人を咥えて竜が舞う

よん

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第1章

角笛を聞く少年 2

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 ベージュのバックパックを背に、ヒエンはイニア港を離れて石畳が続くニーリフの街道をひたすら北進していた。
 左手には沈みゆく大きな夕陽が、この慌ただしい一日の終わりを壮大に告げている。
 とは言え、泊まる場所を確保できてないヒエンはここで歩を止めるわけにはいかなかった。
 幸い、街道には軒並みに宿屋の看板が下がっている。
 少しでも先へ進みたいヒエンは、このまま日没まで歩き続けるつもりである。

「それにしてもナンギやなぁ。ダブルで歩きにくいわ」

 ヒエンは顔をしかめつつ愚痴をこぼした。
 舗装された道路など、ナニワームにはそう多くない。
 大公が居を構える城内周辺には幾分かそれが見えるものの、未開な南ナニワーム島は辺鄙な海村が大半を占めていた。
 ヒエンが寄った例の靴屋は主に島外者相手に商っており、亭主自身ナニワーム訛りは控えているほどだ。

 靴にも舗装路にも不慣れなヒエンにとって、もはやここが限界だった。
 メインストリートを逸れると、そこは一面オレンジ色に染まった麦畑。
 早くも望郷の念に駆られたヒエンは叫び出したい気持ちを何とか堪え、真新しいショートブーツを脱ごうとした矢先だった。
 遥か右手から奇妙な集団が視界に入ってきた。
 二十人くらいだろうか。
 金髪のミディアムヘアの少年を先頭に、人々は歩調を乱さず黙々と歩いている。
 ヒエンが呆然とその一行を見守っていると、先頭の少年が自分を手招きしているのがわかった。
 もう片方の手は何かを持っている。
 弓……狩人だろうか。その表情は極めて深刻だった。
 一方、その少年に続く人々も神妙な顔つきでヒエンを見つめている。
 こっちに来た方がいいよ、という風に。

「何やねんな? カンジ悪いわ」

 ヒエンはまた顔をしかめる。
 無視を決め込んだヒエンは地べたに座り、邪魔なショートブーツを脱ごうとした。
 すると少年は一行に指示を出し、自分だけヒエンの方へと向かってきた。
 少年以外の集団は道を左に折れてそのまま進んでいく。
 ヒエンはその先を目で追うと、一人の兵が何かの番をするように突っ立っていた。
 石が幾つも積まれた入口に大きな穴が見える。

待避壕たいひごう……」

 見覚えがある。
 それは故郷でも頻繁に見かけるものだ。
 壕守兵ごうしゅへいと呼ばれるそこの番人は、立ちながら居眠りしていたのだろうか、集団が近づいて来たことに漸く気づいたようだ。
 集団の一人がこちらに向かって来る少年を指さしている。
 すると、壕守兵は慌てて首にぶら下げていた角笛を吹き出した。
 ものすごい大音量だ。
 それを皮切りに、さっきまでヒエンが歩いていたメインストリートの民衆は急にどよめき出した。

「さあ、僕達も行こう」

 その声に驚く。
 いつの間にか少年はすぐ近くまで来ており、ヒエンの手を握ろうとした。
 ヒエンはその手をピシャリと振り払う。

「ウチはガキやない。一人で歩けるわ」

 少年は少し悲しげな表情をしたものの、それでも先に行こうとはしなかった。
 それにかまわず、ヒエンは忌々しげに舌打ちする。

「ついてへんな! シバルウーニ大陸着いて早々に竜のお出ましやなんて!」

 その背後で少年は声を掛ける。

「走らなくても間に合うよ。竜はまだイニア港のずっと向こうだから」
「イニア港?」
「その喋り方だとキミはナニワーム公国から来たんだよね? だったら、イニア港に立つ赤くて大きな灯台を見たでしょ?」
「それがどないしてん?」
「その灯台がイニア公国最果ての見張り台なんだ。そこの見張り兵が角笛で最初に竜の飛来を知らせる。そこを起点としてここまで順番に六回角笛がなれば、ここら辺の人は建物の中か近くの待避壕へ避難する。……あ、今二番目の角笛が聞こえた」
「は?」

 ヒエンは立ち止まって耳を澄ませてみる。
 だが、やはり民衆の悲鳴くらいで角笛なんてまるで聞こえない。
 角笛を耳にしたのは、そこにいる壕守兵が吹いたさっきの一度きりだ。

「他の人には聞こえない」

 少年は静かにもらす。

「そやけど、オマエには聞こえるんやな?」
「気持ち悪いでしょ?」

 俯いた少年は自虐的に笑い、今度こそヒエンを置き去りに先へと進んでいく。
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