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【第零部 そらいろ ~天色事変~】

止まない雨

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 それから五年が経ち――人間の世界で後に『天色事変てんしょくじへん』と言われる災害が起きていた。

 人間の世界は桜の木々が満開を迎える季節だが桜の木々には桜の花がほとんど咲いていない。蕾の状態ではなく桜の花びらが満開を迎える前に散ってしまったのだ。

 大雨が降り続き数ヶ月が経つ。
 各地で土砂崩れや洪水が起き、作物も育たず枯れ果て食べる物もなく、飢えが蔓延しつつある。
 通常、人間の住む世界で自然災害が起きたとしても妖モノたちが手を出すことはない。しかし、今回のように人間の世界が崩壊しそうな状態になってしまったからには妖たちは全力でこの世界を守らなければならないのだ。

 嘗て獣や魂のない怪物、異形のモノが多かった時代に――人間と妖モノは共に暮らしていた。お互いに持っていないモノを持つ同士、助け合って生きてきた。その時に交わした、お互いに何かあった時には助け合うという契約の元、妖モノたちが人間の世界に集結しはじめていた。

 ヨナは空を見上げ人差し指で空に向かって横に一本の線を描く。
 その線は雷のような閃光を放ち消えていく。しばらくすると雨はピタリと止む。指で雲の中心に円を描きパチンと指を鳴らす。すると円の中心から雲が引いていき、空は雲一つない晴天となるが数分後には大雨に戻ってしまう。

 天候を操れる大天狗でさえ、この雨を止ませることが出来ない。

 ヨナは大天狗の中でも天候を操らせたら右に出る者がいないといわれるほどの能力の持ち主。そのヨナでさえこの状況を打破することが出来ないのだ。

ヤツ・・はどこにいるんだ」
 ヨナは空から地上を見渡して何かを探している。ヨナの隣でハノイは祈るように目を閉じ両手をギュッと握り、羽衣を大きく広げ虹色に輝くオーラを纏いはじめる。その纏ったオーラを波のようにユラユラと空一面に流していく。

「……やはり見つからない」
 この力はハノイとタミだけが使うことが出来る“想いの力”というもの。“想いの力”は全ての生き物が持つ魂色こんしょくに言霊のように直接的に言葉や想いを伝えたり、想った相手を感じるという能力。この力は精神的に大きなダメージを負い、更に妖力を大量に消費するため限られた者しか使うことが出来ない。その力を使ってもヤツという妖モノを見つけ出すことが出来ない。

ヤツ・・の魂色がみつけられない。だから想いの力が何の役にも立たないわ」
 魂色とは魂とは別の個々が持つ色がついた心の魂のことである。生きている者であれば誰もが持っている。

「このまま雨が降り続けばこの世界が……」
「どうやれば探し出せるかしら……ゴホゴホ」
 ハノイは息が荒くなっていき、一瞬意識を失いそのままバランスを崩してしまう。ヨナはそんなハノイをそっと抱きかかえる。ハノイはヤツを探すため“想いの力”を何度も使い、妖力を使い果たしてしまったのだ。

ヤツ・・の居場所を示せ!」と声が聞こえた瞬間、犬の妖モノたちが四方に飛んでいく。そして雲の上から大きな妖狐に乗った人間がやってくる。
「言音様」とヨナはかしこまり深くお辞儀をする。

 言音は人間で“言の音”という、放った言葉と特殊な音の波で言霊のように実現化させるという能力を持つ。人間の中でも妖モノより優れた神通力を持つ人物で、妖モノたちから敬われているというより崇められているのだ。

 言音の年齢は三十代。尼削で木々のような緑色の瞳と髪色をしている。生まれた時は黄金色の髪、青空のような瞳をしていたのだが力の使い過ぎで今の色に変わってしまったのだ。視力も失いつつある。そのため妖モノと一緒に行動している。

 言音は「まったく、君は相変わらずだな。私たちは何年も同じ時を過ごし、同じ釜の飯を食った仲でヨナいか。私は君を友人だと思っているのだがな」と首を傾げ微笑む。言音とヨナは同じ師匠の元で修業した仲で親友同士である。しかしヨナにとっては兄弟子で尊敬する相手でもあるため自然と腰が低くなってしまうのだ。

「恐縮至極でございます」と深々とお辞儀をするヨナ。

「また、そんなことを」と言音が言うと言音の後ろに隠れていた子狐が「言音、お前は三大天上人なんだぞ。そろそろ自分の立場を弁えろ」と溜め息交じりで気怠そうに喋る。

 言音は三大天上人さんだいてんじょうじんという特別な人間の一人である。妖モノ以上の能力と神通力を持ち、人間の世界と他世界のものたちの調和をもたらすために存在する者たちである。

 言音が放った犬たちが戻り、精神感応テレパシーで“ヤツの居場所は見つけられないが手がかりは掴めた”と犬たちが状況を説明する。言音も精神感応で「そうか。わかった。引き続き、手がかりを探してくれ」と返す。
 犬たちは軽く頭を下げ、再び四方に飛んでいく。

 ハノイは朦朧としながらも意識を取り戻し、弱々しい面持ちで言音に「どう……でしたか」と尋ねる。言音は少し目を逸らし、眉を八の字にして作り笑いを見せる。
「言音様のお力でも見つけられないらしい」

「そうか。ヨナは彼らの言葉がわかるんだったな。ハノイ、手がかりはゼロではない。少し時間がかかるだけだ」
「言音様。なんのお役にも立てず申し訳ありません……」とハノイの声が小さくなっていったかと思うとそのまま意識を失ってしまう。

「ずっと力を使い続けていたんだな」
「はい」

「ハノイは私のところで預かろう」
「リンがいるんでしたね」

 リンは生と死を齎す特別な種族。
 彼女の紫色の目が他の者の傷を治癒することが出来るのだ。

「リンが治せるのは見える傷だけだ。心や妖力までは回復できんが、ハノイには何かあった時に手を借りなくてヨナらないかもしれん。だから、こちらで休ませよう」
「はい。お願いします」

「そういえば、娘はどうしている? 元気か?」
「タミなら、あの森で空を飛ぶ練習をしております」

「そうか。誰か付いていないと危ないだろう。早く行ってやれ」
「はい」
 ヨナは会釈をし、タミの元へ向かう。
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