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そして私は Nov. 1, 2014

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 朝が来た。
 とうとう一睡もできないまま、私は人生初デートの日を迎える。
 
 最初は服装であれこれ悩んでいた。
 ミユキ先生は単に「箱根」って言ってたけれど、情報が漠然過ぎてて箱根のどこへ行くのかも聞いてない。小田原の隣にせよ、場所によってはそれなりの対策が必要だし。
 そもそも、デートって何させるんだろ?
 ベタなところだと芦ノ湖のスワンボートとか二人でペダルを漕ぎ漕ぎ……うぎゃっ、想像したらまた顔が熱くなってきた!
 そうなんだ。
 私はまだ見ぬ鈴木くんのことを考えてしてる……だからやたらと赤面してしまう。
 とにかく情報が欲しい。箱根なんかよりも鈴木くん情報が。
 結果的にミユキ先生から奪ってしまった二年前に書かれた入部届――そこに書かれてある"1年2組"が唯一の情報源。
 放送部にも一人いた。かつて1年2組の人間が。
 だからその子に訊けば何かわかるかもしれない……けど!

 どうやって訊けばいいの?

 不自然過ぎるよね。入学以来、男子に縁のなかった非リアの私がいきなり鈴木くんのこと質問するのって。
 うまい具合に話の流れに沿って訊けたらいいんだけど、どんな知恵を絞っても私と鈴木くんとの接点なんて見つけられない。鈴木くんに限らず他の男子でもそうなんだけどさ。

 というわけで、早々と断念。
 ぶっつけ本番で挑むしかない。

 次に悩んだのは私自身じゃなくて、鈴木くんのこと。

 ググッてみた。吃音病(ついでに、プロゲステロンも)。
 そして、私なりに考えた。どうしたら、鈴木くんの悩みが解消されるかって……。
 私なんかに憧れてくれた彼の為にも、恋とか関係なく純粋に何とかしてあげたくなったんだ。
 でも、部外者がたった一晩頭を絞ったところで名案が浮かぶ筈もないわけで。
 その結果、徹夜明けで得たものは、目の下のお揃いベアー……ひどいクマが仲良く二つ、それもかなりクッキリと。

 それを隠すべく普段なら外では絶対に掛けることのない眼鏡姿のまま、朝食もとらずに私は項垂れつつ小田原駅を目指す。誰もこんな私を初デートに向かう女だと気づくまい。
 服装はこれまたオシャレとは程遠い、ジーンズに軽いアウター、それにチェック柄のストールポンチョを羽織った無難な格好に落ち着いた。スカートはスワンボートを想定してやめておいた。
 
 あー、今更ながら憂鬱。足取りが重いながらも着実に待ち合わせ場所へと近づいている。
 途中、開店準備中のケーキ屋さんを通過する。例の肉球マカロンのお店だ。
 そこで、漸く私はミユキ先生の旦那さんの存在を思い出した。
 そういや、今日来るんだった。お礼言わなきゃ……半分も食べてないけど。


 小田原駅のロータリーに停車する黒の四人乗りSUV車、その側に白いロングコート姿のミユキ先生が私を待っていてくれた。凄いエレガントなのは認めるけれど、学校の時と色味があんまり変わらない。
 私がそこへ近づく前に、ミユキ先生の方からこっちへ向かって歩いて来た。
 間近で見るとやっぱり美人だわ。元々イケてない上に、更に眼鏡ブスへと転落した自分がほとほと哀れに思えてくる。

「おはよう」
「おはようございます」
「正直、来てくれてホッとしている」

 私は無言で頷いた。だって、何て返していいのかわからなかったから。

「ところで……何だ、その眼鏡は? 鈴木が眼鏡萌え属性という情報でも入手したか?」
「違いますよ。一睡もできなくて目の下にクマができちゃったんで。おまけに朝食も抜きです」
「よほど発情したんだな」
「せめて"興奮"って表現してもらえます?」
「鈴木も発情してなかなか眠れなかったそうだ」

 ということは、既に鈴木くんは車の中か。
 発情? それってムラムラってこと……ふ、不潔ッ!

