人を咥えて竜が舞う

よん

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第6章

チルの会議 12

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 噴煙が立ち昇る山の頂付近に、精霊が手掛けた黄金の玉座がある。
 火山灰に埋もれることなく、長きに渡って輝きを放ち続ける"不易の玉座"。
 そこに腰掛けるクイーンが大空を見上げてゆっくり立ち上がる。

「ギャラリザ様のお帰りだ……」
 
 褐色の肌を持つ黒いロングヘアの女は、その裸体とは対照的に純白のシンプルなドレスをまとっている。
 彼女は数え切れないくらい、ここで主が人を咥えて帰って来るのを出迎えてきた。
 しかし、今度ばかりは少し事情が違うようだ。
 まず、主は口先を封じられている。
 その口先を封じた者が主の口の中で自殺を図っている。
 そして、主はすこぶる機嫌が悪い。
 口の中が舌を噛んだ人間の血で穢されているからだ。

「ふぅ……」

 クイーンは疲れ果てていた。
 もはや、自分の名前が何だったのかも思い出せないくらい、幾星霜の時を越えて主に尽くしてきた。
 自我を殺し、孤独と罪悪感に押し潰されながら、来る日も来る日も主が連れてくる人間を人食いの小竜に変え、気の遠くなるほどの歳月を過ごしてきたのだ。
 ただし、昨日、主が連れてきたダストという少年だけには計画通り息を吹きかけなかった。
 人間代表の使者としてこの島にやって来た少年と話した時、クイーンは芝居だとわかっていても久々に自分らしさを取り戻せたことに幸せを感じていた。
 自分はやはり人間なのだと実感したが、その人間である自分が竜の操り人形として多くの小竜を人間社会に送り込んでいる。

(私が人間であると自覚しているならば、そろそろ人間にふさわしい幕引きをしなくてはならない。それが今だ。……主は私に助けを求めている。何者かによって口先を縛られている。ダストの身代わりとなったその者が命懸けで主の口先を封じたのならば、私はそれを解くはずがない。解いてしまえば、主はまた新たに人間を咥えて私にこう命令するだろう。『それ、この哀れな生き物を儂に忠実な兵に変えてみせよ。儂と貴様の子として、再びこの世に誕生させてやるのだ』と……)

 この火山島に来て以来、クイーンはずっと硫黄の嫌な臭いを嗅ぎ続けてきた。
 甘い花の芳香がただただ恋しい。
 それがどんな匂いだったかも忘れてしまったが……。

(花の命は儚い。故に花は美しい。私はギャラリザ様の妻でもなく、まして操り人形でもない。今更ながら虫のいい話だが、私は人間側につく。人間もまた、花のように儚く散るべきなのだ。生き続けて放たれる腐臭、硫黄に似た嫌な臭い……今の私は花に程遠い。――ミチルよ、今までよく私に仕えてくれたな。そなたは人間らしく、美しい花として朽ちていけ……)

 クイーンは帰還する竜に背を向けて、噴煙元の火口へと足を運ぶ。
 溶岩湖へと身投げする直前、彼女が最後に思い浮かんだのは昨日会ったダストの生き生きとした希望に満ちた表情だった。

「ああ、ダスト……。これでそなたは嘘つきではなくなるのだな。そなたと友達のまま死ねることを私はとても誇りに思う。……私に会いに来てくれてありがとう」



                 *



 飛行中にクイーンの死を知った竜――ギャラリザは心の中で嘲笑した。

(馬鹿めが! 自ら逝ったか。だが、それも想定内だ。貴様の代わりなど幾らでもおるわ。たとえばこの小生意気な娘だ。コイツは確かに憎たらしい存在で儂を何度も翻弄した無礼者だが、あの繊細すぎる弱々しい女に比べたらよっぽど儂の伴侶に相応しい。空位となったクイーンの座にこの女が就けば、これまで以上に強いブレスを吐いて戦闘力の高い小竜を産むだろう。……不覚にも儂はこの女の血で穢れてしまったが、それも新しいクイーンの血だと思えばこれ以上の美酒はない。……グフフフ! となれば、酒の次は肉を所望しよう)

