉が好きなのを選んでいいよ? もし意見が割れるなら両方買えばいいと思うし」
にこにこと答えるお父さんに、
「……途中まではまともだったのに、結局はそうなるんだ」
と、蒼兄が肩を落とす。けれど、私も同じことを思っていた。
「ほら、これとか翠葉に似合いそうだよ?」
お父さんが手に取ったのはドレスではなく、シャツワンピースだった。
「この上にキレイな色のニットとか――」
お父さんが周りを見渡すと、
「あぁ、これなんか合うんじゃない?」
唯兄が近くのディスプレイラックにかかっていたオフホワイトのポンチョを手に取りお父さんに渡した。
「お、いいね。どう? 似合うと思わない?」
お父さんはシャツワンピースとポンチョをずい、と私と蒼兄の前へ出す。そこに、
「このブローチつけたらアクセントになると思わない?」
お母さんがアイテムをひとつ追加した。
「……かわいいし似合うと思う。でも――」
蒼兄が一歩大きく踏み出したかと思うと、ブースを横切り別の洋服に手を伸ばす。
「それならこれとかこれも似合うと思う」
違う洋服を二着手に取ると、唯兄とお父さんは吸い寄せられるように蒼兄のもとへ足を運んだ。お母さんだけがその場に残ってクスクスと笑う。
「結局のところ、蒼樹だって選び出したら止まらないのよ」
「でも……今日はドレスを買いに来たのでしょう?」
「そうだけど……ほら、家族揃って買い物に来るなんて初めてでしょう? いつもは二手に分かれるし。みんな、楽しいのよ」
「でも……」
私にとってここの洋服はとても高価なもので、それこそ「お出かけ着」の位置づけにある。けれど、私は学校から帰ってきてどこかへ出かけるということはめったにないし、休日に出かけることも少ない。かといって、家でルームウェアのように着られるものではない。
買ってもらっても、着る機会がないのだ。
着てもらえない洋服はかわいそうだ……。実際、誕生日に買ってもらった洋服は濃紺のワンピースにしか袖を通していない。
「……お母さん、私……買ってもらうならルームウェアのほうがいい……」
「……翠葉、お正月はクラスの友達と初詣に行くんでしょう? それにおばあちゃんちにも行くし、出かける予定はたくさんあるわよ? これからはホテルにも行くことが増えるだろうし、着る機会ならいくらでもあるわ」
どうしてわかっちゃうのかな……。私が何を考えているのか、何を不安に思っているのか。
お母さんは私にかまわず話を続けた。今年は誕生日のときしか一緒に買い物に行けなかったから、冬休みになったら一緒に買い物に行こう、とか。ショッピングモールに長袖のルームウェアを買いに行こう、とか。
何も言えないでいると、荒沢さんがバックヤードから出てきた。
「ドレスはこちらの五色。それに合わせて靴とバッグをご用意させていただきました」
そう言って見せられたのは、ベアトップのドレス。
胸元からはドレスと共布のリボンが垂れ下がっていた。たぶん、ホルターネック。首の後ろでリボンを結ぶのだろう。ウエスト部分は緩やかなドレープがあしらわれており、スカート部分は花びらのようにカットされた生地が幾重にも重なっていた。
形も好きだけど、サラサラとした生地がとても気持ちよかった。
「どう?」
お母さんに訊かれて、「好き」と答える。
「そうでしょうともっ! このドレスなら絶対に気に入ると思ったのよ」
お母さんは鼻高々でエッヘンと威張る。
「色は唯が決めるなり、翠葉が選ぶなり、どちらでもいいわ」
そう言うくらいには満足したらしい。
色はアイスブルーに明るいグレー、ペールピンク、ブラック、ボルドー。
アイスブルーとグレーには銀のラメが、残りの三色には金のラメが生地に織り込まれていた。ギラギラといやらしく主張するのではなく、控え目にキラキラと光る。
