イルカノスミカ

よん

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火曜日

傷心で火曜日 3

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 結局、三人ともついてきた。
 二人はあたしの両隣りにピッタリくっついて、もう一人はあたしのカバンを大きいぬいぐるみ抱えるみたいに持ってる。

 ……考えたくないけど、コイツらもしかして百合なのか?
 
 慕ってくれるのは嬉しいけども、ここまでくると嬉しさを通り越してぶっちゃけ気持ち悪い。
 これでノン様がいなかったら、あたしは喚きながら逃げ回ってただろう。
 保健室に行くと、まだ白衣を着てないミユキ先生がたいして驚きもせずあたしの顔を見た。

「瀬戸か。朝からどうした?」
「ツワリっす」

 あたしの冗談にミユキ先生、ニコリとも笑わずに「氷でも舐めてろ」と素っ気なく背中を向けた。
 ノン様が代わりに「吐き気があるみたいなんです」と言ってくれる。

「そんならベッドに転がしとけ」
「ひど! あたし、物扱いですか?」
「物扱いなら床だ」

 ミユキ先生はニコリとも笑わない。
 そういや、この人の笑ったとこ見たことないや。
 ふわふわロングの黒髪がとても色っぽいけど、冷たい印象は否めない。
 正真正銘、大人のオンナだ。あたしのバサバサ茶髪とは大違い。

「授業には出れそうなのか?」
「無理っぽいです」

 またも、ノン様が答えてくれる。
 正直、あたし自身も無理だと思う。

「イルたん、早く横になんなよ?」
「ん、ありがと」

 上履きを脱ぐ。
 よっこらしょのBBA掛け声で、あたしは初めて保健室のベッドで横になった。
 フカフカで気持ちいい。
 うん、ここでならグッスリ眠れそうだ。

「どれ?」

 ミユキ先生、あたしの額に手をあてて「熱はない」と呟く。
 左手薬指のマリッジリングが朝日に反射してまばゆく光る。
 ダイヤだ。何カラットだろ?

「諸君、安心しろ。瀬戸はまだ死なん。なので、オマエ達は朝練に戻れ」
「先生」

 そこで、一年の渡辺が意を決してミユキ先生に立ち向かう。

「何だ?」
「あの……朝練が終わったら、瀬戸先輩のお見舞いに来てもいいですか?」
「その必要はない」
「ど、どうしてですか?」
「睡眠を邪魔したいなら来てもかまわん。だが、それで愛する瀬戸に嫌われても知らんぞ?」
「……ッ!」

 渡辺は真っ赤になって保健室を出てく。
 残る二人も慌てて渡辺を追う。
 それを見ていたノン様は「もぉ!」と頬を膨らませた。

「あのコ達、何しに水泳部に入ったんだろ? イルたんばっかり見てて、全然上達しないんだから。腕立てもロクにできないし」
「キャプテンも大変だね?」
「他人事かい。……あ~あ、あたしも頭が痛くなってきたわ」
「ベッド余ってるぞ」

 ミユキ先生がホレホレと指さす。

「先生、誘惑しないでくださいよ。お言葉に甘えたいけど、これからあのコ達シゴかなきゃいけないんで。――イルたん、山ピーにはあたしから言っとくから」
「あざます!」

 手を振ってノン様が保健室から出てく。
 健康的なショートカットがよく似合ってる。
 美人は得だな。
 あたしもできることなら、こんなバサバサ髪あそこまで切ってしまいたい。……余計にバケモノ化が進行するかな?

「近藤もすっかりキャプテンが板についてきたな」

 そう言いながら、ミユキ先生はあたしの右肩を触る。

「その後どうだ?」
「まぁ、ぼちぼちです」
「あまり焦るな。急がば回れだ。……それより、今日はどうした? 登校中に拾い食いでもしたのか?」
「昨日の晩に食べた物、全部吐いちゃいました」
「何を食った?」
「ポテチと牛丼です」
「感心せんな。単身赴任のオッサンならそれに加えてビールを飲むだろうが、我が高のスターアスリートがそれではいかん。可愛い後輩をあまりガッカリさせてやるな」
「異議アリ!」

 あたしは布団から左手を出した。

「何だ?」
「あたしよりノン様の方がずっと凛々しくてカッコイイと思います。何で一年はあたしなんかにベタベタするんですか?」
「近藤は手に届かん存在ではないからな。身近な頼れる先輩ではあるがオーラはない」
「あたしにオーラがあるんですか?」
「一部女子にはな。気づかんのか? オーラを通り越して強烈な後光までさしてるぞ」
「まさか。観音菩薩じゃないんだから」