 まもなく、ギャラリザが火山島へと着地する。
 目の前には黄金に輝く無人の"不易の玉座"がある。
 一刻も早くそこへ瀕死のヒエンを座らせ、早急に永遠の命を与えてやらなければならない。
 ギャラリザは渾身の力で口を開こうと試みるが、ほんの僅かばかり動いたものの咥えたヒエンが落ちる様子は全くない。
 ならばと、ギャラリザは己の舌先を使って、口先に引っ掛かっているヒエンを強引に口の外へと押し出した。
 弾き出されたヒエン、道着の中の皮膚が竜の鋭利な前歯に抉られて大量に出血している。
 ギャラリザは血と肉を味わうように舌で吸い取ると、稼働域を制限されている口先でピクリとも動かないヒエンを器用に咥えた。
 邪魔なカタリウムの紐もあと少しの辛抱だ。
 ヒエンがクイーンになればこの紐を解かせればいい。

(この娘が素直に応じるはずもない。だが、時間はある。絶海の孤島に隔離され、次第に精神が破壊されていくのは目に見えている。身投げしたあのクイーンのように、じきに小生意気な娘もこの儂に懐柔されてしまうのだ!)

 ギャラリザが"不易の玉座"に向けて一歩踏み出した時だった。

(……ん?)

 目の前に動く複数の影。

「……小竜か」

 島に残るシーリザード達がヒエンの血を嗅ぎつけて火口まで登って来ていた。

「コイツは貴様らの餌ではない。貴様らの継母となる女だ。麓へ戻るがよい」

 しかし、シーリザード達はギャラリザの咥えるヒエンに執着してその場を動こうとしない。

「えぇい、頭の悪い奴らだ! いつまでこんな所でグズグズしておる! 腹が減ったのならば、早く海を渡りそこで暮らす人間共を食いつくせ!」

 ところが、シーリザード達は命令に従うどころか竜の体にしがみつき、両手の水掻きを吸盤のように使ってジワジワ這い上がりだした。

「こ、この無礼者めッ! 儂を誰だと思っておる!」

 激昂したギャラリザが咆哮した弾みで、口先のヒエンが地面に真っ逆さまに落ちていく。

(し、しまったッ!)

 不覚を取ったギャラリザに更なる不幸が襲う。

(――ッ! な、何事だあああああぁッ?)

 突然、その口先を拘束するカタリウムの紐が収縮し始めて、ギャラリザは完全に口の動きを封じられてしまった。

 これは死の宣告に等しい。
 人間は愚かな生き物である。
 その愚か者の集まりの中で、ヒエンの愚かさは群を抜いていた。



 カタリウムは人を選ぶ。

 そして、ヒエンは選ばれたのだ。



 ギャラリザが狂ったように暴れまくる。
 振り落としたシーリザードを踏みつけて、ギャラリザは勢いよく火山島を飛び去った。

(あああああああああああああああああ、儂は穢れたッ! 穢されてしまったッ! 儂の体内におぞましき人間の血と肉が……儂は……儂は……一族から追放されてしまうッ! 単身、地底から這い出て来るべき竜族の復権の前準備をした儂は……人間を使って人間を滅ぼそうとしたこの儂は……結果として人間を滅ぼすことなく、卑しき人間の血と肉に穢されただけで惨めに飢え死にしてしまうのだッ! いいや、思い出せ! 追放も死も最初から覚悟の上での行動だったはずだ。今こそ甘い考えを捨て去る時! それが竜族の復権と精霊がこの世界に戻る礎となるならば、儂は喜んでそれを受け入れようぞ! だが、儂はよりによって人間に負けてしまったのだ! 毒にも薬にもならんカタリウム如きに足を引っ張られて、儂は苦しみもがきながら飢え死にしてしまうのだッ! うおおおぉ、何と哀れな最期だ! クソッ! このままあきらめてたまるかッ! この紐を解く者がこの広い世界のどこかにいるはずだ! この翼が動く限り、儂は決して望みを捨てんぞッ! 儂の口を封ずる忌々しきカタリウムの紐が解けたら……もう小竜などに頼らん! 今度は儂自らの口で人間共を食ってやる! どうせ穢された身だわい! 一滴の血も一片の肉も残さず……儂が残さず全人類を食い滅ぼしてやるわッ!)
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