「黒は却下。なんかリィのイメージじゃない。黒に金ってところがとくにだめ」
即座に唯兄のダだめ出しが入り、
「そうだな。なんか黒は違う気がする」
蒼兄も同意する。
「ボルドーも翠葉に似合う色だと思うけど、これはちょっと違う気がするんだよなぁ……」
お父さんの言葉にみんなが頷いた。
荒沢さんは却下されたものを、てきぱきと下げていく。
「グレーも悪くはないけど、花嫁が白だものね。色が近いかしら」
お母さんによってグレーも却下され、残ったのはペールピンクとアイスブルー。
「ピンクでしょっ」
唯兄がドレスを手に取り私の身体に当てる。
「俺もピンクかな、って思う」
「そうね、ピンクのほうが顔色よく見えるかも」
兄ふたりとお母さんに言われ、私は少し困る。
「翠葉はどっちを着たい?」
お父さんに訊かれて、「こっち」とアイスブルーを指差した。
三人は目を見開き驚いた顔をしたけれど、お父さんだけは驚きもせず「こっちな」とアイスブルーのドレスを手に取り渡してくれる。
「着てごらん」
「うん……」
「では、お嬢様こちらへ」
ピンクを推すお母さんたちに後ろめたさを感じながら、荒沢さんに勧められるままにフィッティングルームへ向かった。
「お嬢様は色が白くていらっしゃいますので、ピンクもブルーもお似合いになると思います。ごゆっくりお着替えください。リボンを結ぶ際にはお声かけくださいね」
そう言われ、カーテンを閉められた。
ひとりになって思う。
ピンクが嫌いなわけではない。血色良く見えるのがピンクであることもわかっている。でも――ピンクは幸せそうで、幸せな恋の象徴のように思えるから……。なんとなく手を伸ばしづらく、身に纏いづらい。
その点、アイスブルーは氷や冬の空を彷彿とさせる。身を引き締め、背筋を正してくれるような気がした。
着ていた洋服を脱ぎドレスを着ると、肌の露出が増え、ほんの少し肌寒さを感じた。スカートは膝下からヒラヒラのジグザグになっており、一番長いところで床につくかつかないかくらいの長さ。
リボンを自分で結んでみようとしたけれど、何度やっても縦結びになってしまいうまく結べない。仕方なく、カーテンの向こうで待っていてくれているであろう荒沢さんに声をかけると、
「失礼いたします」
カーテンが開いた。
リボンを結んでもらうと、
「よくお似合いでらっしゃいます」
鏡越しに微笑まれた。
「ドレスにはこちらのボレロがセットになっています」
差し出されたボレロを羽織ると、カーテンを開き、
「靴はこちらのシルバーのものを」
と、ふたつ並べられたうちのひとつを足元に揃えられる。もうひとつがゴールドの靴だったところを見ると、ラメに合わせて用意されていたのだろう。
いつもより高いヒールに不安を抱きながらフロアに出た。
コツ、と鳴れない音が響き、それに気づいた家族が振り返る。
「あら……これはこれでいいわね? 唯? 蒼樹?」
「うん。可愛らしさよりも可憐な感じ」
「ピンクよりも少し大人っぽく見えるかも?」
お母さん、唯兄、蒼兄と、それぞれが口にする。
「じゃ、ブルーに決定だな」
お父さんの言葉に異を唱える人はいなかった。けれど、そこで買い物が終わるわけでもなかった。
「式のときはボレロでいいけど、パーティーになったらストールにしようよ! ってことで、俺、ストール買うー! あっ、あとこのコサージュつけたら可愛いよね」
唯兄は、「あれとこれと」とショップのものに手を伸ばす。
「じゃぁ、俺はその靴とバッグ」
面食らっているのは私だけではない。お父さんとお母さんもきょとんとしていた。
「自分たちだけがプレゼントしようだなんてずるいですよー?」
