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1.魔法契約編

6-1.魔法執行官編1

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 玄関の呼び鈴が鳴って、俺とスヴィーレネスは顔を上げる。
 公爵邸に滞在してから数日、初めての来客だった。

「古い友人が、様子を確認しに来たようです。オルディールはここにいてください」
「分かった、ここで魔法の練習をしてるよ」

 玄関に向かうスヴィーレネスに頷き、俺は紅茶に魔法を掛ける作業に戻る。
 もう小さな子供ではないから、客人を覗き見しようとも思わない。

(紅茶をかき回す練習でもしていよう。もうちょっと勢いを落として、……?)

 跳ねまわる紅茶の雫から逃げていると、玄関が騒がしくなったのを感じた。
 言い争うのともまた違う、一方的な叫び声が扉を抜けて貫通してくる。

「お前っ、いつの間に死んだんだスヴィーレネス!?」
「すみません、エンヴェレジオ。言う機会がなくて」

 その声を聞いて俺は、スヴィーレネスが死亡連絡を怠っていたのだと理解した。
 けど異世界とは言え友人に会いに来て、幽霊に出迎えられたら驚くのは無理ない。

(でも下手に公言すると、公爵邸が解体されたりとかするのかな。分かんないけど)

 スヴィーレネスは肉体的に他界しているが、魂は生存している複雑な状況だ。
 けれどその答えが出る前に、客人の声が止まったことに気がついた。

「待て。スヴィーレネス、お前一人でここに住んでるわけじゃなさそうだな」
「どうして、そう思うんですか」

 エンヴェレジオさんの足音が近づいてきたから、俺は反射的に物陰へ身を隠した。
 彼は古い友人だと言われていたけれど、その関係は良好に思えなかったから。

(助けを求めるかは難しい所だ。スヴィーレネスは今のところ優しいし、あの人が信用における証拠もない)

 部屋に踏み入って来たのはがっしりとした体格の、短い黒髪の青年だった。
 スヴィーレネスと同じ年頃で、表情は険しいが近寄りがたい雰囲気ではない。

(杖を持ってる、やっぱり魔法使いなのかな)

 彼は身の丈以上の大杖を持ち、部屋の中を見渡している。
 俺の存在にはまだ気づいていないけど、ある一点で視線を止めた。

「失敗した魔法の痕跡が残ってる。お前、そんなことしないだろ」
(鋭いな、その通りだ)

 机には飛び散った紅茶と、放り出された匙が残っている。
 特級魔法使いであれば起きる失態ではなく、俺の存在を仄めかしてしまっていた。

「そこか!」
「っ、離せ!」

 大股で近づいてきた青年が、思っていたより大柄だと気づいた時にはもう遅い。
 素早い動きで腕を伸ばされ、逃げるよりも早く俺は捕まってしまう。

「スヴィーレネス、お前どこから子供なんて連れてきたんだ」

 服を掴まれて宙に浮いた俺と、黒髪の青年は視線を合わせる。
 彼の瞳は驚愕の後、特級魔法使いに対する疑念の色を浮かばせた。



 スヴィーレネスと来客が対峙するように座り、その中間で俺が椅子に身を沈める。
 喧嘩をしているわけではなさそうだけれど、随分と空気が気まずかった。

「経緯は大体分かった、けど正直信じきれない」
「具体的に、どこがですか」

 大人二人が睨み合っているのを、俺はただ眺めている。
 重要な話なら退出すると申し出たが、それはエンヴェレジオさんに却下された。

「お前が他人を匿ってるってところだ、人嫌いが治ったわけじゃないだろ」
「俺はどちらかというと、愛玩動物扱いだから気にしてないんだと思う」

 俺の言葉にエンヴェレジオさんが立ち上がり、スヴィーレネスに杖を振り上げる。
 杖を向けられた彼の顔色は青白く、俺は過ちを犯した事に気づいた。

(あ、選択肢外したっぽい。擁護のつもりだったんだけど)

 エンヴェレジオさんは数少ない真っ当な魔法使いらしく、顔が引きつっている。
 魔力なしの人権を気にする人は少ないから、判断を誤ってしまった。

「その子、まさか奴隷とかじゃないよな!?」
「違いますよ!! というかオルディール、そんなこと思ってたんですか!?」

 疑いをかけられたスヴィーレネスも、椅子を吹き飛ばす勢いで立ち上がる。
 けれどエンヴェレジオさんはそれを無視し、俺の肩を掴んできた。

「オルディール君、だっけ。一回おじさんと、ちゃんと話をしよう」
「彼をつれていかないでください、エンヴェレジオ!」

 必死な形相でスヴィーレネスが、エンヴェレジオさんを呼び止める。
 しかし彼の視線は依然として厳しく、彼に身動きさえ許さないと物語っていた。

「ちょっと別室で話すだけだ、やましいことしてないなら問題ないだろ」

 答えに窮したスヴィーレネスを残し、エンヴェレジオさんが俺と共に部屋を出る。
 背後からの視線が最後まで刺さっていたが、俺は振り返ることも出来なかった。
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