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最終章 恋のあとさき
30話
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手から、粒子細かな砂が零れていく。
音も立てず、指と指の間をすり抜けて。留めようと手に力をこめても着実に。
サラサラサラサラ――すり抜け零れ、失われていく。
まるで砂時計を見ているようだった。無常にも時は流れ、砂は落ちていく。
今、自分がどんな感情を抱えているのか……そんなこともわからない。
砂は落ちゆくのに、感情だけは行き場なく留まったまま。
大切なものを失うときの虚無感とはこういう感じなのだろうか……。
いずれにせよ、感情が複雑すぎて言葉への形容がしがたい。
不思議と涙は零れなかった。
涙とはどんなときに流れるものだっただろう――
ウサギたちは小屋の一角に作られてある風除けスペースに身を寄せていた。みんなでくっついて暖をとっているのだろう。
小屋は小屋でもつくりはしっかりしていて、幅広な庇がついているため、陽の光は小屋の端までしか届かない。そのくせ風通しだけはとても良いのだから、小屋の外にいたときよりも数段寒く感じた。
「寒いのは……心、かな」
自然とウサギに手が伸びる。
ウサギはやっぱりあたたかかった。指先からじんわりと体温が伝ってくる。でも、完全に冷え切ってしまった手首まではあたたまりそうにない。
「翠葉ちゃん」
聞き覚えのある声に顔を上げる。と、予想どおりの人が立っていた。
「秋斗、さん……」
「どうして?」という疑問は言葉にならない。
小屋の外に立つ秋斗さんをじっと見ていると、
「長居すると身体に障るよ」
長居――
香乃子ちゃんが出ていってからどのくらい経ったのか……。
時計を見たところでわかるはずがない。最後に時計を見たのは、梅香館前でバスの時間を確認したときなのだから。
「……友達が出て行ってから十分経ってる」
「っ……」
動揺に身が揺れる。
話、聞かれていたの……?
「用務員室で原島さんがお茶の用意をしてくれてる。鍵は戸口の脇にかかっているから出ておいで」
言われても私は動けなかった。
息を詰めたまま秋斗さんを見ていると、秋斗さんは小屋をぐるりと回って中に入ってきた。
「ほら、ゆっくり立って?」
差し伸べられた手に戸惑う。
「身動きもできないくらいに冷えちゃったかな?」
笑いを含む声が降ってきて、両腕を優しく掴まれ立たされた。私は促されるままに小屋を出る。
秋斗さんは平然と小屋の鍵を閉め、「用務員室に行こう」と数メートル離れた建物を指差した。
用務員室に入るのは初めてだった。
小学校や中学校にもあったけど、藤宮のように鉄筋コンクリートの建物ではなく、木造建築平屋建ての印象が強い。
建物内の室温は二十度前後で外よりは格段にあたたかかった。
「外は寒かったでしょう」
差し出されたお茶を前に躊躇する。けれど、鼻を掠めた湯気にほっとした。お茶は麦茶だった。
プラスチック製のカップから伝う温度はあたたかいと感じる程度で熱くはない。
熱湯で淹れたのだとしたら、淹れてからずいぶんと時間が経っていることになる。
「あ、ぬるいですか?」
「いえっ、あのっ――」
「すみません」と言いそうになって呑みこむ。
私がウサギ小屋でぼーとしていた時間、秋斗さんと同じように用務員さんをも待たせてしまったのかもしれない。
こういう場面でなら謝罪の言葉を口にしても良かったのだろうか。
考えながら、
「……とても、ほっとするあたたかさです」
かろうじて口にできた言葉は少し震えていた。寒さからではなく緊張から。
胃のあたりがきゅっと締めらつけれるような感じがした。
「そうですか?」
こちらを気遣うように声をかけられ視線を合わせると、用務員さんは目尻を下げ、
「普段ここには小さなお客人しか来ないものですから――児童にお茶を出すときは火傷をしないように少しぬるいお茶を出すようにしているんです。なのでいつもの癖で……」
と、頭を掻く。
「……小さい子が零しても火傷しないように? 飲みやすいようにぬるくして……あるんですか?」