「そうそう、俺たちにも加担させなさい」
唯兄と蒼兄が物を手にしてにじり寄る。
お父さんとお母さんは顔を見合わせ、半笑いでため息をついた。
「加担させなさいって……ふたりとも、あの洋服も自分たちで買うつもりなんでしょ?」
お母さんの視線の先を見ると、ディスプレイラックの上にコーディネイト済みの洋服が乗っていた。
「「あれはあれ、これはこれっ」」
蒼兄と唯兄の声が重なりお父さんが吹き出す。
「碧さん、ここの服のサイズって翠葉の体型にあってるんだよね?」
「うん? ……いつもとくにお直しはしてないけど?」
「じゃ、試着はなしで……。荒沢さん、お手数かけて申し訳ないんですが、このドレスとあっちの洋服。分けて包んでもらえますか?」
お父さんの言葉に荒沢さんが、「かしこまりました」と動き、私たち四人は不思議に思う。
「洋服、まだリィに見てもらってないのに?」
唯兄が訊くと、
「あれは唯と蒼樹からのクリスマスプレゼントにすればいい。だから中身は秘密。ドレスその他は家族四人からのプレゼントでどう?」
お父さんの提案に私以外の三人が笑顔になる。その直後――
「翠葉、ほかに何か欲しいものあるか? あるならお父さんがクリスマスプレゼントするぞー?」
お父さんはにこにこと笑っているけれど、後ろにいる蒼兄たちがじとりと睨み、「ずるい」と抗議の声をあげる。
「ずるくないぞー? だってこれらのプレゼントって基本翠葉が望んで欲しいと思ってるものじゃないだろう? ドレスは結婚式に参列するための必需品だし、あっちの洋服は蒼樹たちの自己満足なプレゼントじゃないか。お父さんはだなぁ、翠葉の欲しいと思ったものをプレゼントするサンタさんでいたいんだ!」
さも当然とばかりに威張るお父さんに、
「「「だからずるいんだってばっ」」」
と、三方向から突っ込まれる。
私は数歩後ずさり、トン、とレジカウンターに背があたったところで荒沢さんに声をかけられた。
「仲のいいご家族ですね」
クスクスと笑う荒沢さんは、
「今のうちに着替えてしまいましょう」
と、再びフィッティングルームへと案内してくれた。
着替えて出てくると、荒沢さんとお母さんが楽しそうに話していて、お父さんたちはいなかった。
「お母さん、お父さんたちは?」
「先にメンズ店へ移動したわ。私たちは少し休憩してから行きましょう」
会計はすべて終わっていたらしく、あとはドレス一式を包むだけのよう。
「荒沢さん、あとで取りに来るわ」
お母さんに背を押され、私は軽く会釈してショップを出た。
唯兄が、「俺もリィのドレス選びたいー」と言いだしたから。
蒼兄もお父さんも迷わず賛同した。
それなりの広さがあるショップでも、一家五人で押しかければそのブースだけが人口密度高めとなる。さらには、お父さんと蒼兄によって平均身長もぐっと引き上げられた。
「荒沢さん、大所帯でごめんなさいね」
お母さんがショップの店長に一言詫びる。
「いえ、ご自慢の旦那様とご子息にお会いできて光栄です」
荒沢さんはお父さんたちに向き直り、
「Ciel d'azurレディス店の荒沢と申します。いつも奥様とお嬢様にはご贔屓にしていただいております」
「いやいやこちらこそ。自分もメンズ店御用達なので、瀬野さんにはお世話になってる口です」
話の流れからすると、「瀬野さん」というのはメンズ店の店員さんなのだろう。
このショップ、シエルダジュールにはレディスラインとメンズラインがある。
通常はひとつのブースでレディスとメンズの両方を取り扱うけれども、ウィステリアデパートではメンズフロアとレディスフロアがきっちりと分けられているため、店舗が別になっているのだとか。
挨拶を済ませると、
「それでは商品をお持ちいたしますね」
