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2.売られる為に召喚された後天性サキュバスの俺は、魔物嫌いな溺愛調教師と同居生活を始める
2-2.売られる為に召喚された後天性サキュバスの俺は、魔物嫌いな溺愛調教師と同居生活を始める
しおりを挟む陽が落ちる前にまたカリタスが部屋を出て行き、今度は食事を抱えて戻ってきた。
だが二人分にしては量が多く、聞けば食堂で端から調達してきたとか。
「夕食は私のと同じものを用意した、苦手なものはあるか。量は足りるか」
「十分だよ。というか従魔が、主人と同じもの食べていいの」
机の上には油が滴る肉を乗せた料理から、果物が盛り込まれた皿まで並んでいる。
その豪勢さに俺が戸惑っていると、見かねたカリタスが取り分けてくれた。
「対外的に従魔としているが、君の扱いまでそれに準じる気はない」
「まるで客人扱いだね、ありがたいけど。……?」
そして感謝を伝えながら食事を口に運ぶが、ここで俺は違和感を感じる。
別に痛みや痺れが走ったわけじゃない。逆だ、何も感じなかった。
(味がしない。でも料理の色が薄いわけでもないし、カリタスも普通に食べている)
目の前の主人は選り好んでいる様子はなく、全ての料理に口をつけている。
毒は入っていないという無言の意思表示だとは思うが、尚更謎は深まった。
(色々ありすぎて、味覚障害が起きてるのかな。なら少しでも胃に入れないと)
精神的な問題だとしたら、味に引っ掛かってないで食事に集中した方がいい。
今後腹を満たせる保証はないし、用意してくれた主人の機嫌も損ねたくない。
(少しでも、心と体を回復させないと。壊れてる余裕なんてないんだから)
無味な食事を流し込んで、ぎこちなく笑顔を繕って感謝してみせる。
けれど量を稼ぐ事はできず、早々に俺は匙を手放してしまった。
そして夜空に星が見える時間帯になり、話題は就寝に移り変わる。
でも俺は部屋に入った時点で、自分の居場所を決めていた。
「本当に寝る場所は床でいいのか。私は野営の経験もあるし、どこでも寝れるが」
「主人を差し置いて、自分だけ寝台で眠れないよ。大丈夫だって」
俺は部屋の隅に丸まって横になろうとするが、カリタスは寝台を譲ろうとしてくる。
けどそっちの方が俺は気になるし、離れた時に環境の差で落胆したくもなかった。
「ならばせめて毛布を掛けてくれ、枕も持っていくといい。いや先に敷物か」
「随分過保護だね。冬でもないし、雨風凌げるだけで充分なのに」
尚も彼は納得がいかなそうだが、妥協案を模索する方向に舵を切ったらしい。
悩んだ末に台座を用意し、その上に敷物を重ねて場所を作ってくれている。
「私には、主人としての責任がある。それに淫魔は魔物の中でも弱いからな」
「戦うのに向いてないってだけで、そこまで虚弱でもないでしょ」
更に一枚では心許ないと感じたのか、次から次に敷物が積まれていく。
最終的に寝台から毛布が足され、小さな寝床が完成してしまった。
だがそれでも不足だと感じているらしく、彼は難しい表情を崩さない。
「それに私は、他者の痛みに疎い部分がある。配慮する分には問題ないだろう」
殆どの寝具を明け渡したカリタスが照明を落とし、ようやく自分の寝台に潜り込む。
そして寝息が聞こえてから、俺も強張っていた体から力を抜くことができた。
しかし夢も見ないほど深い眠りに落ちていたのに、不意に俺の意識が浮上する。
周囲が見渡せる程度には明るいが、まだ朝というにも早い時間なのに。
(吐き気がして、寝付けない。というか食べ物がお腹に残ってる感じがする)
少女のように薄い体になったせいで、自身の腹が膨らんでいるのが分かる。
どうやら夕食を消化しきれなかったらしく、胃が重くなり気分が悪い。
(呼吸するのも辛い、でも過食とかじゃない。結局量は食べれなかったんだし)
とはいえ吐き出す程でもないし、時間が過ぎるまで気を紛らわせるのが無難だろう。
せめて二度寝できればと目を閉じるが、息苦しさでうまく叶わない。
(けど耐えないと。部屋を汚したりして、カリタスの機嫌を損ねたくない)
ここにいつまで居れるかは分からないが、追い出されるまでは穏やかに暮らしたい。
それをなんとか実現させる為に、俺は寝台に伏せながら浅い呼吸を繰り返した。
空が白んできた頃に胃の不快感から解放され、俺はまた微睡み始める。
だが短い悲鳴が聞こえたせいで、今度は飛び起きる羽目になってしまった。
「リベラ、大丈夫か!? 誰に襲われたんだ!?」
「え、な、なに? っいた」
俺の元に駆け付けたカリタスは酷く慌てているが、俺はまだ状況を把握していない。
けど引っ張られるような痛みを感じて、自分が怪我を負っている事に気がついた。
(肌が痛いし、服が貼りついてる。というか血塗れだ、俺)
借りていたシャツには血が滲み、皮膚には大きな擦り傷ができている。
動かなければ痛みもないから、深い傷ではなさそうだけど。
「血の原因はなんだ。外傷か、それに顔色が真っ青だ」
「カリタスだって、顔が真っ白だよ。あと多分、原因は布擦れだと思う」
主人に大怪我はないと伝えても、今度は渡した服が原因かと頭を抱えさせてしまう。
恩を仇で返したくなくて誤解を解こうとしても、彼の動揺は収まる気配が全くない。
「確かに皮膚が炎症を起こしているな。痛みは大丈、いや、痛いに決まっているか」
「平気、でも服を汚してごめんね。せっかく貸してくれたのに」
震える手でカリタスは傷を診ようとしてくれるが、服を捲ることさえ躊躇っている。
魔法契約で酷く傷ついた俺を考慮し、彼は慎重に接しようと努力してくれていた。
「汚れなど魔法でどうにでもなる。だが私は魔法が苦手だ、薬を買ってくる」
「水で洗っておけば平気だよ、お金なんか使わなくていいってば」
従魔に気を遣わなくて良いと呼び止めるが、存外心配性な彼は既に走り出していた。
俺が手を伸ばすよりも早く立ち上がり、部屋を出る直前で振り返る。
「そんなわけにはいかない。応急処置を終えたら、早めに校医の元へ向かおう」
(カリタス、本当に良い人なんだろうな。不愛想だから分かり辛いだけで)
綺麗で感情を感じられない顔の下には、多分普通の人以上に優しい情が隠れている。
触れ続けると自分の境遇を忘れそうになるから、絆され過ぎてはいけないけれど。
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