「はい……」
用務員さんはどこか恥ずかしそうに、そして嬉しそうににこりと笑った。
言われてみれば、カップ自体も小ぶりで小学生の手にちょうどいい大きさだ。
用務員室の中を見回すと、ところどころに小さな子が怪我をしないように、という工夫が施されている。工具などは手の届かない場所へ片付けてあるし、椅子やテーブルの角はすべてやすりで削られ丸みを帯びている。
ここは子どものことを考えて作られた空間だったのだ。
待たせてしまったわけではないことを知り、用務員さんの優しさに触れたら縮こまった胃が緩んだ気がした。
「原島さん、早速ですがハムスターを見せていただいても?」
秋斗さんが切り出すと、
「えぇ、すでにご用意してあります」
用務員さんが案内してくれたのは二階の一室。
「通常はクラス管理なんですが、今日が終業式で明日から冬期休暇ですので、学校中のハムスターがここに集められています」
通された部屋はハムスターのための部屋だった。壁一面に棚が渡してあり、上から下まで端から端まで水槽のような入れ物にハムスターが入れられ管理されている。まるでハムスターのマンションのよう。
水槽の中には巣箱やカラカラと回る車が入っていて、ところどころの水槽でハムスターがちょこちょこと走っていた。
「夏は水槽ではなく風通しのいいケージに入れるのですが、寒さに弱い動物ですので冬は機密性のある水槽で育てるんですよ。触ってみますか?」
「……はい」
ウサギよりとても小さなハムスターを両の手の平に置かれた。
「軽い……」
重量としては軽いのに、命の重さは異様に重く感じた。生きているものの重さだと思った。
平均すると二、三年の寿命。そう言われると余計に重く感じる。
「長くこの仕事をしていますが、三年以上生きる子はめったに見ませんね」
その数年でどれほどのことを体験し、何を思って死んでいくのか……。
生まれてたったの数年で死に至る。そのときのハムスターの心情はいかほどか、と考えずにはいられない。
ハムスターは鼻先やヒゲを引くつかせながら私の手を観察していた。しばらくすると、毛づくろいを始める。
「毛づくろいはリラックスしている状態なんだよ」
言いながら、秋斗さんも一匹のハムスターを手に取った。
「俺ね、なんとも思ってなかったんだ」
「え……?」
「実習だし課題だから……なんとなくのらりくらりとやってきたけど、こんな小さな生き物に命があること、人生があること、そんなこと考えもしなかったよ」
秋斗さんは自嘲気味に笑い、手に乗せたハムスターの眉間を人差し指でさすりながら言う。
「世渡りは小さいころから得意だったんだ。動物の飼育なんて文句を言われない程度に参加して、プレゼンでは道徳に適ったそれっぽいことを話せばいい。そんなふうに思ってたな。……こんなに小さくて、でも、こんな必死に生きてるのにね」
秋斗さんの話を聞いて不思議に思う。
「秋斗さんは……どうしてここに?」
ハムスターが好きで見に来たわけではなさそうだけれど……。
「どうしてだと思う?」
「……わかりません」
「唯情報」
にこりと笑われ、思い当たる節にたどり着く。
「ちょっと仕事詰め込みすぎてて、息抜きに翠葉ちゃんに会ってきたらどうかって言われたんだ。それで来たんだけど……来て良かった。翠葉ちゃんに会えたのはもちろんのこと、『命』に触れること。これってたぶん、俺にも必要なことだったと思うから。……きっかけをくれてありがとね」
お礼まで言われて困惑してしまう。
そのあとはとくに何を話すでもなく、お互い小さなハムスターに触れていた。
ハムスターが机から落ちただけで内臓破裂で死んでしまう恐れがある、というのは実物を見ればすぐに納得ができた。
落下の衝撃で足を折ってもなんらおかしくない。それほどに小さく、華奢だ。
ふくふくと太っている体格のいい子ですらか弱く見えるのだ。
それでも、私の手よりもあたたかい。
もそもそと動く様や、黙々とヒマワリの種を食べる様は精一杯生きているように思えた。
生きるためにたくさんのことを考えてはいないかもしれない。けれど、生きることにはとても一生懸命で真摯な気がした。
