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第12章 物足んねえ

物足んねえ 10

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 人魚マーマンにとって魚を捕らえることなど日常茶飯事なんだろな。
 立ち泳ぎのまま、手掴みした魚を次々に甲板デッキへ投げ入れる。
 見たところ、獲物は地球で言うサバに似てる。
 いきなり海の世界から拉致られた魚共はワケもわからず、ピチピチと甲板デッキで飛び跳ねてやがる。
 そしてそれを両手で掴んだ黒リータが生のまま大口開けて、あーん……って「オイィィィィィィィィッ! オメーが食うんじゃねえっつーのッ!!!」

「はい?」

 例によって、花子の顔を奪った黒リータはまばたきができねえ。

「とぼけたツラ、こっちに見せんじゃねーよ! オメーはどんだけ食えば気が済むんだ!」
「無尽蔵に。ちなみに排便・排尿は行いません。あたし、もう死んでますから」
「そんじゃ、何のために食事するんだ? 俺と小園に対する嫌がらせかよ?」
「とんでもないです。拓海様のためを思って毒見するですよ? この魚が毒のある河豚フグだったらどうするんです?」
「死んでるヤツに毒見してもらっても意味ねえって。……大体、キノコん時、毒見役断ったクセによ」
「キノコ、そんな好きじゃないんですよねえ」

 嘘つけ! まともに喋れねえくらい頬張ってたじゃねーかよ。

「小園、とりあえずヨダレ拭け。隙見て、黒リータの黒髪撫でてる場合じゃねーぞ」
「は、はひッ!? し、失礼しました!」

 小園と黒リータ、二人を引き離さねーとダメだな。
 頼れる存在の小園が単なる髪フェチ――毛髪性愛者トリコフィリアへと成り下がっちまう。
 もしかしたら小園、俺が見てねえところでずっと黒リータ(花子)の黒髪触ってやがったかもな。

 話を戻そう。

「コイツが何て魚か知らねーが、どのみちコイツを食わねーと餓死しちまうんだ。だから俺は食うぜ」
「待ってください。毒見役ならこの私が……」
「まあ、待て。俺に考えがある」

 小園と白衛門が顔を見合わせて首を傾げてる。……フッ、俺は冷静なオメーらと違って気のみじけえ暴力しか能のねえ野郎だけどよ、オメーらには備わってねえ悪知恵ってのが少しばかり働くんだぜ。

「さすがに得体の知れねえ魚を生のまま食うってワケにもいかねーからよ。……白衛門、悪いが俺がブッた斬ったイノコヅチ掻き集めてくんねーか? いや、そんだけじゃ足りねえから手当たり次第引っこ抜いてここへ集めてくれ」
「御意」
「小園はそれにオイル垂らして火を点けてくれ。その火で魚を焼く」

 小園は切れ長の目を丸くさせて、息を呑んだ。

「どうした、小園?」
「ま、まさか、この木造船の甲板デッキで焚火をするのですか?」
「そのまさかだ。仕方ねえだろ。このボロ船、厨房もねーんだからよ」
「種主様、それはいかんでござる。我らの足場となるこの船が炎上すれば、四人とも海の藻屑と消えてしまうでござる」

 そう来ると思ったぜ。

「白衛門、この俺に逆らうのか? たった今『御意』って言ったばっかじゃねーかよ」
「早計でござった。某は種主様をお守りするために存在するのでござる。種主様を溺死させるくらいなら、命令に抗って斬られた方がマシでござるよ。大体、水もないのにどのように鎮火するお積もりか?」

 俺は……そう言いかけた時、天から俺の頭目掛けて魚が降ってきやがった。いてえな!
 プッと笑う黒リータを目で殺してから、俺は馬鹿みてえに魚を獲り続ける人魚マーマンに向かって怒鳴った。

「オイ、白鮫人! 魚はもういい! テメーは指示するまでそこで控えてろ!」
「はッ!」

 立ち泳ぎのまま敬礼ポーズの白鮫人に、俺も同じく敬礼で応えてやる。優しいよな、俺。
 ……で、何言おうとしたんだっけ? 
 頭に魚が直撃して、今から喋ること忘れちまったじゃねーか……て、またッ!

「小園ッ!」
「す、すいませんッ!」

 慌てて手を引っ込める小園に対し、髪を触られまくって実験コントの爆発後みてえにボサボサヘアと化した当の黒リータは寛大だ。

「拓海様、よいではないですか。減るもんじゃないし」
「悪代官みてえに言うな!」
「もう、独占欲が強いんですね」
「何のことだ……?」
「大丈夫です。あたしのおっぱいなら拓海様のモノですよ。たあ~、人気者はツライですねえ」

 デコにペチッと手をあてて悩ましげに首を振りやがる。

 クソ、何でこんなトラブルメーカーが俺らのアイドル気取ってんだ。せっかく人魚マーマン1号斬ったのに、早くも俺の怖さを忘れてやがる。

「白衛門、ソイツらの間に立て」
「御意」

 名残惜しそうに、黒リータの黒髪を愛おしそうに見ている小園。……何か俺が悪いみてえじゃねーか。
 そうだ、思い出したぜ。今から悪いコトするんだった。

「とにかく俺は腹が減ってんだ。白鮫人が獲った魚を今から焼いて食う。そのために火をおこさねーと何も始まらねえ」
「種主様、そればかりは……」
「ケッ! そんなら俺が自分で火を点けてやらあ。――貸せッ!」
「あ……」

 小園からオイルライターを奪い取ると、俺は甲板デッキにではなく、操舵室ブジッジに向かって歩きながら歌を歌う。

「ぶっかけ女、出ておいで~♪ 出ないとマン○をほじくるぞ~♪」

 我ながらひでえ歌詞w
 これくらい侮辱したってヤツは出て来ねえか……。

 仕方ねえ。
 マジでこの船、火祭りにしてやるぜ!



《中に厨房を作ってあげたわ。だから火遊びはやめてね、早漏クン》



 へえ、意外と早く降参しやがったな。

「感謝すんぜ」

《感謝はいいけど、顔射はやめてね》

「うるせえッ! 誰がするかッ!」

《あと、甲板デッキに小さな泉を作ってあげる。飲み水に使ってちょうだい》

 い、泉? 
 軍艦のクセして……ああ、そうか。コイツは軍艦である以前に島なんだった。


《いいこと? これは交換条件よ》

「は?」

《ワタシは絶対にいくさをしない。何故なら、勝利して大陸を統一し、元の姿に戻ったところで得るのは早漏クン、あなただからよ》

「……俺がそんなに嫌いか? そりゃ確かに俺は自分でも引くくらい早漏だから、オメーを喜ばせ」《そうじゃないわ》

 ぶっかけ女は話を遮って言いやがった。


《ワタシが永遠に愛するのは鴉王様だけ。ワタシは誰のものにもならない。誰も吸収したくないし誰にも吸収されたくない。ワタシはワタシ。……おわかり? ワタシがレベル1のままで周航し続ける理由を……》

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