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第10章 一人、足んない
一人、足んない B2―1
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懐中電灯なんていらないくらい、地下二階は明るかった。
そういや、僕の分は上で姿見の悪魔に取られたまんまだ。
真っ白な円卓に、これまた真っ白なカフェチェア。
「さあ、どうぞ。座って」
ちゃんと人数分用意されてるけど(白衛門除く)、そこに座ろうとは誰も思わない。
ホスト役はフレンドリーな話し方で僕達の警戒心を解こうとする、タキシードを着た八頭身の猫人間。胡散臭すぎ。
顔が猫――黒猫そのものだけど、それ以外は全て人間だった。
仮面にしては表情が豊か……どうやらそれは本物の顔で間違いない。
その猫人間からして、当然この階のターゲットは猫助ということになる。
僕はおそるおそる猫コスの彼女を見る。
……よかった。
こっちがビックリするくらい、猫人間見てドン引きしてる。
「安心してくれ。僕自身はトラップじゃないから」
「でも、オメーは悪魔だよな?」
すごッ! 望海ちゃん、悪魔相手にタメ口かよ。心臓に毛でも生えてるのか?
猫人間は苦笑して頷く。
「スコットランドのケットシーって知ってる? 『長靴を履いた猫』のモデルになった妖精だよ。今はそのケットシーを辞めて悪魔になったけど」
「妖精さんが悪魔に魂を売ったんですか?」
望海ちゃんと違い、花子さんは悪魔にも敬語で喋る。
「そうだよ。どうしても”挿げ替えのメス”が欲しくてね」
「それは何なんです?」
僕も思わず敬語になる。
元ケットシーの悪魔はニヤリと僕に微笑みを投げかける。
「やあ、キミがプリンセス・レイチェフの御子息だね。この度のチャレンジに立ち会えて光栄だよ。急遽、低級魔界になんか呼び出されて些か機嫌を損ねていたんだが、キミの存在を知ってからと言うものの僕は心が躍っている。嘘じゃないよ」
咲柚さんの話が悪魔から切り出されると、改めて僕の母親は魔王サタンの娘なんだと実感してしまう。
と、同時にあまりいい気持ちにはならない。
「無駄話はやめましょう。僕達は次の階に下りたいんですけど、どこに階段があるんですか? 一見したところ、どこにもそれらしき物が見当たらないんですが……」
「そこのレディが……」
元ケットシーの悪魔が猫助を指さす。
「この階のトラップを攻略できたら、自然と階段が出てくる仕組みになっているみたいだよ。少なくとも、僕はここのダンジョンマスターからそう聞いている。……どう? 今からティータイムにしないか? 長旅でけっこう疲れているんだ。何しろ、ここに来てまだ紅茶も飲んでない。そうそう、この時のために最高のスコーンを持ってきたんだよ」
猫助はイライラしながら、その提案を無視して口を開いた。
「とっととこのあたしを魅了させてみるにゃん! 素敵なイケニャン出すにゃん! そんじょそこらのイケニャンじゃ願い下げにゃんよ?」
「……いや、どんなイケニャンでも願い下げしなきゃダメだろ」
「心配いらにゃいにゃん。ちょっと目の保養にするだけにゃんよ?」
「それが危ねーって言ってんだッ! オメー、何もわかってねーな!」
「ごめんにゃん」
両拳で頭を抱える猫助、ペロッと舌を出す。
……いいんだろうか。こんな緊張感のないムードのままで。
見た目は胡散臭いだけで迫力のカケラもないけど、何たって相手は悪魔だぞ。
このままヌルいやりとりで簡単にここをクリアできるとは思えないけど……。
「あなたはケットシーだと名乗りましたね?」
花子さんがお馬鹿な14歳トリオを無視して話を進めていく。
「人語を解し二足歩行という他は、ケットシーは見た目が完全な猫だと私は認識しております。ですが、あなたは顔以外は完全に人間の紳士のお姿をしていらっしゃいます」
「つまり、お嬢さんは僕がケットシーを騙るニセモノだと指摘したいんだね?」
「いいえ。拓海様の質問をはぐらかした、あなたが答えるべき発言を伺いたいだけです。……挿げ替えのメスについて教えてください」
元ケットシーの悪魔は内ポケットから一本のナイフを取り出した。
「これが悪魔からもらった挿げ替えのメスだよ。名前の通り、僕はコイツを使って顔以外、自分の体を人間の部位と挿げ替えたんだ。だから『ケットシーを辞めた』って言ったのにわかんない人だな」
この程度で花子さんは退く人ではない。
「あなた自身は『トラップではない』と仰いました」
「言ったよ。だから?」
元ケットシーの悪魔は標的ではない花子さんにやたら食ってかかる。
「では、あなたの役割は何です? まさか、この場に立ち会うだけでスコットランドから遠路はるばるやって来たのでもないでしょう?」
「やれやれ、せっかちなお嬢さんだ」
肩を竦めて、元ケットシーの悪魔はこれみよがしに花子さんに背中を向けた。
もう僕の視界に入らないでくれと言わんばかりに……。
「キミ……猫助だよね?」
「は、はいにゃん!」
突然、名前を呼ばれてビクッとする猫助。
「キミに会わせたい人がいるんだ」
「人にゃんか? あたしは猫しか興味にゃいにゃん! 人であたしを惑わすことはできにゃいにゃんよ!」
どうしてさっきから自ら弱点をバラすッ!
