光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
956 / 1,060
最終章 恋のあとさき

28話

しおりを挟む
 下駄箱前ではサザナミくんに会った。
「みっそのーさんっ!」
「サザナミくん」
「さて、ここで問題です。俺の下の名前は?」
「……千里くん」
「うっしっ! 正解っ」
「っ……なかなか覚えられなくてごめんねっ?」
「まぁねっ。あれだけテストできんのに、人の顔と名前においてだけ恐るべき記憶力の悪さを披露されてどうしようかと思ったけど、結果的に覚えてもらえてりゃオールオッケーっしょ?」
「…………」
「……つか、めっちゃ顔色悪い気がするけど」
 長身の身体をくいっと折って顔を覗き込まれる。
 サザナミくんにもだいぶ慣れた。でも、こういう距離感は慣れないし、顔色を指摘されるともっと困る。
「だ、大丈夫っ……なんともないよっ。これから初等部に動物見に行こうと思っているくらいには元気っ」
「ホントだ……。珍しく大声出してるし。顔色は悪いけど、威勢はいいかな?」
「……あっ、学内循環バスの時間に間に合わなくなっちゃうから、バイバイっ」
「おいっすー……気をつけろよー? 主に足元――」
 言われた矢先に躓いた。とくに何があるわけでもない場所で。
 咄嗟にサザナミくんが腕を掴んでくれたから転ばずに済んだけれど、さすがに決まりが悪い。
「ほら、言わんこっちゃない……」
「ごめんなさい……ありがとうございます……」
「寒い時期に転ぶと痛えから気をつけなよ?」
「うん」
「じゃー、今度こそバイバイ。また来年な!」
 サザナミくんは手をヒラヒラとさせ、部室棟へ向ってだるそうに走り出した。
 彼の背を見送り、私は芝生広場へと向って歩き出す。つまりはサザナミくんが向った方向と同じ。
 高等部門前にも学内バスは停まるけど、少し歩きたくて桜香苑へと向う。
 桜香苑と梅香苑を抜けたところにある梅香館前にも学内バスは停まるから、そこから乗ろうと思った。
 さくさく歩けば高等部門までが徒歩七分、高等部門から初等部門までがバスで十分の計二十分弱コース。
 一方、梅香館までは徒歩十五分、梅香館前から初等部門まではバスで五分の計二十分。
 かかる時間は変わらないけれど、より長く外にいるのは後者になる。
 それでも――冷たい空気で肺を満たしたい気分だった。
 自分が何を考えているのか時々わからなくなる。
 寂しいと思えばぬくもりを求め、あたたかいものに触れると寒さに身を晒したくなる。
 まるで、甘えてはいけないのに甘えたくて、甘えてもいいのに甘えられない人みたい。

 たくさんの落ち葉を踏みしめながら、桜香苑から梅香苑へと進む。
 梅香館へ行くルートは自分以外にも歩いてる人がいた。
 自分ではいつもより早足で歩いているつもりだけど、人のそれとはずいぶんペースが異なるようで、私を追い越していく人はたくさんいた。中には、「よいお年を!」「バイバイ」と声をかけてくれる人もいる。
 紅葉祭のときにたくさんの人を覚えたつもりだったけれど、声をかけてくれたのは知らない人ばかりだった。
 でも、そんなことにもほっとしてしまう。
 クラスメイトや親しい人でないことにほっとしてる自分が、嫌――

 自分を嫌うのはなんて簡単なのだ ろう。こうできたら……と思うことはあるのに、何ひとつ行動に移せない。そんな自分を好きにはなれないし、嫌っている自分を大切にするのはひどく難しい。
 こんな気持ちで「命」に触れて、何かを感じることはできるのかな……。
「命の大切さ」を学ぶために初等部へ向かっているのに、そのためだけに初等部へ向かっているのに、考えていることややっていることはちぐはぐしている。
「気持ち、切り替えなくちゃ……」
 このまま、「なんとなく」の気持ちで進んではいけない。それだけは確かだ。
 通った道は違うけど、こんな気持ちでここを歩くのは初めてではない。前はツカサが一緒だった。
 あのときは、対人関係のトラウマと大好きな友達たちへの後ろめたさでいっぱいだった。そんな私の前をツカサが歩いてた。
 今はひとり。前を見たところでツカサの姿はない。
「ひとり……」
 この言葉はこんなにも空しい響きだっただろうか――

