掌の上の園

すずしろ

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「何を訳の分からないことを」
「止めなさい」
娘が言い返そうとするのをクロウリーがピシャリと止めた。水を飲んだお蔭か声に張りが戻ったようだ。
「しかしクロウリー様」
「お止めなさい。私はサカガミ様に多大なる迷惑をかけたのです。」
まだ声は擦れ気味だが途切れることなくクロウリーは言った。絶対信じないとの立場を取ると瑠璃は考えていたのでこのクロウリーの台詞が意外に思えた。
「そんな、では」
クロウリーが行った招喚の儀は失敗だったのか。娘は色を失った。
「マージナ領が危機なのだとすれば何とかしたいと私は考えていた」
「クロウリー様」
「しかしサカガミ様の言うとおり、私は狭い世界しか知らずにいた」
クロウリーは目を伏せ、揺蕩う魂を思い出す。

(サカガミ様では無くあの魂を掬っていれば違っていただろうか)
いや。“人々”をマージナ領民限定で考えていたのだから矢張り根本が間違っていたのだろう。

「そこにいらっしゃいますね。」
クロウリーは真摯な視線を瑠璃に向けた。
「ロウディアシャ様」
「!?」
「見えるの?」
クロウリーの言葉に娘は驚愕し瑠璃を見た。瑠璃は娘を意に介さず右目を眇めてクロウリーに聞く。
「いいえ」
ゆっくりと首を振り答え、
「しかし存在は感じます」
ずっと側にあった気配だ。忘れるはずが無い。
ロウディアシャが憑いている。その事実が瑠璃の言い分が正しい証左だとクロウリーは考えている。

それを聞いた瑠璃は内心動揺した。瑠璃とロウディアシャとの交流はあくまで一方的に始まる。平素見えたことは無いし気配など感じたことも無い。声が掛かり返すことがあるが“いる”という感覚は無い。そんな瑠璃の心内を知らないクロウリーは言葉を続ける。
「我らが母よ。罪深き私に赦しを与えてくださり感謝します。」
クロウリーは首に手を添えた。刺すような痛みも締め付けられる様な苦しさも消えている。罰は終わったのだ。
「よし。じゃあ、この話は終わり!!」
瑠璃は強く手を打ち鳴らし話を強制終了させた。強引ではあるがとっとと終わらせ先へ進みたかった。ここでまごついている訳にはいかない。
「二度と私に関わるなよ?」
言い捨てて瑠璃は部屋を出ようとしたがクロウリーに止められ問われた。
「何処へ行かれるのですか?」
「関わるな」
有無を言わさず瑠璃は斬り捨てる。その言葉にクロウリーはゆっくりと首を振る。
「お急ぎとお見受けします」
「だから?」
分かっているなら止めるなとばかりに瑠璃は邪険に言い放つ。
「ここは北の地。街からは離れていますのでどこへ行くにも徒歩は厳しいかと」
クロウリーの瑠璃に対する姿勢を見て、今までの瑠璃への対応から娘はバツが悪そうに言った。
(拙い)
おそらく夜が明け不在が知られればカイン達がGPSを元にすっ飛んで来て強制帰還。
「もし目的地がはっきりとしていらっしゃるのであれば“鳥”をお使いください」
クロウリーは娘に目配せし、娘は頭を下げて応じて部屋を退出した。
「“鳥”は長距離を移動するのに適しています。どうかお役立て下さい」
お詫びにもなりませんが。クロウリーは申し訳なさそうに言い添えて深々と頭を下げた。
(鳥?鳥ってあの鳥?)
翼が会って嘴があって大半が飛ぶ。
(いや。鳥は夜目が利かないから隠喩の類いか?)
頭に無数の鳥を思い浮かべながら瑠璃は混乱した。
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