「さて、それはどうかな?」
元ケットシーの悪魔は自信満々の表情で指をパチンと鳴らした。
それを合図に一人の……少女……え……?
猫助や望海ちゃんと背丈が同じくらいの女の子が、僕達のいる円卓に向かってしずしず歩いて来た。
黒にフリルのゴスロリファッションはともかく……。
その顔だけが元ケットシーの悪魔同様、猫そのものだった。
ただ、猫人間を見たばかりなので、さほど彼女の登場にインパクトはない。
彼女はホスト役のような黒猫じゃなかった。毛色はキジ猫とそう変わんない。
「キミ、自己紹介を」
元ケットシーの悪魔に促されて、そのゴスロリ猫人間は僕達にペコリと一礼する。
「はじめまして。あたしの名前は草薙マユです」
それを耳にした途端、猫助はまるで幽霊にでも遭遇したかのようにブルブル震え出した。
「え……猫助、どうしたの?」
「草薙マユ………………あ、あたしの名前にゃん……」
「彼女――マンチカンのこのコがこの階のトラップだよ。……あと、コイツもね」
元ケットシーの悪魔は不気味な笑みを浮かべながら、白い円卓に挿げ替えのメスをコトリと置いた。
そういや、僕の分は上で姿見の悪魔に取られたまんまだ。
真っ白な円卓に、これまた真っ白なカフェチェア。
「さあ、どうぞ。座って」
ちゃんと人数分用意されてるけど(白衛門除く)、そこに座ろうとは誰も思わない。
ホスト役はフレンドリーな話し方で僕達の警戒心を解こうとする、タキシードを着た八頭身の猫人間。胡散臭すぎ。
顔が猫――黒猫そのものだけど、それ以外は全て人間だった。
仮面にしては表情が豊か……どうやらそれは本物の顔で間違いない。
その猫人間からして、当然この階のターゲットは猫助ということになる。
僕はおそるおそる猫コスの彼女を見る。
……よかった。
こっちがビックリするくらい、猫人間見てドン引きしてる。
「安心してくれ。僕自身はトラップじゃないから」
「でも、オメーは悪魔だよな?」
すごッ! 望海ちゃん、悪魔相手にタメ口かよ。心臓に毛でも生えてるのか?
