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建徳二年長月二十八日 柿→宿借→紅葉
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君がはや秋の宮居にうつるべきほどもゝみぢの色にこそしれ
嘉喜門院
(紅葉、貴女は今のところ女御でいらっしゃるけれども、もう"秋の宮"――中宮……つまり、"複数の中の一人"ではなくて、ちゃんとした后になるのがまさにちょうどいい頃合いだと、秋の深まりを表す紅葉の色によって知ることですよ)
散らで猶千年の秋も色そへよ藐姑射の山の峰の紅葉ば
御製
(中宮に代わって詠ませていただきます。どうか散らないで、さらに千年の秋も綺麗に秋を映えさせてくださいね。母君も、紅葉も、お二人ともいつまでもお美しく……。そうそう、お二人の秘密の日記は、三年半経った今でも私の手元に保管してありますのでどうぞ御安心なさってください)
君すめば千年の秋もみかは水くもらぬ月の影やどる也
中宮
(清らかなあなた様が住んでらっしゃるから溝の水には曇りのない月光が映って見えます……って、そんなことはさておき本当でございますか? てか、盗った? 三年半もソレ隠して置きながら今更「日記はここにあります」だなんてサラッと衝撃的注釈、寛成様ってば一体どんな料簡なの? あとさ、歌と関係ない注釈なんてもはや注釈でも何でもないから。まあ私のもそうだけど。んで、ずっとお黙りになられて三年半も私達のことを扇子の内側でほくそ笑んでおられたのね? 双六の頃からまんま変わってない。全然清らかじゃないし、寧ろ寛成様の御心ってばドロドロに澱んでんじゃん。今からでも詠み直そうかしらん。思い出したくないけど、思い出しちゃったわ。日記を失くしたあの時、私はボロ雑巾のように柿様にこっぴどく叱られたんだから! 本当シャレになんないんだから。……あ、そうだ。アレお読みになられた上でこの私を選んでくださったってことは、もう首チョンパはとっくに免れたって解釈していいわよね? よかった! この三年半ずっと生きた心地がしなかったんだからね。そうそう、日記の首謀者たる柿様のことは、どうぞ隠岐でも佐渡でも八丈島でもどこでも御好きな場所へと御流しあそばせ。何ならこの私もほんの少しだけの間なら流されてもよくってよ? 私、天橋立とか厳島神社に流されてみたいわ。死ぬまでに富士の御山にも流されたいし。そうよ! 寛成様は筋金入りの宿借でいらっしゃるのだから、どうせなら三人揃って景勝地でも巡りましょうよ? そうしたら私、いっぱいあなた様のために恋の歌を詠んでさしあげるわ。……無理よね。そんなの夢物語だってわかってる。あなた様は小さな縄張りに縛られ幕府に狙われる哀れな宿借ですもの。それでいて、北朝と和睦など到底受け入れられない頑固な御方ですから八方塞がりよね。でも、私はそういうまっすぐなぶれないあなた様の御心に惚れたのです。ドブ川のように澱んでおられるからこそ、誰にも流されない強固な御意志をお持ちなのだから。あ、コレ一応褒めてるから。これで御心までが宿借みたいにあっちこっちウロウロしてる優柔不断だったらもう救いようがないからね。ぶっちゃけ私、足利に敗けるのもう覚悟してるし。それ込みで私は寛成様の元へ飛び込んだんだから。……で、今度はいつ吉野へお戻りになられるの? 別にいいのよ。私、あの辺鄙な場所、決して嫌いじゃないから。京になんて戻れなくても私は幸せ。鯛も松茸も鮑もいらない。そこに寛成様と柿様が側にいてくれさえすれば……。ねえ? 私、またあの寂しくて退屈な吉野で筍と浅利をおなかいっぱい食べたいわ。勿論、筍は頓珍漢より大きくて浅利はちゃんと砂抜きしてるやつね?)