荒沢さんはバックヤードに入っていった。
「唯、ごめんね」
「え?」
「実は何度か足を運んでいて、目ぼしいものはチェックしてあるの」
お母さんが顔の前で手を合わせ、「ゴメン」とウィンクして見せる。
「でも、数点あるからその中から選んで? ……といっても、形は同じで色を選ぶ程度なんだけど」
お母さんは気まずそうに視線を逸らし、唯兄は取り繕うことなくふてくされた。
「俺も選びたかったのにぃぃぃ……――仕方ない。じゃ、色は俺が選ぶ」
「それでもいいわ」
会話はお母さんと唯兄だけで進められ、私を含むあとの三人は置いてけぼりだ。
はっと我に返った蒼兄が、
「っていうか、翠葉が選ぶんじゃないの?」
「だってー……着せたいものがあるんだもの」
お母さんが上目遣いで蒼兄を見る。
「俺だって着せたいものたくさんあるよっ!?」
便乗して、むんっ、と主張したのは唯兄。
一瞬だけふたりに気後れしたものの、蒼兄はすぐに態勢を立て直す。
「いやいやいや、少しは翠葉の意見も聞こうよ。着るのは翠葉なんだからさ。ね? 父さん」
「そうだなぁ……。ふたりが選んだものでも翠葉が気に入れば問題ないと思うけど。……でも、翠葉が好きなのを選んでいいよ? もし意見が割れるなら両方買えばいいと思うし」
にこにこと答えるお父さんに、
「……途中まではまともだったのに、結局はそうなるんだ」
と、蒼兄が肩を落とす。けれど、私も同じことを思っていた。
「ほら、これとか翠葉に似合いそうだよ?」
お父さんが手に取ったのはドレスではなく、シャツワンピースだった。
「この上にキレイな色のニットとか――」
お父さんが周りを見渡すと、
「あぁ、これなんか合うんじゃない?」
唯兄が近くのディスプレイラックにかかっていたオフホワイトのポンチョを手に取りお父さんに渡した。
「お、いいね。どう? 似合うと思わない?」
お父さんはシャツワンピースとポンチョをずい、と私と蒼兄の前へ出す。そこに、
「このブローチつけたらアクセントになると思わない?」
お母さんがアイテムをひとつ追加した。
「……かわいいし似合うと思う。でも――」
蒼兄が一歩大きく踏み出したかと思うと、ブースを横切り別の洋服に手を伸ばす。
「それならこれとかこれも似合うと思う」
違う洋服を二着手に取ると、唯兄とお父さんは吸い寄せられるように蒼兄のもとへ足を運んだ。お母さんだけがその場に残ってクスクスと笑う。
「結局のところ、蒼樹だって選び出したら止まらないのよ」
「でも……今日はドレスを買いに来たのでしょう?」
「そうだけど……ほら、家族揃って買い物に来るなんて初めてでしょう? いつもは二手に分かれるし。みんな、楽しいのよ」
「でも……」
私にとってここの洋服はとても高価なもので、それこそ「お出かけ着」の位置づけにある。けれど、私は学校から帰ってきてどこかへ出かけるということはめったにないし、休日に出かけることも少ない。かといって、家でルームウェアのように着られるものではない。
買ってもらっても、着る機会がないのだ。
着てもらえない洋服はかわいそうだ……。実際、誕生日に買ってもらった洋服は濃紺のワンピースにしか袖を通していない。
「……お母さん、私……買ってもらうならルームウェアのほうがいい……」
「……翠葉、お正月はクラスの友達と初詣に行くんでしょう? それにおばあちゃんちにも行くし、出かける予定はたくさんあるわよ? これからはホテルにも行くことが増えるだろうし、着る機会ならいくらでもあるわ」
どうしてわかっちゃうのかな……。私が何を考えているのか、何を不安に思っているのか。
お母さんは私にかまわず話を続けた。今年は誕生日のときしか一緒に買い物に行けなかったから、冬休みになったら一緒に買い物に行こう、とか。ショッピングモールに長袖のルームウェアを買いに行こう、とか。