猫人間は苦笑して頷く。
「スコットランドのケットシーって知ってる? 『長靴を履いた猫』のモデルになった妖精だよ。今はそのケットシーを辞めて悪魔になったけど」
「妖精さんが悪魔に魂を売ったんですか?」
望海ちゃんと違い、花子さんは悪魔にも敬語で喋る。
「そうだよ。どうしても”挿げ替えのメス”が欲しくてね」
「それは何なんです?」
僕も思わず敬語になる。
元ケットシーの悪魔はニヤリと僕に微笑みを投げかける。
「やあ、キミがプリンセス・レイチェフの御子息だね。この度のチャレンジに立ち会えて光栄だよ。急遽、低級魔界になんか呼び出されて些か機嫌を損ねていたんだが、キミの存在を知ってからと言うものの僕は心が躍っている。嘘じゃないよ」
咲柚さんの話が悪魔から切り出されると、改めて僕の母親は魔王サタンの娘なんだと実感してしまう。
と、同時にあまりいい気持ちにはならない。
「無駄話はやめましょう。僕達は次の階に下りたいんですけど、どこに階段があるんですか? 一見したところ、どこにもそれらしき物が見当たらないんですが……」
「そこのレディが……」
元ケットシーの悪魔が猫助を指さす。
「この階のトラップを攻略できたら、自然と階段が出てくる仕組みになっているみたいだよ。少なくとも、僕はここのダンジョンマスターからそう聞いている。……どう? 今からティータイムにしないか? 長旅でけっこう疲れているんだ。何しろ、ここに来てまだ紅茶も飲んでない。そうそう、この時のために最高のスコーンを持ってきたんだよ」
猫助はイライラしながら、その提案を無視して口を開いた。
「とっととこのあたしを魅了させてみるにゃん! 素敵なイケニャン出すにゃん! そんじょそこらのイケニャンじゃ願い下げにゃんよ?」
「……いや、どんなイケニャンでも願い下げしなきゃダメだろ」
「心配いらにゃいにゃん。ちょっと目の保養にするだけにゃんよ?」
「それが危ねーって言ってんだッ! オメー、何もわかってねーな!」
「ごめんにゃん」
両拳で頭を抱える猫助、ペロッと舌を出す。
……いいんだろうか。こんな緊張感のないムードのままで。
見た目は胡散臭いだけで迫力のカケラもないけど、何たって相手は悪魔だぞ。
このままヌルいやりとりで簡単にここをクリアできるとは思えないけど……。
「あなたはケットシーだと名乗りましたね?」
花子さんがお馬鹿な14歳トリオを無視して話を進めていく。
「人語を解し二足歩行という他は、ケットシーは見た目が完全な猫だと私は認識しております。ですが、あなたは顔以外は完全に人間の紳士のお姿をしていらっしゃいます」
「つまり、お嬢さんは僕がケットシーを騙るニセモノだと指摘したいんだね?」
「いいえ。拓海様の質問をはぐらかした、あなたが答えるべき発言を伺いたいだけです。……挿げ替えのメスについて教えてください」
元ケットシーの悪魔は内ポケットから一本のナイフを取り出した。
「これが悪魔からもらった挿げ替えのメスだよ。名前の通り、僕はコイツを使って顔以外、自分の体を人間の部位と挿げ替えたんだ。だから『ケットシーを辞めた』って言ったのにわかんない人だな」
この程度で花子さんは退く人ではない。
「あなた自身は『トラップではない』と仰いました」
「言ったよ。だから?」
元ケットシーの悪魔は標的ではない花子さんにやたら食ってかかる。
「では、あなたの役割は何です? まさか、この場に立ち会うだけでスコットランドから遠路はるばるやって来たのでもないでしょう?」
「やれやれ、せっかちなお嬢さんだ」
肩を竦めて、元ケットシーの悪魔はこれみよがしに花子さんに背中を向けた。
もう僕の視界に入らないでくれと言わんばかりに……。
「キミ……猫助だよね?」
「は、はいにゃん!」
突然、名前を呼ばれてビクッとする猫助。
「キミに会わせたい人がいるんだ」
「人にゃんか? あたしは猫しか興味にゃいにゃん! 人であたしを惑わすことはできにゃいにゃんよ!」
どうしてさっきから自ら弱点をバラすッ!
「さて、それはどうかな?」
元ケットシーの悪魔は自信満々の表情で指をパチンと鳴らした。
それを合図に一人の……少女……え……?
猫助や望海ちゃんと背丈が同じくらいの女の子が、僕達のいる円卓に向かってしずしず歩いて来た。
黒にフリルのゴスロリファッションはともかく……。
その顔だけが元ケットシーの悪魔同様、猫そのものだった。
ただ、猫人間を見たばかりなので、さほど彼女の登場にインパクトはない。
彼女はホスト役のような黒猫じゃなかった。毛色はキジ猫とそう変わんない。
「キミ、自己紹介を」
元ケットシーの悪魔に促されて、そのゴスロリ猫人間は僕達にペコリと一礼する。
「はじめまして。あたしの名前は草薙マユです」
それを耳にした途端、猫助はまるで幽霊にでも遭遇したかのようにブルブル震え出した。
「え……猫助、どうしたの?」
「草薙マユ………………あ、あたしの名前にゃん……」
「彼女――マンチカンのこのコがこの階のトラップだよ。……あと、コイツもね」
元ケットシーの悪魔は不気味な笑みを浮かべながら、白い円卓に挿げ替えのメスをコトリと置いた。
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