それだけで十分だった。
用務員さんにお礼を言って外に出ると、秋斗さんとふたりになる。
校門まで五十メートルほどの並木道を何も話さずに歩いていた。
無言に耐えかね、どうやってここまで来たのかを訊ねてみると、
「翠葉ちゃんと同じ。久しぶりに学内循環バスに乗った。マイクロバスってこんなに小さかったっけ、ってちょっとびっくりしたよ」
秋斗さんはくつくつと笑う。
「初等部に来るのも何年ぶりかわからないくらい久しぶりで、遊具の小ささや校庭の狭さにも驚いた。なんか、色々新鮮だったな」
秋斗さんは改めて周りを見回し、バス停に着くとすぐに時刻表を確認した。
どうやら、あと一分もすればバスは来るようだ。
香乃子ちゃんとの会話を聞かれたのかが気になって仕方なくて、でも訊けないから……ふたりだけのこの時間には早く終止符を打ちたかった。
バスに乗ったところでほかに乗客がいるかはわからないし、増えるのは運転手さんだけかもしれない。
運転手さんは決して会話には加わらないだろう。それでも、完全な「ふたり」よりはいい気がした。
バスの音が遠くから聞こえてきたそのとき――秋斗さんの手が肩に置かれ、後ろから声がかけられる。
「ごめんね。友達との会話は全部聞いてた……」
「っ……」
ビクリ、と自分でもわかるほどに揺れた身体をしっかりと押さえられる。
「でもね……君にはそのままでいてほしい。何を変えようと思わなくてもいい。何を変えずにいようと思わなくてもいい。俺は、そのままの君が好きだから。そのままの君でいて。無理はしないで……」
バスが停車しドアが開く。
私は秋斗さんに背を押され、バスのステップに足をかけた。
秋斗さんもバスに乗るものだと思っていた。けれど、
「乗らないんですか?」
運転手さんの問いかけに、秋斗さんは乗らない旨を伝えた。
私が秋斗さんを振り返った瞬間にバスのドアは閉まり、秋斗さんは私に向って軽く手を振った。
――「そのままでいてほしい。何を変えようと思わなくてもいい。何を変えずにいようと思わなくてもいい」。
それは、どういう意味?
何を指して言ってくれた言葉?
秋斗さんはいつだってそのままの私を受け止めると言ってくれるけれど、受け止めてもらう資格もなければ、今の自分を肯定できるほど、私は自分を受け入れられはしない。
自分を否定するのは容易い。自分を肯定できるようになるためにはどうしたらいいのかな――
音も立てず、指と指の間をすり抜けて。留めようと手に力をこめても着実に。
サラサラサラサラ――すり抜け零れ、失われていく。
まるで砂時計を見ているようだった。無常にも時は流れ、砂は落ちていく。
今、自分がどんな感情を抱えているのか……そんなこともわからない。
砂は落ちゆくのに、感情だけは行き場なく留まったまま。
大切なものを失うときの虚無感とはこういう感じなのだろうか……。
いずれにせよ、感情が複雑すぎて言葉への形容がしがたい。
不思議と涙は零れなかった。
涙とはどんなときに流れるものだっただろう――
ウサギたちは小屋の一角に作られてある風除けスペースに身を寄せていた。みんなでくっついて暖をとっているのだろう。
小屋は小屋でもつくりはしっかりしていて、幅広な庇がついているため、陽の光は小屋の端までしか届かない。そのくせ風通しだけはとても良いのだから、小屋の外にいたときよりも数段寒く感じた。
「寒いのは……心、かな」
自然とウサギに手が伸びる。
ウサギはやっぱりあたたかかった。指先からじんわりと体温が伝ってくる。でも、完全に冷え切ってしまった手首まではあたたまりそうにない。
「翠葉ちゃん」
聞き覚えのある声に顔を上げる。と、予想どおりの人が立っていた。
「秋斗、さん……」
「どうして?」という疑問は言葉にならない。
小屋の外に立つ秋斗さんをじっと見ていると、
「長居すると身体に障るよ」
長居――
香乃子ちゃんが出ていってからどのくらい経ったのか……。
時計を見たところでわかるはずがない。最後に時計を見たのは、梅香館前でバスの時間を確認したときなのだから。
「……友達が出て行ってから十分経ってる」
「っ……」
動揺に身が揺れる。
話、聞かれていたの……?