 梅香館前の停留所でバスが来るのを待っていると、二分ほどで学園を循環しているマイクロバスが着いた。バスからは高等部の制服を着た人が三人降りて、乗車したのは私だけ。次の停留所、初等部でバスを待っている人はひとりもいなかった。
 バスを見送ると初等部門に向き直り、細く長く息を吐き出す。息を吸う前には体内にあるものを出しきることが大切だと教わったから。
 吐き出すものが何もなくなり、一瞬だけ呼吸が止まる。枯渇した身体に新しい酸素を供給すると、肺は冷たい空気で満たされた。
 肺が膨らむと同時に胸や背に痛みが走る。きっと、吸い込むときに肋骨や筋肉が大きく動いたからだろう。痛みはすぐに止み、体内に淀んでいた二酸化炭素はきれいさっぱり排出された。
 前方を見据え、ベルのついた可愛い門をくぐる。ベルは風が吹くと揺れ、大きさの割には高めの音を響かせた。
 初等部は何もかもが小さく見える。高等部と比べると門柱も小さい。校門から校舎までの距離も短く、校庭もずいぶんと狭く見えた。それと、校庭をぐるりと囲むカラフルな遊具を久しぶりに目にした。
 中学生のとき、幼稚園の園庭を見たときに感じたものと同じ。何もかもが小さく見えて奇妙な気分。
 今、自分の通っていた小学校を見てもこんなふうに見えるのだろうか。自分ではそんなに大きくなったつもりはないし、身長だってそんなに伸びた実感はないのだけど……。
 錯覚のような感覚に囚われたまま、あちこち見ながら歩く。
 初等部敷地内に人影はない。きっと、初等部も今日が終業式だったのだろう。
 昇降口手前に学内模型図があり、現在地を確認するとすぐに飼育小屋の位置を確認した。
 飼育小屋は右に曲がって数十メートル行ったところ。
 道なりに歩いていくと、「飼育小屋はこちら」と案内が出ていた。その数メートル先、校舎と屋外プールの間に飼育小屋らしきものが建ち並び、それらの手前に用務員室と思しき建物がある。
 建物の入り口脇には、「用務員室」と人の手で書かれた木のプレートが立てかけてあった。
 プレートの横にあるインターホンを押すと、人の良さそうなおじさんが受け付けの窓を開けてくれる。
「おや、見ない顔ですね?」
「高等部の御園生翠葉と申します」
 学生証を見せ名乗ると、
「初等部用務員の原島です」
 目尻の下がった五十代後半くらいの用務員さんはにこりと笑った。
「あの……動物を見せていただいてもいいですか?」
「いいですよ。飼育小屋にはウサギとヤギ、孔雀、ニワトリ、アヒル。ヤギ小屋の裏には池があります。そこには鯉とフナ。この時間だとカメが甲羅干しのために日向ぼっこしているでしょう」
 飼育小屋マップのパンフレットを指差しながら説明してくれる。けれど、そこにハムスターの文字はなかった。
「……あの、ハムスターは?」
「ハムスターなら用務員室の一室にいますよ。御園生さんはハムスターを見にきたんですか?」
「あ、いえ。……全部、です」
「そうですか。それでは、先に外の子たちを見てきてはどうでしょうか。今は太陽に雲がかかってませんからね」
 少しでもあたたかい時間に屋外を回るように、とのんびりとした口調で勧めてくれた。
「ついさっきもスケッチをしたいって女の子が来まして、ウサギ小屋の鍵はその子が持っていきました。そのほかの動物は触れるにはあまり適していないので、小屋の外から見るのがいいでしょう。もし、どうしても……というのでしたら私も一緒に行きますが、どうしますか?」
「……危ないんですか?」
「そうですねぇ……。動物に詳しくない人がひとりで近づくことはお勧めしませんね。御園生さんは飼育経験がありますか?」
「いえ、ありません。……あの、そういう動物の飼育はどうしているんですか?」
「……御園生さんは外部生ですか?」
「はい。高等部からの……」
「そうでしたか」
 柔和な笑みを返される。
「動物の飼育はすべて児童がやってますよ」
「でも……」
「中にはペットとして飼っている方もいらっしゃいますが、基本的には孔雀やアヒル、ニワトリはあまり撫でられることを好む動物ではありません。機嫌が悪いと攻撃的につついてくることもあります。ですから、小屋の掃除をするときは清掃組と誘導組に分かれ、誘導組には必ず教師がつきます。つまり、小屋から動物を移動させた状態で掃除をするわけです」
 用務員さんは詳しく教えてくれた。お世話当番が各学年バランスよく構成されていること。低学年の子には必ず高学年の児童がマンツーマンで飼育や清掃の仕方を教えること。
「中学年になる頃には動物に慣れてきて、ニワトリやアヒルを素手で持てる子も増えます。動物側も毎日同じ時間に人が掃除やエサを持ってきてくれるとわかれば慣れるものです。たまにアヒルやニワトリが脱走して追いかける羽目になりますけど」
 そのときのことを思い出したのか、用務員さんは目を細めクスクスと笑った。
「まずはゆっくりと回ってきてください。最後にハムスターが見られるように用意をしておきます」
 私は用務員さんにお礼を言い、渡されたパンフレットに目を通してから飼育広場へと向かった。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

処理中です...