――了――
嘉喜門院
(紅葉、貴女は今のところ女御でいらっしゃるけれども、もう"秋の宮"――中宮……つまり、"複数の中の一人"ではなくて、ちゃんとした后になるのがまさにちょうどいい頃合いだと、秋の深まりを表す紅葉の色によって知ることですよ)
散らで猶千年の秋も色そへよ藐姑射の山の峰の紅葉ば
御製
(中宮に代わって詠ませていただきます。どうか散らないで、さらに千年の秋も綺麗に秋を映えさせてくださいね。母君も、紅葉も、お二人ともいつまでもお美しく……。そうそう、お二人の秘密の日記は、三年半経った今でも私の手元に保管してありますのでどうぞ御安心なさってください)
君すめば千年の秋もみかは水くもらぬ月の影やどる也
中宮
(清らかなあなた様が住んでらっしゃるから溝の水には曇りのない月光が映って見えます……って、そんなことはさておき本当でございますか? てか、盗った? 三年半もソレ隠して置きながら今更「日記はここにあります」だなんてサラッと衝撃的注釈、寛成様ってば一体どんな料簡なの? あとさ、歌と関係ない注釈なんてもはや注釈でも何でもないから。まあ私のもそうだけど。んで、ずっとお黙りになられて三年半も私達のことを扇子の内側でほくそ笑んでおられたのね? 双六の頃からまんま変わってない。全然清らかじゃないし、寧ろ寛成様の御心ってばドロドロに澱んでんじゃん。今からでも詠み直そうかしらん。思い出したくないけど、思い出しちゃったわ。日記を失くしたあの時、私はボロ雑巾のように柿様にこっぴどく叱られたんだから! 本当シャレになんないんだから。……あ、そうだ。アレお読みになられた上でこの私を選んでくださったってことは、もう首チョンパはとっくに免れたって解釈していいわよね? よかった! この三年半ずっと生きた心地がしなかったんだからね。そうそう、日記の首謀者たる柿様のことは、どうぞ隠岐でも佐渡でも八丈島でもどこでも御好きな場所へと御流しあそばせ。何ならこの私もほんの少しだけの間なら流されてもよくってよ? 私、天橋立とか厳島神社に流されてみたいわ。死ぬまでに富士の御山にも流されたいし。そうよ! 寛成様は筋金入りの宿借でいらっしゃるのだから、どうせなら三人揃って景勝地でも巡りましょうよ? そうしたら私、いっぱいあなた様のために恋の歌を詠んでさしあげるわ。……無理よね。そんなの夢物語だってわかってる。あなた様は小さな縄張りに縛られ幕府に狙われる哀れな宿借ですもの。それでいて、北朝と和睦など到底受け入れられない頑固な御方ですから八方塞がりよね。でも、私はそういうまっすぐなぶれないあなた様の御心に惚れたのです。ドブ川のように澱んでおられるからこそ、誰にも流されない強固な御意志をお持ちなのだから。あ、コレ一応褒めてるから。これで御心までが宿借みたいにあっちこっちウロウロしてる優柔不断だったらもう救いようがないからね。ぶっちゃけ私、足利に敗けるのもう覚悟してるし。それ込みで私は寛成様の元へ飛び込んだんだから。……で、今度はいつ吉野へお戻りになられるの? 別にいいのよ。私、あの辺鄙な場所、決して嫌いじゃないから。京になんて戻れなくても私は幸せ。鯛も松茸も鮑もいらない。そこに寛成様と柿様が側にいてくれさえすれば……。ねえ? 私、またあの寂しくて退屈な吉野で筍と浅利をおなかいっぱい食べたいわ。勿論、筍は頓珍漢より大きくて浅利はちゃんと砂抜きしてるやつね?)
――了――
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みんなの感想(5件)
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おもしろかったです!
紅葉のはっちゃけぶりも相当ですが、つられているのか柿様もなかなかでおもしろかったです。
それなのに最終話はなんなんですか! しんみりせつないいい感じのお話になっているではありませんか!
思わずうるうるしてしまって、なんか負けた気がしましたよ。油断していました。完全にやられました。
この落差を違和感なく繋げるなんて、よんさん、さすがです。
霜月様、読了ありがとうございます。
うるうるきましたか。かなり品がないですが。
たまたま出会った冒頭の贈答歌が気に入って、それでこの話を書こうと思いました。
柿様も女御止まりだったのに、「あんた、ウチとこの息子の正妻になりなはれ」ってなかなか言えないことですよね。
寛成は南朝側でも次第に浮いてきて煕成(後亀山天皇)と対立するんですけど、それを紅葉が支えてくれたらいいですね。……「やっぱヒロくんがいい」とかは言わないと思います。多分。
お久しぶりのご執筆、南北朝時代でしょうか。
楠木というお名前を見るだけで忍者としては大変興味深いものでした。
屁が臭いのか。
今風の言葉遣いながらも、くだけすぎたとは感じない文章が素晴らしく、
読みやすく世界観と合致していると感じました。
戦が頻発する刹那の時代でも、今を生きる女性たちのイキイキとした姿が目に浮かぶようでした。
コタ様!!!!
お久し振りです。まさか読んでいただけたとは!
にけ様貴様様コタ様とこんなに感想をいただけるとは思ってもいなかったので本当に嬉しいです。
楠木ファンには大変失礼しました。
決して裏切り屁こき虫ではないです。屁は誰だって臭いです。
否、にけ様とコタ様の御屁は全然臭くないと思います。
瓶詰めにして宝にしたいくらいです。にけ様とコタ様のは。
すみません。三週間前までは南北朝が何なのかも知らなかった人間ですので……え? 楠木と忍者って関係あるの?
柿様、いろはの走った勘違い、鬼ですねw
そして紅葉の「天橋立とか厳島神社とか」、でめっちゃふいたし。
最後まで変わらず自由すぎる紅葉に完敗です。
紅葉がゆるぎなく紅葉でいようとするだけ、寂しさがより引き立って、すごくしんみりするラストでした。
にけ様、またも感想そして読了ありがとうございます。
交換日記は終わっても歌(注釈)での交流は終わらなかった二人+αですね。
天橋立とか厳島神社とかは、16800文字にするため強引に付け足したやつです。笑ってもらえてよかった。
紅葉という名前は私が勝手につけました。"西園寺公重女"だと重苦しいので。
貴様様も仰ってたんですけど、破天荒からのしんみりは効果として狙ってました。
てか、あのまま赤裸々オンパレードだったら書き手読み手双方持たんw