上 下
9 / 176
第2章  説明が足んない

説明が足んない 4

しおりを挟む
 一段一段、階段を下りるたびに心臓の鼓動が早まるのがわかる。 
 この先にはいいことなんて何も待ってない。
 それがわかってるのに、脳が拒絶していながら僕の足は引き返そうとしない。
 
 馬鹿だ。たった2000円のために、しかも貰えるかどうかもわからないその2000円のために、僕は今、禁断の扉を開けようとしてる。

 横山さんからもらった鍵を鍵穴に差し込む。
 
 カチャン

 解錠した。

(いよいよだ……)

 生唾を呑み込んで、僕はゆっくり扉を開けて中に進む。
 最初に目に入った物は……人体の標本だ。
 筒状のガラスの中に、ホルマリン漬けにされた死体のように閉じ込められてる。

 マネキンか? 蝋人形?

 いや、やはり生身の人間だ。
 しかもちゃんと生きてる!
 その中にいる女の子は僕に気づいて、拳のまま手を振ってきた。
 のみならず、

「いらっにゃい、

 初対面の女の子に名前を呼ばれた。
 死体かもしれない……そういう目で見てたから気づかなかったが、よくよく観察したら超絶美少女だった。
 小顔を覆う茶色のエアリーロング、双眸も口も自由な子猫を想像させる。

 ……か、かわいい!
 
 もうそれだけでドキドキ、ムラムラしてきた。
 僕は早くも十枚ほどティッシュを箱から抜き出してたけども、何故かその動きがピタリと止まる。
  
 何かおかしい……。

 第一印象は子猫を想像させると思ったが、もしかしたら彼女は本当に猫になりきろうとしてるんじゃないか? 
 茶色のエアリーロングに猫耳カチューシャ、頬には左右三本ずつの線が描かれてる。……猫のヒゲだろう。
 そして、両手首は終始招き猫のニャンニャンポーズ、形のよいお尻からはダミーの尻尾までつけてる。
 
 それにそれに、彼女は「いらっしゃい」ではなく「いらっにゃい」と言った。
 これはかなりアレだぞ。イタイぞ、このコ……。
 単なる猫好きなのか?
 それとも……。

 おかしいのは彼女ばかりではない。

 何故、僕はティッシュを抜き取る動作をやめちゃったんだ?
 こんなに美少女なのに。
 ティッシュを浪費するのには最高の素材だぞ。
 猫のコスプレだって、多少はヘンかもしれないけれど十分にかわいいじゃんか。
 
 でも、僕の中の小さな僕はメタモルフォーゼしなかった。
 老婆やヘタすりゃ乳飲み子にでさえ、女とあらば発情するこの僕が、猫のコスプレをしてるという理由だけで、極上の美少女相手にティッシュを必要としないなんて……。

 
 ああ、わかった……。


 僕にだって例外はある。
 僕は人を愛せない人に対しては、どういうワケか昔から一切興奮しないんだ。
 

 彼女は生粋のズーフィリア――動物性愛者だ。



しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,039pt お気に入り:2,473

太陽の烙印、見えざる滄海(未完)

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:20

一口BL小説

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:5

先生、教えて。

BL / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:160

最初に私を蔑ろにしたのは殿下の方でしょう?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:18,894pt お気に入り:1,963

悪役令息の義姉となりました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:21,535pt お気に入り:1,345

転生したら捨てられたが、拾われて楽しく生きています。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:11,773pt お気に入り:24,902

処理中です...