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10-2.妖精卿と翅の喪失編2【R-15:垂れないように手で抑える】
しおりを挟む体力が尽きるまで体を重ね、休憩する為に寝台で寄り添い合って横になる。
彼の体温を感じながら、俺は微睡みの中で言葉を交わしていた。
「グレイシス、もう一度好きって言ってください。可愛かったので」
「嫌だし、魔力が好きだって言っただけだよ」
ヴァルネラは懲りずに同じ言葉を言わせようとしてるが、当然応じる気はない。
あれは不慮の事故だったし、好きの方向は彼に対してじゃないと主張する。
「それでも構いませんから、また聞きたいんです。ね、お願いですから」
「……好きだよ、魔力が」
何度も聞くなと念押しながら、俺はヴァルネラの言葉に被せるように告げた。
誤解するなと睨みながら釘も刺すが、彼の機嫌は良いままだ。
「ふふ、そうですか」
「なんでそんな満足そうなの、……ふわぁ」
まだ行為を続けるつもりではあったが、俺は噛み殺し切れない欠伸を漏らす。
これは今回だけではなく、連日の行為で蓄積された疲労のせいでもあった。
「ふふ、疲れちゃいましたよね。寝ててください、綺麗にしておきますから」
「やだ、掻き出さないで、入れたのが出ちゃうじゃん。ってなんで天を仰いでるの」
俺を抱き上げようとする腕を拒否すると、ヴァルネラは前屈みで頭を抱えていた。
その奇行に俺が戸惑っていると、彼は神妙な顔つきで口を開く。
「いや、自分のものを出したくないって言われるの、思ったよりも興奮するなって」
「馬鹿じゃないの。っうあ、足に垂れてきた。しばらく手で押さえとこ……」
身動きしたせいで後孔から白濁が流れ出てくるから、慌てて俺は指で栓をした。
けどその指も白く塗れて、眺めていたヴァルネラの目が獰猛に細められる。
「……わざと煽ってるんですか? それなら受けて立ちますよグレイシス」
「違うって。魔力を、もっと吸収したくて……、ふ、わぁ」
しかしちゃんと話そうとしているのに、それもままならない眠気に意識が霞んだ。
翅が魔力を吸収している最中だから、より体力が奪われているのかもしれない。
(だめだ。最近は行為をしてるか、睡眠を取ってるかの二択になってるな)
妖精化が進行するにつれて食欲が消え、性欲と睡眠欲に支配される。
徐々に人間から離れ始めてるが、その思考を遮るように彼が近づいてきた。
「やっぱり、体に悪いから出しましょう。また何度でも、お相手いたしますから」
「いいって言ってるのに、……あっ、ん。指入れちゃ、やぁ……」
蓋をしていた手を退けさせたヴァルネラは、俺の中に指を差し入れてくる。
掻き出す為に動かされると、眠気と甘い刺激が同時にやってきて抗えなくなった。
(体を好きにされてるのに、睡魔のせいで動けない。……あ、また弄られてる)
足を閉じる力もない俺はされるがまま、ヴァルネラの指使いに感じ入ってしまう。
途切れ途切れの嬌声を上げながら、彼の肩口に頭を擦り付けている。
「可愛いですねグレイシス。こんなに無防備じゃ、もう外には出せないなぁ」
眠りに落ちる直前の俺に、ヴァルネラの鬱蒼とした独り言が届く。
けれど返事は思いつけず、俺はそっと意識を手放した。
次に目が覚めたのはヴァルネラの声ではなく、外からの叫び声が原因だった。
部屋にヴァルネラの姿はないから、その隙を見計らって彼は来たのだろう。
「……レイシス、起きて! グレイシス!」
「ディーロ。屋敷の中にまで入って、ヴァルネラに見つかったら面倒だよ」
門に向かおうとすると窓からディーロが乗り込んできて、俺は眉を顰める。
だが対抗策を見つけたらしく、彼は紋様の描かれた外套を見せつけてきた。
