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そして私は Nov. 1, 2014

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 車に乗る前、ミユキ先生の旦那さんが私に挨拶してきた。
 かなりの巨体。そして……言っちゃ悪いけど"醜男しこお"という表現がピッタリな人だ。年齢ももしかして結構いっちゃってる?
 勿論、人間は顔や歳で評価すべきじゃない。だけども、これだけは断言できる。
 美女と野獣……ミユキ先生とは全然お似合いじゃない!

「望月さんだよね? の亭主やってる加地です」

 いきなり弓を射るポーズをしたかと思うと、

弓矢ゆみやと書いて"きゅうや"と読むんだ」
「はあ……」
「今日は安全運転に努めるからさ、二人は安心してデートを楽しんでよ」

 ここで親指突き立てて、まさかのウインク! 何、この独特なノリ?
 ダサッ! キモッ!……なんて口が裂けても言えやしない。

「あ、あの……ミユキ先生には大変お世話になってます。今日はよろしくお願いします。あ、それと昨日、マカロン頂きました。ありがとうございます」
「いいっていいって。あのマカロン、道成も大好きなんだ。今度、二人で店に行って来るといいよ」

 大きなお世話。なんてないんですけど。
 ん? 旦那さん、"道成"って呼んだよね。鈴木くんと随分親しそう。
 でも、そうかもね。
 何たってミユキ先生は昨日初めて喋った私と旦那さんを会わせるくらいだもん。一年生の頃からサポートし続けてる鈴木くんなら、何度も旦那さんと会ってる筈。

 さて、その肝心の鈴木くんを横目でチラと観察……おお、本当に両眉ないし!
 眉はともかく、顔の造作はかなりイケてると思う。これって弓矢さん効果かもしれない。
 だけどさ……。
 パープルのワッチキャップはド派手な金ラメ入り、風神雷神の刺繍が施されたスカジャンにジーンズにも刀を抜いた娘さんの刺繍……これって私にまで『俺に近づくな、話しかけるな』のオーラ出してるんだけど。「そこはあえてなの?」と問いたい。

 鈴木くんはもう一度、私に深々と頭を下げてきた。
 どうしよう……。
 私も緊張と恥ずかしさいっぱいで喋れなくなってるので、ペコリとお辞儀だけ返した。
 少し素っ気ないかな。でも、これからフッちゃうんだし、好感を持たれても逆に困る。

「おまえらはコメツキバッタか。頭ばかり下げとらんとさっさと乗れ。グズグズしてると1号線が混む。ナビ役の私は助手席、おまえらは後ろな」

 まあ、当然と言えば当然の配置だろう。
 鈴木くんの隣もイヤだけど、旦那さんの横でも気まずさは変わらない。
 私と鈴木くんは譲り合うようにして何とか車に乗り込んだ。
 シートベルトして、いよいよ出発。

 ……で、どこへ?

「あの、ミユキ先生。行き先はどこなんですか?」
「私は知らん。に訊け」


 きゅあぴゅん……?



 それに該当する人って、弓矢きゅうやさん以外いない。
 だからって何で?

 弓矢くん……
 
 きゅうやくん……

 きゅうあくん……

 きゅあくん……

 くん=ぴゅん?

 ま、まさかッ、そ、それで"きゅあぴゅん"なの?

 だとしたら、何てベタでラブラブな呼び名の変遷!
 それにどう見ても旦那さん、"きゅあぴゅん"って柄じゃないし!
 ミユキ先生……教え子の前でサラッと言っちゃってるけど恥ずかしくないんですか?
 あと、弓矢さんも!

「まずは箱根湯本……と言っても、目的は温泉じゃないけどね」

 "きゅあぴゅん"こと弓矢さんはスムーズなハンドルさばきでロータリーを抜ける。

「芦ノ湖か?」
「いや、そこは人が多過ぎてダメだ。仙石原なら、少し歩けば人は疎らになる」

 仙石原……高原か。行ったことないけど、ススキが有名なところだ。スワンボートは本命と会うその日までお預けだね。
 でも、どういうことだろう?
 てっきりミユキ先生が今回のルートを決めてると思ってた。
 まさか、きゅあぴゅん(笑)がここまで私と鈴木くんの接触に関与してるなんて意外すぎる。何者なんだろう、この人……。

「そうそう、望月さん。ミユキに聞いたよ。大学に受かったそうだね。おめでとう」
「ありがとうございます」
「メディア情報学だっけ? 将来はやっぱり、お台場あたりでアナウンサーかな?」

 よく知ってるなあ。 

「いえ、そこまでは……。でも、人前で喋る仕事に就きたいとは思ってます」
「いいねえ、素敵な夢があって。興味ないだろうけど、こんな僕にも夢はあったんだよ。今はミユキがそれをやっている」
「……学校の先生ですか?」
「そう。一応、これでも教員免許は持っているんだ」

 朝早く出発したせいか、道路は渋滞しておらずスイスイ進む。
 鈴木くんはしょうがないとして、ミユキ先生も聞き役に徹している。
 何故だか、私ときゅあぴゅんの凸凹トークが続く。

