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【第一部 きみいろ ~君と僕がみている世界の色は~】

第七話 風光明媚

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 教室の窓からは天色あまいろの空が広がり、青々とした緑色の稜線が輪になって手を繋いでいるかのように続き、山の峰のように高く聳え立つ雲が大きく背伸びをしているような、そんな景色が見える。

 朝の空の散歩、楽しかったな。あの雲のように高いところまで行ってみたいななんて。
 彩は雲の先端を掴もうと手を伸ばす。

 転校初日の感想は……顔が筋肉痛になるくらい笑顔を作ったことと、今までにないくらいお喋りしたということ。クラスや地域によるのかわからないけれど、このクラスの人は新しいもの好きなのか休み時間の度に色んな人が笑顔で接してくる。学校を案内してくれたり、色々と質問をしてきたり、こちらが聞く前に教えてくれたりと親切な人が多い。ちょっとだけ嬉しいなって思った。けど、妖モノをみて変な行動や言動をしてしまったら……今までのように私は視界から消えていくんだろうなと思うと少し切なく感じた。
 

 校庭では各部活の活動がはじまり、たくさんの声が聞こえてくる。教室は電気も消え、薄暗くなってもぬけの殻となり静まり返っている。

 朝もあんなことがあったし、今日は疲れちゃったな。今日は早く帰って休もう。
 彩はカバンを肩にかけ、席を立つ。

「あ、いた!」と葉が教室のドアから顔を出す。
「えっと、葉くん?」

「ね、彩! 帰るとこ?」
「うん。どうかしたの?」

「ね、今から空の散歩しに行かない?」
「え?」

「彩が嫌だったら無理にとは言わないよ。ね、どう?」
「金平糖さんに乗っていくってこと?」

「そ!」
「うーん。ちょっとお空の散歩したいかも」

「よしっ! 決まり! 行こう!」
 葉は“行こう”と笑顔で手を差出す。

「どこに行きたい? 山? 森? 川? 海?」
「うふふ。自然がいっぱいそうなチョイスだね」と彩はクスクスと笑う。

「あーこれは僕が好きな場所か」
「じゃあ、海に行ってみたい! 一度も行ったことがないんだ! 遠いかな?」

「コンなら一飛びだから大丈夫!」とウインクをする葉。
「ホント? 楽しみ!」と笑顔で喜ぶ彩。

「おい、ちょっと待て。俺様の許可なく決めるんじゃねえ」と金平糖。
「コン、都合でも悪いのか? どうせ暇だろう」とツッコミといれるワンタン。
 葉の足元から獣の姿の金平糖とワンタンがひょこっと顔を出す。

「暇とかそういうことじゃなくてな、俺にも色々あるんだよ」
「色々? ああ、自分磨きとか? やけ食いとか?」

「なんでそうなんだよ」
「この前、女狐に振られていたからそれ絡みかと……」
 金平糖は顔を真っ赤にして、ゾワゾワと電気が走り毛が逆撫でになる。

「縁起でもねえこと言うなよ。思い出させんなよ」
「そうか。気晴らしに空の散歩がしたいと! そういうことだな」

「あ、ああ。あ?」
「ということで空の散歩はOKだそうだ」
 ワンタンは葉にウインクをしてサムズアップをする。金平糖は単純に出来ているためワンタンの誘導で簡単に操れるのだ。

「さすが、ワンタン! ありがと。コンもありがとね」と葉。
「あーもう。わかったよ。少しだけだからな」
 金平糖は腕を組み、頬をぷくうと膨らませながらプイっとそっぽを向く。

「金平糖さん! ありがとうございます! よろしくお願いします」
 彩は金平糖の前でしゃがみ込み、ニコッと笑う。




* * *
 一同は学校の屋上へ行き大きな狐の姿となった金平糖の背中に乗り空高く上がっていく。

 さっきまで見ていた教室の窓からの景色とは違い空高く上がっても空は近くなる気配はないのに……輪になって手を繋いでいるかのように見えた青々とした緑色の稜線は上から見るとほぼ真直ぐに一列に並んでいて、山の峰のように高く聳え立つ雲とは同じ目線になったような感覚になる。
 いつも見ている世界が空の上からだけでこんなにも違って見えるのだと感動を覚える。