「男子に何の免疫もない私に、いきなり警戒心を煽る発言はやめてください」
「そういう積もりじゃなかったんだが。一応、直接会わせる前に私がこうして望月の様子を窺いに来た。……どうだ? 不安か?」
「そりゃ不安だらけですよ。だって、名前と吃音病ってこと以外、何の予備知識もないんですからね」

 ふむ、と顎に手を当てたミユキ先生は納得のご様子。

「では、出発前にここで質問タイムを設けよう」
「遅いですって! どうして昨日、保健室でそれをやってくれなかったんです?」
「すまんな。昨日は気分が優れず、ついつい雑な対応となってしまった。旦那とあの店には悪いが、おまえが残した物も含めて肉球マカロンはゴミ箱行きだ。とてもじゃないが、食える気がしなかった」
「なるほど。それもこれも全てプロゲステロンのせいですね。……で、さすがにもう旦那さんには報告しましたよね? 

 するとミユキ先生、白々しく私からそっと目を逸らす。

「えぇッ、まだなんですか? 信じられない!」
「……言うタイミングがわからん」
「何ですか! 人に偉そうにしといてその逃げ腰は?」
「余計な心配など無用。それより、いいのか? 今日の主役はおまえ達なんだ。質問タイム終了まで残り一分をきったぞ」

 ぐぐぐッ! 何よ、行き当たりばったりなそのルールは?
 大人って本当ズルイ!

「……え、えーっと、じゃあ、鈴木くん、今日はどんな格好してるんですか? 私の今の服装と合ってます?」

 何だ、そんなことかと言わんばかりに、ミユキ先生は車に向かって大きく手を上げた。
 どうやら事前に打ち合わせしていたらしい。その合図から程なくして、車内から二人の人物が現れた。
 ここから十メートルは離れているだろうか。
 言うまでもなく運転席から出て来たのはミユキ先生の旦那さん、そして後部座席からは……


 はい……?


 何アレ? 私が思い描いていた"鈴木くん"のイメージと全然かけ離れてる……。

 遠くて顔まではわかんないけど、

 頭は派手そうなワッチキャップ……なのはまだいいとして、黒のスカジャン!!!
 それにジーンズにまで刺繍が入ってるし!

 え?
 えぇッ?

 まさかまさかのオラオラ系?
 二度見三度見してみたものの、あそこに立ってるのって完全なる地元のヤンキーじゃん!
 何となく苛められてる人を想像してたのに、あれはどう見ても苛めてる側だよね?

 私に憧れてた?
 あの人が?

 冗談じゃない!


「ミユキ先生……?」
「皆まで言うな。だが、残念ながらアレがヤツの所持する私服の中で一番地味らしい」
「だったら、学校の制服で来ればいいんです! 考えてもみてくださいよ! あんな凶暴そうな人をフッた私はその後どうなるんです? 髪の毛引っ張られたまんま、そこら辺を引き摺り回されたりするんでしょ?」
「誤解するな……と言っても無理か。だが、鈴木にそんな残虐性は微塵もない。アレはヤツなりの武装……いわばハッタリだ」
「ハッタリ……?」

 ミユキ先生は静かに頷いた。

「例えるならば"臆病なハリネズミ"とでも言っておこうか。何も好き好んでああいう格好をしているわけじゃない」
「つまり、その武装って『俺に近づくな、話しかけるな』って意味ですか?」
「その通り。鈴木は全身を針で覆い、無言で相手を威嚇している。だが、今のままヤツを放置するとこの先もっとエスカレートしていくだろう。見た目だけでなく、その心までもな。私はそれに大きな懸念を抱いている」

 だから、私の出番なの?
 重いな。うまくやれる自信がない。

「それとな、驚く前に言っておくが」
「やめてくださいよ。その前置き、怖い……」

 既に十分驚いている私は耳を塞ぎたくなる心境だ。

「鈴木は両眉を剃っているが、気にせんように」

 ――ッ! マジデスカ!

 鈴木くんの完全武装、なかなか堂に入っている。臆病なハリネズミ……かなり手強そうだ。


 今更だけど、帰っていいですか?


 その言葉が喉元まで出ている。
 よくよく考えたら、鈴木くんをフッちゃうのにデートまでする意味なんてない。
 この場で「ごめんなさい」すればそれで万事解決でしょ。

 と、その時だ。
 私の心中を察したのか、ミユキ先生は私の肩に手を回し「では、行こうか」と犯人を連行する女刑事の如く強引に前へと進ませる。
 旦那さんは大きく手を振り、そして鈴木くんは……何と、私に向かって大きく頭をさげてるし!


 今更だけど、帰っていいですか?


 ……なんて、言えるわけないじゃないッ!

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