「じゃ、他にやりたいことが見つかったんですね?」
「そうだね……と言いたいところだけれど、半分は間違いだな。僕は教師に憧れが強かった分、教育実習で訪れた現場の実情にひどく落胆したんだ。目を背けたくなるまでにそこは腐敗しきっていた。それまでは教わる側の立場だった僕は学校という機関を特別聖域サンクチュアリのように捉えていたんだが、それは"教職員にとっての"……という意味だった。あまりにも理想とかけ離れ過ぎているという結論に達し、僕は教職に進む道を断念したんだよ」

 何があったんだろう、この人に?
 そして、隣の鈴木くんは今の話を聞いて何を考えているのかな……。

 喋っていたらあっという間に箱根湯本を通過し、次第に山道へと差し掛かってきた。蛇行する道が続き、いよいよ高原に近づいてるって雰囲気。ススキもちらほら見える。

「僕の諦めた理想をで行く人が横に座っている。ミユキは凄いよ。学校という枠組みをいとも簡単に飛び越えて、悩める若者と自然に接している。僕にはそれができなかった。だから微力ながらもミユキをサポートできて嬉しいし、彼女にはとても感謝している。こうして夢の続きを見させてもらってるからね」

 わかっちゃった……。
 ミユキ先生がこの人を選んだ理由が。
 ミユキ先生は凄いけども、きゅあぴゅんだって相当凄いよ。何たって生き様が超カッコイイ。
 奥さんに感謝してるなんて、私の父なら絶対に口にしない。見た目だけで判断した私なんてまだまだ子供だね。
 照れくさいのか、ルームミラーに映る肩肘ついたミユキ先生の視線は車窓に注がれている。
 でも、景色なんて見てない。ただただ虚空を彷徨ってるのが手に取るようにわかる。

「ミユキ先生」
「何だ?」

 ぶっきらぼうにそう返してくる。らしいと言えばらしいけど、ちょっと無理してるっぽい。
 ここであれこれ弄るのも可哀想だから関係ない話をしてあげよう。

「おなかが空きました」
「朝飯抜きじゃ当然だな。重箱二つ分の弁当を作ってきた。みんなで食べよう」

 うッ!

 一気に現実へと引き戻されてしまった。

 鈴木くん、告白なんてもういいじゃん。
 このままススキ見てお弁当食べて帰ろうよ?

 だけども私の思いなど伝わる筈もなく、眉なし鈴木くんは相変わらず黙ったまま。
 傍から見てると怒ってるみたい。その表情も武装の一環なの?

「ところでおまえら、イネ花粉は大丈夫なのか?」
「え?」
「ススキはイネ科だからな。花粉の飛散時期はそろそろ終わる頃だが、まだ油断はできんぞ」
「私は大丈夫です」
「鈴木は?」

 鈴木くん、ここで喋ってくれると嬉しいんだけど。
 でも、コクリと頷いただけで終わっちゃった。
 もしかして、告白もゼスチャーとかで済ませる気なんだろうか。
 だとしたら、さすがにこっちもキレるよ? ただでさえ……。

「そうそう、ぴゅあきゅん。花粉で思い出したんだが」
「ん? どうした、ミユキ?」




「私、おまえの花粉で妊娠したから」



 
 ミ、ミユキ先生ッ!?
 それ、違う。
 ここで言うタイミングじゃな……って、きゃああああああああああああああッ!!!


 今日は安全運転に努めるからさ、二人は安心してデートを楽しんでよ


 ぴゅあきゅん、さっきそう言ったよね?

 ミユキ先生の唐突なおめでた発言に動揺したのか、あれだけ安定してたハンドル操作がコントのそれみたいにメチャクチャ揺れまくってるッ!
 慌てて急ブレーキを踏むきゅあぴゅん。
 その時だった。
 鈴木くんが身を持って咄嗟に私を守ろうとしてくれた!
 でも、お互いのシートベルトがそれを妨げた。
 届かない鈴木くんの体。
 シートベルト、邪魔……いや、感謝だって。な、な、何考えてんだ、私ッ!
 ガードレールすれすれで事無きを得たけれど、後続の車から「馬鹿野郎! 危ないじゃないか!」と罵られてしまった。当然だわ。


「ミ、ミユキッ! お、おまえなあ!」
「何て乱暴な運転だ。吃驚させるなよ」
「そりゃこっちのセリフだ! 山道走ってる時にそんな妊娠とか………………え?」

 改めて、その単語がきゅあぴゅんの頭に入ったらしい。

「ほ、本当なのか? 本当にできたのか?」

 ミユキ先生、俯いてちょっとだけ頷く。
 ……もしかして、はにかんでる? 意外と笑うし年上だけど何かこの人……可愛いかも。

「ミ、ミ、ミ、ミ、ミユキ―ッ!!!」

 感激のあまり、ミユキ先生を抱擁しようとしたきゅあぴゅん。

 だけど、やっぱり届かないミユキ先生の体。

 邪魔なシートベルト。
 そして、私達四人……いや、五人の命を救ってくれたシートベルト。
 心からありがとう。

 でもね、シートベルトに頼ってばかりいたらいつまでも届かないんだよ、相手の元に。
 
 自然と私は鈴木くんと目が合った。
 ヘタしたらこのまま死んでたかもしれない命がここにある。

 そろそろ武装を解きなさい、鈴木くん。
 本質的に今の私もあなたと同類なんだよ? それを今から教えてあげる。

 もう逃げない。
 勇気を出そうと決めた私と鈴木くん。

 そう、今日の主役は私達なんだから。

 
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