ティッシュが足んない ～などとサキュバスの息子のムスコが意味不明な供述をしており～

第２章 説明が足んない

説明が足んない １０

　中に入って来た男を見た時、コイツはタダの人間だと思った。
　ハーフとはいえ、インキュバスは誰しもイケメン揃いと聞いてたからだ。
　それがこの男には全く該当しない。
　まず、この男はハゲてる。それも無惨にハゲ散らかしてる。いっそ、スキンヘッドにすればいいのに。
　次に眉毛が見事に一本に繋がってる。
　目がつぶらだ。鼻が大きすぎる。唇が分厚い。ヒゲが濃い。
　最後に、顎がペリカンのようにしゃくれてる。しかも右に大きくゆがんでる。
　愛嬌はなくもないが、お世辞にもこれじゃイケメンとは言えない。
　
　その男が敵意剥き出しで僕を睨んでる。

「おい、テメエは誰でぃ？」

　チャキチャキの江戸っ子だな。

「僕は怪しい者ではないです。信じてください」
「馬鹿やろぃ！　女と二人いて、素っ裸で風呂から出て来たと思いきや『信じてください』だぁ？　チャンチャラおかしいぜぃ、このスットコドッコイ！」
「疑われるのは尤もです。でも、僕はクリェーシェルさんには指一本触れてません」
「そうよ、ヘンリー。指を触れたのはアタシ。彼のほっぺにツンってしただけなの」
「ケッ！　冗談言うねぃ！　そいじゃ、この男汁まみれのズボンはどう説明しやがんでぃ！　この唐変木が！」

　恥を忍んで言う。

「それは……僕が早漏だからです」

　ヘンリーさんは手のひらで鼻をこすりながら、

「へ？　するってぇと何かい？　テメエ、クリにほっぺつつかれただけでイッちまったてぇのか？」
「そういうことになります」
「おいおい、そいつは男の風上にもおけねぇな！」
「仰る通りです。それで今、クリェーシェルさんにお風呂と着替えのお世話になろうとしていたところなんです」
「ヘン、情けねえ話じゃねぇかぃ。乳くせえ無鉄砲なガキが欲を出して大人の色香に近づこうとするからこうなっちまうんでぃ。……フン、まあいいや」　

　それだけで納得してくれたのか、ヘンリーさんはどっかと腰を据え、

「おい、少年。とっとと一風呂ひとっぷろ浴びてきやがれぃ。風邪ひいちまわぁ」

　と、人情味あふれる言葉を投げかけた。
　……改めて思うけど、ここ魔界だよな？
　


　風呂から出ると、実は世話好きだったヘンリーさんはわざわざ家から持ってきたズボンとパンツを僕に差し出した。どうやら美人局じゃないみたい。

「おう、若いの。何も言わねぇでコイツ持ってきな」
「ありがとうございます」

　よかった。サイズはやや大きめだし趣味も柄モノでウンザリだけど、クリェーシェルさんが用意してたガーターベルトに比べたら上出来すぎる。
　風呂に入ってる間に、クリェーシェルさんは僕の素性をヘンリーさんにすっかり話してた。

「そうかぇ。テメエは姫の嫡男ってぇワケだな？　で、どうして今の今まで人間界に雲隠れしてやがったんでぃ？」

　そこを話すと長くなる。
　さりげなく話題を変えよう。

「人間界には生まれた直後から今までずっといました。……失礼ですが、ヘンリーさんは人間じゃないんですか？」
「ほう。どうしてそう思う？」
「ヘンリーさんがあまりにも人間の魅力に満ちてらっしゃるので」

　ごめん。僕は明らかに嘘をついた。

「おいおい、よせやぃ。照れるじゃねぇかぃ。オレは生まれも育ちも魔界の下町、チャキチャキのハーフ・インキュバスよ。……ところで、うまく話をすり替えやがったな、このトンチキ？　姫がここでテメエを産まなかったのは何でだ？」

　僕は頭を下げる。それはこっちが知りたい。

「それはまた次の機会に……。今は一刻も早く人間界に戻りたいんです。どうか出口を教えてもらいませんか？」
「そいつは無理な話ってもんよ」　

　ヘンリーさんはキッパリ言った。

「どうしてです？」
「テメエがオレらの王子で人間界から来たんなら、ここに迷い込んでる人間共を狩ってもらわねぇとな。それが礼儀ってもんよ」