何も言えないでいると、荒沢さんがバックヤードから出てきた。
「ドレスはこちらの五色。それに合わせて靴とバッグをご用意させていただきました」
そう言って見せられたのは、ベアトップのドレス。
胸元からはドレスと共布のリボンが垂れ下がっていた。たぶん、ホルターネック。首の後ろでリボンを結ぶのだろう。ウエスト部分は緩やかなドレープがあしらわれており、スカート部分は花びらのようにカットされた生地が幾重にも重なっていた。
形も好きだけど、サラサラとした生地がとても気持ちよかった。
「どう?」
お母さんに訊かれて、「好き」と答える。
「そうでしょうともっ! このドレスなら絶対に気に入ると思ったのよ」
お母さんは鼻高々でエッヘンと威張る。
「色は唯が決めるなり、翠葉が選ぶなり、どちらでもいいわ」
そう言うくらいには満足したらしい。
色はアイスブルーに明るいグレー、ペールピンク、ブラック、ボルドー。
アイスブルーとグレーには銀のラメが、残りの三色には金のラメが生地に織り込まれていた。ギラギラといやらしく主張するのではなく、控え目にキラキラと光る。
「黒は却下。なんかリィのイメージじゃない。黒に金ってところがとくにだめ」
即座に唯兄のダだめ出しが入り、
「そうだな。なんか黒は違う気がする」
蒼兄も同意する。
「ボルドーも翠葉に似合う色だと思うけど、これはちょっと違う気がするんだよなぁ……」
お父さんの言葉にみんなが頷いた。
荒沢さんは却下されたものを、てきぱきと下げていく。
「グレーも悪くはないけど、花嫁が白だものね。色が近いかしら」
お母さんによってグレーも却下され、残ったのはペールピンクとアイスブルー。
「ピンクでしょっ」
唯兄がドレスを手に取り私の身体に当てる。
「俺もピンクかな、って思う」
「そうね、ピンクのほうが顔色よく見えるかも」
兄ふたりとお母さんに言われ、私は少し困る。
「翠葉はどっちを着たい?」
お父さんに訊かれて、「こっち」とアイスブルーを指差した。
三人は目を見開き驚いた顔をしたけれど、お父さんだけは驚きもせず「こっちな」とアイスブルーのドレスを手に取り渡してくれる。
「着てごらん」
「うん……」
「では、お嬢様こちらへ」
ピンクを推すお母さんたちに後ろめたさを感じながら、荒沢さんに勧められるままにフィッティングルームへ向かった。
「お嬢様は色が白くていらっしゃいますので、ピンクもブルーもお似合いになると思います。ごゆっくりお着替えください。リボンを結ぶ際にはお声かけくださいね」
そう言われ、カーテンを閉められた。
ひとりになって思う。
ピンクが嫌いなわけではない。血色良く見えるのがピンクであることもわかっている。でも――ピンクは幸せそうで、幸せな恋の象徴のように思えるから……。なんとなく手を伸ばしづらく、身に纏いづらい。
その点、アイスブルーは氷や冬の空を彷彿とさせる。身を引き締め、背筋を正してくれるような気がした。
着ていた洋服を脱ぎドレスを着ると、肌の露出が増え、ほんの少し肌寒さを感じた。スカートは膝下からヒラヒラのジグザグになっており、一番長いところで床につくかつかないかくらいの長さ。
リボンを自分で結んでみようとしたけれど、何度やっても縦結びになってしまいうまく結べない。仕方なく、カーテンの向こうで待っていてくれているであろう荒沢さんに声をかけると、
「失礼いたします」
カーテンが開いた。
リボンを結んでもらうと、
「よくお似合いでらっしゃいます」
鏡越しに微笑まれた。
「ドレスにはこちらのボレロがセットになっています」
差し出されたボレロを羽織ると、カーテンを開き、