「そうだ、彩。これを羽織りなよ。空は寒いから」と葉は着ていたパーカーを彩の肩にかける。
「あ、ありがとう。あったかい」

「あのーすみません。ここで見せつけないでもらえますかね?」と金平糖が言うと
「あのーコンさん、見えていませんよね? それよりちゃんと前見て飛んでもらえますかね?」とワンタンは金平糖の背中をベシベシと叩く。

「キミらはモフモフの毛むくじゃらだからあたたかいかもしれないけど、僕らが寒さをしのぐには着込むしかないからな」と葉。
「夏なのに空の上って寒いんだね」と彩は寒くて縮こまっている。

「あ、寒い? もっと降下してもらう?」
「ううん、大丈夫だよ」

「ワンタン……」と葉はワンタンをじーっと見つめる。
「葉、どんなに見つめられても、俺は犬だから変化は出来んぞ」

「だよね……。こんな時、タルトがいればな」と葉がポツリというと。

「ふふふ! 呼んだ?」とタルトがこたえる。
「タルト?! と絵!」と大きな声をあげる葉。

 自転車に変化したタルトとその自転車に乗った絵が現れる。自転車は自転車をコピーしたというものではなく雰囲気だけ形にしたもので、ハンドルの中心部分がタルトの顔で荷台部分が尻尾になった、少し奇妙な形をしている。

「葉、オイラたちを置いていくなんて冷たいじゃん、寂しいじゃん」とタルトは泣き真似をする。
「オ、オレは寂しくなんかないし」とプイッとする絵。

「え? 絵が師匠が飛んでいるのを見て着いて行くっていったじゃん」
「あ、こら。言うなよ。えーごほん。少し気になったからついて来たって感じだし」
 絵は顔を真っ赤にしながら葉たちから視線を逸らす。

「師匠! お疲れ様です! ということで乗っていいですか?」とタルトが金平糖に聞くと「はあ? お前らはそのまま行けよ」と金平糖は冷たく答える。

「オイラがそっちに行けばモコモコの毛布にもなれるし、絵もこのままだと危ないし、みんなと一緒が良いみたいなんでお願いしますよ」
「な? オレは何も……モゴモゴモゴ……」
 タルトは尻尾を使って絵の口を押さえる。

「師匠はイケ狐で力持ちで超絶強くてカッコイイじゃん! オイラたちを乗せるなんてお茶の子さいさいじゃん?」
 金平糖は一度停止し、タルトと並び目線を合わせる。
「よっ! イケ狐!」とタルトが一押しすると金平糖は褒められて嬉しくなり、ニヤニヤと笑いながら「そ、そこまで言われたら悪い気はしねえなあ。ほれ、乗った乗った」とご機嫌でタルトと絵を乗せる。

 タルトはニヤリと笑みを浮かべ、金平糖の上に飛び乗り、モコモコの毛布になり葉たち三人を包み込む。




* * *
 一同は海が見える場所へと到着する。

 目の前に広がる光景は、夕方のオレンジ色と夜の紺色が入り混じったグラデーションが重なり合う空。太陽はもう半分で沈むところ。太陽は地平線に反射した鏡に映ったような太陽とでまん丸の形を保っていたが時間が経つにつれ平べったくなっていったかと思うと、あっという間に沈んでしまう。宵の明星が我先にと一番に輝きだし、謙虚な月は一番星の後に夜空を明るく照らしはじめる。

「すごい! 空から見る夕日、はじめてみた!」
 彩は前のめりで目を夜空の星のようにキラキラと輝かせながら空を見渡す。
「あはは。彩は海もはじめましてでしょ」と葉。

