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天界(上)
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天界には下界のものを何でも映す泉があります。
その泉に映る一人の子供と一台の青い三輪車を何気なしに見ていた神様、ひょいとあることを閃きました。
「ゾゾ! ゾゾはおらんか?」
しばらく経ち、そろそろ神様がしびれを切らしそうな時になってようやく「はぁい、ただいま」と気のない返事が届きます。
やがて、長い金色の巻き髪をぼりぼり掻きながら、純白の衣をまとった美しい女性が神殿の庭へ現れました。
よだれのあともそのままに、眠そうに目をこするだらしない彼女ですが、これでも神様におつかえする天使なのです。
「何か御用で?」
神様はもはや呆れることもなく、こう告げるのです。
「ゾゾよ。おまえに”天使”という身分が重すぎると感じているのはワシだけではない。おまえの同僚達からも、不満の声が次々に上がっておることは承知しておろうな?」
「はぁ」
「ワシは幾度も忠告した筈だ。『このままだと人間に転生させる』とな。おまえは人間になりたいのか?」
「イヤです。人間は困ります」
「何故そう思う?」
「人間はすぐに死んでしまいますし、恋をしたり哀しんだり何かと落ち着きません。それに働かなくてはいけないからです」
「人間だけではない。何を隠そう、おまえ以外の天使も懸命に働いているのだ」
「隠さずとも知ってますが?」
「今のは皮肉なのだが、うまく通じなかったようだな。ともかく、遊び呆けておるのは、ゾゾ――おまえだけだぞ」
「私は遊んでなどいません」
「ほう」
「神様は私を誤解してらっしゃいます」
「果たしてそうかな?」
「ますます心外でございますね。遊ぶととても疲れるので、柔らかい雲のベッドでグッスリ気持ちよく瞑想しているだけでございますよ」
ゾゾのこの返答に、神様は頭を振って嘆きます。
「おまえはどれだけこのワシを呆れさせれば気が済むのだ? もうよい。試練を与える。怠け者のおまえにはこれが最後のチャンスと心得よ」
「それができないと、私はどうなります?」
「決まっている。おまえから天使職を解くのだ」
「お願いがあります」
「何だ? まだ試練の内容を明かしておらんが」
「試練ではなく、その後のことです」
「む?」
「私を人間ではなく、飼育されているパンダとか、天敵のいないシャチに転生させてください」
神様は一瞬、言葉を失ってしまいました。
「……ゾゾよ、ワシを呆れさせることに関してはまこと底なしだな」
「恐れ入ります」
「褒めてなどおらん! おまえにはワシの試練をクリアし天使として天界へとどまろうという気概がないのか?」
「全ては試練次第です。努力はしますが、無駄なあがきはしない主義なので」
神様は思いました。
いっそ、この自堕落極まりない女を無条件で天界から追放してしまおうと……。
けれど「神である自分が衝動的になってはいけない」と独りごち、すんでのところで思いとどまって予定通り試練を伝えることに決めました。
「見よ。そこの泉に映っている子供――名をマサオというのだが、3歳の誕生日に父親から三輪車をプレゼントされたのだ」
ゾゾはまだ眠そうな目でその姿を見ます。
マサオという名の子供は、たいそう嬉しそうに父親の足に抱きついていました。
「微笑ましい親子の様子ですが、これがどうかしましたか?」
「うむ。実はさきほどこのマサオ、喜びの中でこんなことを言いおってな。『ありがとう、パパ。ぼく、一生この三輪車を大事にするよ』とな。”一生”とは大きく出たものよ。ワシにはそれが聞き捨てならんかったのだ」
「そんなの言葉のあやに決まってるじゃないですか。たわいない子供の発言にいちいち目くじらを立ててたらキリがありませんよ?」
「わかっておる。だが、今回ばかりは事情が違う」
神様が目の前の天使を指さします。
「おまえのせいだ」
「私?」
と、瞳をパチクリ。
ゾゾはこの時になってやっと目が覚めたようです。
「さよう。ワシは今回の試練として、無理にマサオの何気ない発言の揚げ足を取ろうとしておる。即ち、本当に彼が三輪車を一生大事にするかということだ。それをゾゾ、おまえに見届けてもらおうというのだ。……わかるか、この意味が?」
「おぼろげに……。マサオくんが三輪車をどうするとかではなく、彼に物を大切にすることを教え諭すのが私の役目であり、それこそが神様の仰る試練なのでしょうか?」
「その通りだ。これには定まった正解がない。おまえの天使として相応しい振る舞いをこのワシが感じ取ることができた暁には、その報いとして人間への転生はナシにしてやる。だが、そうでなければ……わかるな?」
「わかりました」
「ならば、すぐさま行動に移すがよい」
「その前に」
「何だ?」
「もしパンダとシャチがダメなら、パラオ諸島の塩湖に棲むタコクラゲでもいいで…………もしかして怒ってます? わかりましたわかりました! 天使でいられるようベストを尽くしますから、どうかそのつり上がった眉と杖をお下げくださいまし! あ、コレお借りしますね!」
