イルカノスミカ

よん

文字の大きさ
4 / 30
火曜日

傷心で火曜日 1

しおりを挟む
 眠れなかった。
 慢性化した疲労が蓄積してるし体調もサイアクなのに、脳が休息を許さない。
 これ以上、ベッドで横になってても時間の無駄だ。
 だから、パソコンでいろいろググってみた。
 そして愕然とする。
 高校中退の未成年の女がいかに無力であるかを、あたしはイヤというほど痛感させられてしまった。
 こんな妖怪"ゲロ吐きいかり肩"でも一応は女だから、ある一線を越えてしまえば、お金を稼ぐ手立てがないこともない。
 ただし、ソッチの世界に一歩足を踏み入れてしまえばそりゃもう恐ろしい。
 本人の体験談とか読んだらまたゲロ吐きそうになった。
 ありゃダメだ。
 初恋の経験さえないウブなあたしにゃ生き地獄に等しいわ。
 結論として、高校を卒業しないとどこも雇ってくれない。
 しかも高卒でも就職にしろ部屋を借りるにしろ親の承認いるし……未成年じゃ一人で何もできないシステム構築されてんじゃん。
 あたしは父さんの提示した以外の選択肢……第四の選択――高校中退について夜通しずっと考えてたけど、その線はもう完全になくなってしまった。

 最低限、高校卒業しなきゃ。

 じゃあ、卒業まで一年ちょっと……これからどうすればいいんだ?
 父さんとユミコと一緒にこの家で暮らす?

 ないな。
 コレだけは絶対にない。
 ユミコと一つ屋根の下で暮らすなんて、想像するだけで腹立つわ!
 どうせあたしが何か言ったらイジイジ泣くんだろ。
 泣きたいのは家庭グチャグチャにされたあたしだっつーの!

 母さんとセニョールと一緒に暮らす? 
 麻布に店があるって言ってたから家もやっぱ東京かな。
 え? 住所が東京で今の学校に通うことできんの?
 ウチって県立だから神奈川県の税金投入されてんでしょ?
 都民になったら、やっぱそのへん融通利かないよね。
 住民票移さなければ大丈夫なのかな……て、考えるのメンドイわ!
 大体、東京から通学するとしたら、あたしは何時に家を出なきゃなんないの?
 そりゃ東京は隣だけど、神奈川でもここ小田原だからね。
 熱海なら二十分で着くけど……。

 都立へ転校? 今更この年齢で?

 自己紹介……一応やってみる。

 え~、どうも、瀬戸入果です。
 神奈川県立小田原東高校から来ました。
 前の学校では"イルたん"とか"イル"、一部の男子からは"ウミブタ"って呼ばれてました。
 バタフライでインターハイ出たけど、肩が痛くて犬掻きでゴールしたら失格くらいました。
 両親が離婚して新しいお父さんはスペイン人です。
 御覧の通り茶髪ですけど、あたし自身は純国産です。
 現在、恋人募集中です。誰でもウエルカムです。
 先着順なので、勇気がある方は早めにお願いします。ベサメムーチョ!

 却下。……ツンドラ並みに寒いし。

 三つ目。
 
 どこかに部屋を借りて一人で暮らす。

 しいて言えば、一番可能性あるかな。
 毎晩、友達呼んで宴会できるし、制服のまま寝ても叱られないし、アイスだって好きなだけ食べられる!
 でも、コレってあたし的にはいいけど、親的にも一番望んでる方法なんじゃないの?
 だって、ネチネチとイヤミ言う娘に寄生されるより、どっかであたしを隔離しといた方が順風満帆な新婚生活を送れるしさ……。

 あ、何コレ?
 一番マシに思えて、実は一番ムカつくパターンじゃん!
 介護が大変だからって老人ホームに入所させられる年寄りみたい。
 五十八歳のジジイがシャレたワイン傾けながら元人妻と愛を育んでるのに、乙女のあたしはカリカリ君の当たり棒に一人歓喜する……何だ、この幸せ格差?
 邪魔者……あたし邪魔者かよッ?
 十七歳のあたしが破廉恥な大人四人を気づかって一人でひっそり暮らすって何なんだ! ふざけんなッ!

 画面で時間確認。
 まだ明け方。
 家を出るには早過ぎる。
 だけども、パソコンをシャットダウンしたあたしはノソノソと登校の準備に取り掛かる。
 両親とは顔を合わせたくない。
 二人がまだ起きてこないうちに、一刻も早くこの家から出て行きたい。
 口の中が気持ち悪い。
 まだゲロの余韻が残ってる。
 朝ごはんなんて当然いらないけど、ハミガキだけは済ませたい。

 二人が起きないように忍び足で階段を下りて、急いで洗面所に向かう。
 酸っぱい臭いがすると思ったけど意外としない。
 うまいこと床にこぼさず吐いたもんね。
 一番臭いのはあたしの口の中だ。
 空きっ腹だと胃酸の濃度が高まって口臭がひどくなるって聞いたことある。
 食欲も時間もないから空きっ腹はしょうがない。
 歯を磨いたらガムでも噛もう。
 あたしは化粧しないから、朝の準備は超簡単だ。
 洗顔したらリップを塗るだけ。水泳部だから日焼け止めは禁止だし。
 水泳部のロゴ入りエナメルバッグの中には教科書とポーチと財布。
 それに、もはや骨董品に近いピンクのパカパカケータイと短パン、Tシャツ。
 あと、水着も持っていく。
 泳ぎはしないけど、プールで肩を動かすのもいいリハビリだ。

 新聞配達のバイクの音。
 雀がチュンチュン鳴いてる。
 太陽はまだ昇らない。
 もうすぐ秋分の日。いろいろあった夏もじきに終わる。
 玄関を出ると、まだ暗い空には下弦の月が浮かんでる。
 十日後には体育祭だなんて信じらんない。

 その頃はちゃんと結論が出てるかな?
 どう転んでも泣くことになると思うけど。
 せめて、右肩が自由に動かせたらよかったのにな。
 それができたら、体力が続く限り何もかも忘れてクイックターンを繰り返しイルカのように泳ぎまくるのに。

 おもむろに振り返る。
 あたしの家。父さんの家。母さんの家。
 そして、母さんがもうすぐ出て行く家……。

 いつものように自転車に乗って学校へ向かう。
 時間だけがすんごい早い。
 うぅ、まだ胃がムカムカする。

 ガム……コンビニで買おう。


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

旦那様。私が悪女ならば、愛人の女は何になるのかしら?

白雲八鈴
恋愛
 我が公爵家主催の夜会の最中。夫が愛人を連れてやってきたのです。そして、私を悪女という理由で離縁を突きつけてきました。  離縁して欲しいというのであれば、今まで支援してきた金額を全額返済していただけません?  あら?愛人の貴女が支払ってくれると?お優しいわね。  私が悪女というのであれば、妻のいる夫の愛人に収まっている貴女は何なのかしら?

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
【3月中ーー完結!!】 私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 二十年の裏切りの果て、その事実だけを抱え、離縁状を置いて家を出た。 そこで待っていたのは、凍てつく絶望――。 けれど同時に、それは残酷な運命の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と縋られても、 死の淵を彷徨った私には、裏切ったあなたを許す力など残っていない。 「でも、子供たちの心だけは、 必ず取り戻す」 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔い、歪な愛でもいいと手を伸ばした彼女が辿り着いた先。 それは、「歪で、完全な幸福」か、それとも――。 これは、"石"に翻弄された者たちの、狂おしい物語。

処理中です...