「存在隠しの外套を使ってるから大丈夫! それより、妖精化が進んでるじゃん!」
「強い魔法使いになる為だからね。異様かもしれないけど、俺は後悔してない」
ディーロは久々に会った俺を心配しているが、自分で選んだ道だから悔いはない。
けれど俺の虚勢を見透かすように、彼は大きな瞳で俺の顔を覗き込んできた。
「妖精卿と、その、やらしいことをしてまで?」
「どうしてそれを知ってるの、ディーロ」
まさか行為を知られているとは思わず、俺は真っ赤になりながら身を強張らせる。
けれどディーロも負けず劣らず顔を赤くし、知った経緯をぽつぽつと語り出した。
「妖精卿に迫られてるの、窓から見えたから。ちょっとだけど」
(うわ、もう絶対に窓の近くではしないようにしよう)
外から見られてたなんてと俺は羞恥に悶え、周囲の視線に気を払おうと決心する。
だがそこが話の主軸ではないらしく、彼は気を取り直そうと頭を振っていた。
「あれから色んな家門の研究を調べたけどさ、翅の症例の一つに肥大化があった。このままだと死んじゃうよ、グレイシス」
「……え、嘘でしょ」
さっきとは一転して真面目に現状を告げるディーロに、俺は動揺を隠せなかった。
体の変化は自分が一番分かっていたけど、そこまで重い症状だったなんて。
「……死ぬって、そんなに危ないの。今の状態って」
「大きくなり過ぎた妖精の翅は、宿主から過剰に魔力を奪う。吸い尽くされれば衰弱して、近いうちに死に至る」
ディーロの説明を受け入れられない俺は、早鐘を打つ心臓を押さえつけている。
でも彼の説明を裏付けるように、翅は今も魔力を欲していた。
「ヴァルネラは知ってたのかな、このこと」
「あの人は稀少な成功例だし、失敗作のことなんて知らないと思う。だからこそ、ここにいちゃいけない」
ディーロは俺に危機感を取り戻させるように、肩を掴んで必死に訴えかけてくる。
彼の瞳には兄弟分を案じる色が滲んでいて、言動に嘘がないことを伝えていた。
「俺と逃げよう、グレイシス。今は魔道具もあるし、どうにか生きていけるよ」
「……ごめんディーロ、それはできない。一人で幸せになって」
けれど今更差し出された手を取ることはできず、俺は決別を告げるしかない。
しかしディーロは折れることなく、俺の肩を掴んだまま離さなかった。
「できないよ。俺、グレイシスのこと絶対に諦めないからね!」
「もう救わなくていいのに。……待ってヴァルネラが戻って来た、屋敷を出て!」
廊下から玄関の扉が開く音が聞こえ、俺はディーロを窓から押し出そうとする。
すると彼も慌てて庭に降りて、門の外へと走り去っていった。
「グレイシス、誰かと話していましたか」
「ううん、ただの独り言。……もう、またすぐに翅を弄ってる」
入れ替わりでヴァルネラが部屋に入ってくるが、俺は誤魔化して寝台に誘う。
そうすれば彼の視線は翅に吸い寄せられ、疑問など簡単に消え失せてしまった。
「本当に嬉しいんですよ、貴方が同類になってくれるのが」
(笑顔が可愛い。俺、やっぱりこの人が好きなんだ)
ディーロの言う通り、魔法に関与せず二人で生きていくことは可能なのだろう。
けれどそれを選ばないのは、ここに残る理由が魔法ではなくなったから。
(ヴァルネラが好きなのは、俺じゃない。けど翅がある限り、目を向けてもらえる)
彼の興味が引けるうちは一緒にいたくて、忠告を聞き入れることができない。
きっと手遅れになってから、愚かだったと後悔するのだろうけど。
「ずっと一緒にいてくださいね、大切にしますから」
注がれる愛が自分に向けられていないと分かっていても、その幸せを享受したい。
破滅の足音は聞こえないふりをして、俺は大きくなりすぎた翅をはためかせた。
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