ゾゾは慌ててその金ぴかの水瓶で泉の水を掬うと、一目散に自分の家へと戻って行くのでした。
その泉に映る一人の子供と一台の青い三輪車を何気なしに見ていた神様、ひょいとあることを閃きました。
「ゾゾ! ゾゾはおらんか?」
しばらく経ち、そろそろ神様がしびれを切らしそうな時になってようやく「はぁい、ただいま」と気のない返事が届きます。
やがて、長い金色の巻き髪をぼりぼり掻きながら、純白の衣をまとった美しい女性が神殿の庭へ現れました。
よだれのあともそのままに、眠そうに目をこするだらしない彼女ですが、これでも神様におつかえする天使なのです。
「何か御用で?」
神様はもはや呆れることもなく、こう告げるのです。
「ゾゾよ。おまえに”天使”という身分が重すぎると感じているのはワシだけではない。おまえの同僚達からも、不満の声が次々に上がっておることは承知しておろうな?」
「はぁ」
「ワシは幾度も忠告した筈だ。『このままだと人間に転生させる』とな。おまえは人間になりたいのか?」
「イヤです。人間は困ります」
「何故そう思う?」
「人間はすぐに死んでしまいますし、恋をしたり哀しんだり何かと落ち着きません。それに働かなくてはいけないからです」
「人間だけではない。何を隠そう、おまえ以外の天使も懸命に働いているのだ」
「隠さずとも知ってますが?」
「今のは皮肉なのだが、うまく通じなかったようだな。ともかく、遊び呆けておるのは、ゾゾ――おまえだけだぞ」
「私は遊んでなどいません」
「ほう」
「神様は私を誤解してらっしゃいます」
「果たしてそうかな?」
「ますます心外でございますね。遊ぶととても疲れるので、柔らかい雲のベッドでグッスリ気持ちよく瞑想しているだけでございますよ」
ゾゾのこの返答に、神様は頭を振って嘆きます。
「おまえはどれだけこのワシを呆れさせれば気が済むのだ? もうよい。試練を与える。怠け者のおまえにはこれが最後のチャンスと心得よ」
「それができないと、私はどうなります?」
「決まっている。おまえから天使職を解くのだ」
「お願いがあります」
「何だ? まだ試練の内容を明かしておらんが」
「試練ではなく、その後のことです」
「む?」
「私を人間ではなく、飼育されているパンダとか、天敵のいないシャチに転生させてください」
神様は一瞬、言葉を失ってしまいました。
「……ゾゾよ、ワシを呆れさせることに関してはまこと底なしだな」
「恐れ入ります」
「褒めてなどおらん! おまえにはワシの試練をクリアし天使として天界へとどまろうという気概がないのか?」
「全ては試練次第です。努力はしますが、無駄なあがきはしない主義なので」
神様は思いました。
いっそ、この自堕落極まりない女を無条件で天界から追放してしまおうと……。
けれど「神である自分が衝動的になってはいけない」と独りごち、すんでのところで思いとどまって予定通り試練を伝えることに決めました。
「見よ。そこの泉に映っている子供――名をマサオというのだが、3歳の誕生日に父親から三輪車をプレゼントされたのだ」
ゾゾはまだ眠そうな目でその姿を見ます。
マサオという名の子供は、たいそう嬉しそうに父親の足に抱きついていました。
「微笑ましい親子の様子ですが、これがどうかしましたか?」
「うむ。実はさきほどこのマサオ、喜びの中でこんなことを言いおってな。『ありがとう、パパ。ぼく、一生この三輪車を大事にするよ』とな。”一生”とは大きく出たものよ。ワシにはそれが聞き捨てならんかったのだ」
「そんなの言葉のあやに決まってるじゃないですか。たわいない子供の発言にいちいち目くじらを立ててたらキリがありませんよ?」
「わかっておる。だが、今回ばかりは事情が違う」
神様が目の前の天使を指さします。
「おまえのせいだ」
「私?」
と、瞳をパチクリ。
ゾゾはこの時になってやっと目が覚めたようです。
「さよう。ワシは今回の試練として、無理にマサオの何気ない発言の揚げ足を取ろうとしておる。即ち、本当に彼が三輪車を一生大事にするかということだ。それをゾゾ、おまえに見届けてもらおうというのだ。……わかるか、この意味が?」
「おぼろげに……。マサオくんが三輪車をどうするとかではなく、彼に物を大切にすることを教え諭すのが私の役目であり、それこそが神様の仰る試練なのでしょうか?」
「その通りだ。これには定まった正解がない。おまえの天使として相応しい振る舞いをこのワシが感じ取ることができた暁には、その報いとして人間への転生はナシにしてやる。だが、そうでなければ……わかるな?」
「わかりました」
「ならば、すぐさま行動に移すがよい」
「その前に」
「何だ?」
「もしパンダとシャチがダメなら、パラオ諸島の塩湖に棲むタコクラゲでもいいで…………もしかして怒ってます? わかりましたわかりました! 天使でいられるようベストを尽くしますから、どうかそのつり上がった眉と杖をお下げくださいまし! あ、コレお借りしますね!」
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