「用務員室で原島さんがお茶の用意をしてくれてる。鍵は戸口の脇にかかっているから出ておいで」
言われても私は動けなかった。
息を詰めたまま秋斗さんを見ていると、秋斗さんは小屋をぐるりと回って中に入ってきた。
「ほら、ゆっくり立って?」
差し伸べられた手に戸惑う。
「身動きもできないくらいに冷えちゃったかな?」
笑いを含む声が降ってきて、両腕を優しく掴まれ立たされた。私は促されるままに小屋を出る。
秋斗さんは平然と小屋の鍵を閉め、「用務員室に行こう」と数メートル離れた建物を指差した。
用務員室に入るのは初めてだった。
小学校や中学校にもあったけど、藤宮のように鉄筋コンクリートの建物ではなく、木造建築平屋建ての印象が強い。
建物内の室温は二十度前後で外よりは格段にあたたかかった。
「外は寒かったでしょう」
差し出されたお茶を前に躊躇する。けれど、鼻を掠めた湯気にほっとした。お茶は麦茶だった。
プラスチック製のカップから伝う温度はあたたかいと感じる程度で熱くはない。
熱湯で淹れたのだとしたら、淹れてからずいぶんと時間が経っていることになる。
「あ、ぬるいですか?」
「いえっ、あのっ――」
「すみません」と言いそうになって呑みこむ。
私がウサギ小屋でぼーとしていた時間、秋斗さんと同じように用務員さんをも待たせてしまったのかもしれない。
こういう場面でなら謝罪の言葉を口にしても良かったのだろうか。
考えながら、
「……とても、ほっとするあたたかさです」
かろうじて口にできた言葉は少し震えていた。寒さからではなく緊張から。
胃のあたりがきゅっと締めらつけれるような感じがした。
「そうですか?」
こちらを気遣うように声をかけられ視線を合わせると、用務員さんは目尻を下げ、
「普段ここには小さなお客人しか来ないものですから――児童にお茶を出すときは火傷をしないように少しぬるいお茶を出すようにしているんです。なのでいつもの癖で……」
と、頭を掻く。
「……小さい子が零しても火傷しないように? 飲みやすいようにぬるくして……あるんですか?」
「はい……」
用務員さんはどこか恥ずかしそうに、そして嬉しそうににこりと笑った。
言われてみれば、カップ自体も小ぶりで小学生の手にちょうどいい大きさだ。
用務員室の中を見回すと、ところどころに小さな子が怪我をしないように、という工夫が施されている。工具などは手の届かない場所へ片付けてあるし、椅子やテーブルの角はすべてやすりで削られ丸みを帯びている。
ここは子どものことを考えて作られた空間だったのだ。
待たせてしまったわけではないことを知り、用務員さんの優しさに触れたら縮こまった胃が緩んだ気がした。
「原島さん、早速ですがハムスターを見せていただいても?」
秋斗さんが切り出すと、
「えぇ、すでにご用意してあります」
用務員さんが案内してくれたのは二階の一室。
「通常はクラス管理なんですが、今日が終業式で明日から冬期休暇ですので、学校中のハムスターがここに集められています」
通された部屋はハムスターのための部屋だった。壁一面に棚が渡してあり、上から下まで端から端まで水槽のような入れ物にハムスターが入れられ管理されている。まるでハムスターのマンションのよう。
水槽の中には巣箱やカラカラと回る車が入っていて、ところどころの水槽でハムスターがちょこちょこと走っていた。
「夏は水槽ではなく風通しのいいケージに入れるのですが、寒さに弱い動物ですので冬は機密性のある水槽で育てるんですよ。触ってみますか?」
「……はい」
ウサギよりとても小さなハムスターを両の手の平に置かれた。
「軽い……」
重量としては軽いのに、命の重さは異様に重く感じた。生きているものの重さだと思った。
平均すると二、三年の寿命。そう言われると余計に重く感じる。
「長くこの仕事をしていますが、三年以上生きる子はめったに見ませんね」
その数年でどれほどのことを体験し、何を思って死んでいくのか……。
生まれてたったの数年で死に至る。そのときのハムスターの心情はいかほどか、と考えずにはいられない。
ハムスターは鼻先やヒゲを引くつかせながら私の手を観察していた。しばらくすると、毛づくろいを始める。
「毛づくろいはリラックスしている状態なんだよ」
言いながら、秋斗さんも一匹のハムスターを手に取った。
「俺ね、なんとも思ってなかったんだ」