「靴はこちらのシルバーのものを」
と、ふたつ並べられたうちのひとつを足元に揃えられる。もうひとつがゴールドの靴だったところを見ると、ラメに合わせて用意されていたのだろう。
いつもより高いヒールに不安を抱きながらフロアに出た。
コツ、と鳴れない音が響き、それに気づいた家族が振り返る。
「あら……これはこれでいいわね? 唯? 蒼樹?」
「うん。可愛らしさよりも可憐な感じ」
「ピンクよりも少し大人っぽく見えるかも?」
お母さん、唯兄、蒼兄と、それぞれが口にする。
「じゃ、ブルーに決定だな」
お父さんの言葉に異を唱える人はいなかった。けれど、そこで買い物が終わるわけでもなかった。
「式のときはボレロでいいけど、パーティーになったらストールにしようよ! ってことで、俺、ストール買うー! あっ、あとこのコサージュつけたら可愛いよね」
唯兄は、「あれとこれと」とショップのものに手を伸ばす。
「じゃぁ、俺はその靴とバッグ」
面食らっているのは私だけではない。お父さんとお母さんもきょとんとしていた。
「自分たちだけがプレゼントしようだなんてずるいですよー?」
「そうそう、俺たちにも加担させなさい」
唯兄と蒼兄が物を手にしてにじり寄る。
お父さんとお母さんは顔を見合わせ、半笑いでため息をついた。
「加担させなさいって……ふたりとも、あの洋服も自分たちで買うつもりなんでしょ?」
お母さんの視線の先を見ると、ディスプレイラックの上にコーディネイト済みの洋服が乗っていた。
「「あれはあれ、これはこれっ」」
蒼兄と唯兄の声が重なりお父さんが吹き出す。
「碧さん、ここの服のサイズって翠葉の体型にあってるんだよね?」
「うん? ……いつもとくにお直しはしてないけど?」
「じゃ、試着はなしで……。荒沢さん、お手数かけて申し訳ないんですが、このドレスとあっちの洋服。分けて包んでもらえますか?」
お父さんの言葉に荒沢さんが、「かしこまりました」と動き、私たち四人は不思議に思う。
「洋服、まだリィに見てもらってないのに?」
唯兄が訊くと、
「あれは唯と蒼樹からのクリスマスプレゼントにすればいい。だから中身は秘密。ドレスその他は家族四人からのプレゼントでどう?」
お父さんの提案に私以外の三人が笑顔になる。その直後――
「翠葉、ほかに何か欲しいものあるか? あるならお父さんがクリスマスプレゼントするぞー?」
お父さんはにこにこと笑っているけれど、後ろにいる蒼兄たちがじとりと睨み、「ずるい」と抗議の声をあげる。
「ずるくないぞー? だってこれらのプレゼントって基本翠葉が望んで欲しいと思ってるものじゃないだろう? ドレスは結婚式に参列するための必需品だし、あっちの洋服は蒼樹たちの自己満足なプレゼントじゃないか。お父さんはだなぁ、翠葉の欲しいと思ったものをプレゼントするサンタさんでいたいんだ!」
さも当然とばかりに威張るお父さんに、
「「「だからずるいんだってばっ」」」
と、三方向から突っ込まれる。
私は数歩後ずさり、トン、とレジカウンターに背があたったところで荒沢さんに声をかけられた。
「仲のいいご家族ですね」
クスクスと笑う荒沢さんは、
「今のうちに着替えてしまいましょう」
と、再びフィッティングルームへと案内してくれた。
着替えて出てくると、荒沢さんとお母さんが楽しそうに話していて、お父さんたちはいなかった。
「お母さん、お父さんたちは?」
「先にメンズ店へ移動したわ。私たちは少し休憩してから行きましょう」
会計はすべて終わっていたらしく、あとはドレス一式を包むだけのよう。
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