「そうだった! 海も広いね、大きいね」
 彩は色んなはじめましてと遭遇し、声もワントーン高くなっている。

「なんか、お子ちゃまみたいだし」とプイッとする絵。
「絵はお子ちゃまだし」とツッコミを入れるタルト。
 絵はタルトをジト目で見つめる。

「さっすが、金平糖! ミラクルなタイミングに到着したね」
 葉は金平糖の背中をポンポンと叩く。


「おうよ! 俺様は運も持っている男だぜ」と金平糖。
「運の使う場所が他人ってとこがお前さんらしいがな」とワンタン。

「あ? なんか言ったか?」
「いや、お前の運のおかげでこんな景色が見れて嬉しいっていっただけだ」

「おう、わかってるじゃねえか」
「当然よ」
 金平糖とワンタンは尻尾でハイタッチをする。


「彩。いつものさ、地に着いた場所からの景色もいいけどさ。こんな空からの景色も格別じゃない?」
「うん。フツウはこんなところから景色なんて見ることできないものね」

「僕ね、妖モノたちがみえないフツウの人が羨ましいって思うことがあったけど、こんな景色とかみられて、こんな楽しい奴らと一緒にいられるって知ってから、フツウじゃなくていいなって思えるようになったんだよね。どちらかというと僕らはトクベツなんじゃないかって思うこともあるくらいに。当然、フツウの人たちにはないみたくないモノもみえたり危ないことにも合うことはあるけど、その分みることができる世界が広いって思うと、これも悪くないかなって思うんだよね」と葉は、はにかんだ笑顔をみせる。

 そっか。葉くんは私のためにここに連れて来てくれたんだね。

「うん。私もずっとフツウと違うことが嫌だったけど、空の散歩も空から見た景色もみんなに会えたことも本当に嬉しいから、はじめてフツウと違うのがいいと思ったよ。葉くん、金平糖さん、ワンタンさん、絵くん、タルトさん、出会ってくれてありがとう」
 彩は優しく微笑み一粒の涙を流す。

「な、泣くなだし」
 絵はポケットからハンカチを出し、恥ずかしそうにそっぽを向きながら彩に手渡す。
「絵、紳士だね」と葉はニコニコしながら絵の頭を撫でる。

「ちょ、やめれし」と絵は葉の手首をギュッと握るが、葉は反対側の手でまた撫ではじめる。
「ありがとう、絵くん」と彩はニコッと笑う。
 絵は彩が微笑みかけてくれたことで嬉しくなり頬をピンク色に染め、恥ずかしそうに小さく頷く。

「そうだ、彩。もうちょっと時間、大丈夫かな?」
「多分、大丈夫だけど?」

「もう少し夜になるとちょっとだけ幻想的なものがみられるんだよ」
「え? なに? すっごく気になる!」

「ふふ。見てからのお楽しみ!」




 ワンタンが大きな犬の妖怪の姿になり、一同ワンタンの背中に移動する。
 金平糖はランタンの姿に変化し、タルトは引き続きモコモコの毛布になり葉たち三人をあたためている。

 しばらくすると、辺りが真っ暗になり夜空の星が宝石箱のようキラキラと輝く時間になる。

「コン、灯りを消してくれる?」
「おう」
 金平糖は変化を解き小さな狐の姿に戻る。
 灯りが消えると海が青く光りはじめる。

「わぁ、キレイ! 海の中にも星空が広がっているみたい」と彩の瞳は星空のように輝く。
「ね、すごいでしょ? これはね、夜光虫っていって、海洋性のプランクトンが青く光っているんだよ。空も海も星だらけ! って感じで幻想的でしょ?」
 彩と葉は海を覗き込み、落ちそうになる。金平糖が二人の服を掴み力いっぱい引っ張っているが二人は夢中になって海を眺めているのでそのことに気が付いていない。

「お、お前らな……」
 金平糖の目が棒のように一本線になって大量の汗をかいているのをみて、絵とタルトは口を押えながら腹を抱えて笑っている。

 葉と彩は全く気が付かず、二人の世界の中にいる。
「うんうん! 空から見るから夜空に見えるんだね!」
「そうそう! これはね、空から見なきゃみられない景色なんだ! 彩が海に行きたいって言った時にこれも見せなきゃって思ったんだよね」

「ありがとう! 本当にありがとう!」
 彩は空と海の星空に泣けないくらいの輝く笑顔を見せる。

 今日は本当にたくさんのステキな景色を見ることが出来た。ちょっとだけ、フツウだとみることが出来ない景色があることに優越感を覚えた。この時、自分が見ている世界の色がフツウと違う色でもいいなと思った。
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