「え……?」
「実習だし課題だから……なんとなくのらりくらりとやってきたけど、こんな小さな生き物に命があること、人生があること、そんなこと考えもしなかったよ」
秋斗さんは自嘲気味に笑い、手に乗せたハムスターの眉間を人差し指でさすりながら言う。
「世渡りは小さいころから得意だったんだ。動物の飼育なんて文句を言われない程度に参加して、プレゼンでは道徳に適ったそれっぽいことを話せばいい。そんなふうに思ってたな。……こんなに小さくて、でも、こんな必死に生きてるのにね」
秋斗さんの話を聞いて不思議に思う。
「秋斗さんは……どうしてここに?」
ハムスターが好きで見に来たわけではなさそうだけれど……。
「どうしてだと思う?」
「……わかりません」
「唯情報」
にこりと笑われ、思い当たる節にたどり着く。
「ちょっと仕事詰め込みすぎてて、息抜きに翠葉ちゃんに会ってきたらどうかって言われたんだ。それで来たんだけど……来て良かった。翠葉ちゃんに会えたのはもちろんのこと、『命』に触れること。これってたぶん、俺にも必要なことだったと思うから。……きっかけをくれてありがとね」
お礼まで言われて困惑してしまう。
そのあとはとくに何を話すでもなく、お互い小さなハムスターに触れていた。
ハムスターが机から落ちただけで内臓破裂で死んでしまう恐れがある、というのは実物を見ればすぐに納得ができた。
落下の衝撃で足を折ってもなんらおかしくない。それほどに小さく、華奢だ。
ふくふくと太っている体格のいい子ですらか弱く見えるのだ。
それでも、私の手よりもあたたかい。
もそもそと動く様や、黙々とヒマワリの種を食べる様は精一杯生きているように思えた。
生きるためにたくさんのことを考えてはいないかもしれない。けれど、生きることにはとても一生懸命で真摯な気がした。
それだけで十分だった。
用務員さんにお礼を言って外に出ると、秋斗さんとふたりになる。
校門まで五十メートルほどの並木道を何も話さずに歩いていた。
無言に耐えかね、どうやってここまで来たのかを訊ねてみると、
「翠葉ちゃんと同じ。久しぶりに学内循環バスに乗った。マイクロバスってこんなに小さかったっけ、ってちょっとびっくりしたよ」
秋斗さんはくつくつと笑う。
「初等部に来るのも何年ぶりかわからないくらい久しぶりで、遊具の小ささや校庭の狭さにも驚いた。なんか、色々新鮮だったな」
秋斗さんは改めて周りを見回し、バス停に着くとすぐに時刻表を確認した。
どうやら、あと一分もすればバスは来るようだ。
香乃子ちゃんとの会話を聞かれたのかが気になって仕方なくて、でも訊けないから……ふたりだけのこの時間には早く終止符を打ちたかった。
バスに乗ったところでほかに乗客がいるかはわからないし、増えるのは運転手さんだけかもしれない。
運転手さんは決して会話には加わらないだろう。それでも、完全な「ふたり」よりはいい気がした。
バスの音が遠くから聞こえてきたそのとき――秋斗さんの手が肩に置かれ、後ろから声がかけられる。
「ごめんね。友達との会話は全部聞いてた……」
「っ……」
ビクリ、と自分でもわかるほどに揺れた身体をしっかりと押さえられる。
「でもね……君にはそのままでいてほしい。何を変えようと思わなくてもいい。何を変えずにいようと思わなくてもいい。俺は、そのままの君が好きだから。そのままの君でいて。無理はしないで……」
バスが停車しドアが開く。
私は秋斗さんに背を押され、バスのステップに足をかけた。
秋斗さんもバスに乗るものだと思っていた。けれど、
「乗らないんですか?」
運転手さんの問いかけに、秋斗さんは乗らない旨を伝えた。
私が秋斗さんを振り返った瞬間にバスのドアは閉まり、秋斗さんは私に向って軽く手を振った。
――「そのままでいてほしい。何を変えようと思わなくてもいい。何を変えずにいようと思わなくてもいい」。
それは、どういう意味?
何を指して言ってくれた言葉?
秋斗さんはいつだってそのままの私を受け止めると言ってくれるけれど、受け止めてもらう資格もなければ、今の自分を肯定できるほど、私は自分を受け入れられはしない。
自分を否定するのは容易い。自分を肯定できるようになるためにはどうしたらいいのかな――
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