 あたしはそれを冗談と解釈したが、無表情のミユキ先生は何を考えてるのか読めない。

「大体、どうして瀬戸みたいな逸材が、温水プールもないこんな弱小水泳部に所属してるのかがわからん。私立じゃなくとも、そこそこ実績のある学校は幾らでもあっただろう?」
「あー」

 私は思い出した。

「推薦とかあったけど断りましたよ。だって、自転車で通えるのココだけだったんで」

 ミユキ先生がフンと鼻を鳴らす。

「その男前の考え方がカッコイイんだろ? 己の才能をひけらかさず、驕り高ぶらないのに結果だけはちゃんと残す。水泳肩の痛みを誰にも言わずに水泳部初のインターハイ出場を決めて、最後は犬掻きでフィニッシュというオチまでつけてる。武勇伝としては完璧じゃないか」
「オチって……途中で足つきたくなかっただけ。あれは苦肉の策だったんです」
「普通の人間ならまず棄権する。バンザイもできん状態で泳ごうと思わん。そりゃモテるだろ」
「できれば、男子にモテたいですけどね?」
「ヤツらは顔と乳房で評価する。童貞小僧なんてそんなもんだ」
「……二つともダメじゃん」

 残念がるあたしを無視して、ミユキ先生はパンと手を叩く。

「長話はここまでだ。首のリボン外しとけ。気持ちが沈んだところで安らかに眠るがよい」
「先生……あたし、胃腸炎か何かですか?」
「知らんな。養護教諭は医者じゃない。心配なら病院まで連れてくぞ?」
「……いえ、大丈夫だと思います」

 ミユキ先生はしばらくあたしの顔をさぐるように見る。
 リボンを枕元に置いて、あたしはワザと布団にもぐりこんだ。

「ふざけとらんで顔を出して寝ろ。私は今から職員会議に出るから。……あーあ、ウンザリする。体育祭の打ち合わせで今日はミッチリだ」
「行ってらっしゃい」
「ゲロはこの洗面器に出すように。ベッドで吐いたら殺す。尿瓶はないからトイレへ行け。会議が済んだらすぐ戻る」
「わかりました」

 カツカツと小気味よい足音を立てて、ミユキ先生が遠のいていく。

 静かだ。
 窓から涼しい風が入ってカーテンを揺らしてる。
 陸上部かな?
 掛け声がかすかに聞こえる。あたし達もたまに練習に入れてもらう。
 我が水泳部、冬は週一ペース市民プールに出向いてお遊びで泳ぐくらいで、後はほぼ陸上部と化す。
 確かに環境面はよろしくない。
 競技会なんて参加すればいいと思ってる人が大半だし、男子は練習そっちのけでシンクロごっこして時間潰してるし。
 顧問だって殆ど顔出さないしね。
 しかも、その顧問てのが担任のツンドラ山ピーだし。
 でも、あたしはこの水泳部が好きだ。
 みんなとワイワイ喋って、思う存分自分の泳ぎができるから。

 泳いで喋って笑ってまた泳ぐ……。

 それで十分。
 リオや東京オリンピックなんて最初から目指してないし、インターハイなんて頑張ったオマケみたいなもの。
 そもそも高校卒業したら競泳生活終わらせるつもりだし。
 オーラなんて出してない。
 あたしは親の許可なしじゃ、スーパーのレジ打ちもやらせてもらえないタダの高校生。人より早く泳げるからってだけで、自分が他人より優れてるなんて考えたこともないから。
 昨夜、洗面台に映ったあの醜い等身大があたしの正体だ。
 あたしは本当の居場所をなくしてしまった。
 だから学校から一歩も出たくない。
 学校だけがあたしを守ってくれるから。

 一年のみんな。

 あたしは超弱いよ。カッコよくないし素敵でもない。
 今日、学校が終わったらどこへ行けばいいんだろう?
 未来が見えない。
 怖くて次の一歩を踏み出すことさえできない。
 そんなレベルの人間なんだよ?

 ベッドでゲロ吐いたら殺される。
 でも、涙ならセーフだよね?

 ……いや、こんだけ枕もシーツもビチョビチョにしちゃったらアウトか? 鼻水まで出てるし。

 でも、今更どうしようもない。いいや。泣いちゃえ!

 第六の選択、他殺。

 ミユキ先生に殺されるなら本望だ。

 チャイムが鳴る。祈りの鐘だ。
 神に召されてあたしは天国への階段を上る。
 踏み出すべき一歩をやっと見つけた。
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