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4.売られる為に召喚された後天性サキュバスの俺は、魔物嫌いな溺愛調教師と授業に参加する
4-3.売られる為に召喚された後天性サキュバスの俺は、魔物嫌いな溺愛調教師と授業に参加する
しおりを挟む戦闘授業が無事に終了してから、カリタスは終始上機嫌だった。
表情の変化は僅かだが、足取りは普段よりもずっと軽い。
「リベラ、疲れてなければ寄りたい場所がある。付き合ってくれるか」
「……? いいよ、ディコラルタさんのとこ?」
俺は授業による緊張から解放され、カリタスの腕の中でもたれ掛かっている。
そのまま抱き上げられて移動しているが、気疲れで頭が働いていない。
「そうではないが、奴に教えてもらった場所だな」
落ち着いたカリタスの声を揺られながら聞いていると、緩い欠伸が出てくる。
だが眠らずに済んだのは、清涼感がある匂いに意識が向いたからだった。
「すっきりした匂いがする場所だけど、薬草園? 薬を買うの?」
「いや、目的は併設された喫茶店だ。私も初めて訪れる」
腕の中から体を起こすと、緑に彩られた薬学科の学舎が目に入った。
カリタスはそれらを通り抜けて、小洒落た店に辿り着く。
(他の学科から離れた場所にあるから、喧騒がない。落ち着くな)
扉を開くと、来客を知らせる鈴が涼やかに響いた。
店内には甘い香りと、談笑の声に満ちている。
「アルランネ、個室の庭園は空いているか。目立たない場所で休憩したいんだが」
「申し訳ありませんが、本日は一杯でして。屋外席なら空いていますが」
店の奥から出てきた店員さんは、眼鏡を掛けた緑髪の青年だった。
糸目に眼鏡を掛けていて、物腰柔らかな笑みを浮かべている。
だが気は弱くないようで、カリタス相手に堂々と対応していた。
「なら本日は、買い物だけにさせてくれ。急に無理を言ってすまない」
「とんでもない、代わりに予約を承りましょう。どうぞこちらへ」
アルランネさんは勘定台に案内するが、直後に商品棚に釘付けだった俺に気づく。
即座に悪戯する気はないと目を逸らすが、彼は愛想良く笑いながら話しかけてきた。
「お連れ様、興味があれば是非ご覧ください。本日は人間のお客様のみですし」
「なら甘えさせてもらおう。リベラ、行ってくると良い」
カリタスまで興味を惹かれていた様子に気づき、腕の中から降ろしてくれた。
若干気恥ずかしくなりながらも、俺もせっかくだからと店内を歩き始める。
(陳列されたお菓子、すごい綺麗だ。もう食べれないけど)
しかし嗜好品は魅力的だが、俺はもう普通の食事を受け付けなくなってしまった。
そこから食への興味も失われていたが、美しい外観には未練がましく目を奪われる。
けど異世界のお金を稼げる宛もないから、自分で手に入れられる日は訪れない。
「……本日は、これらを包んでくれ。あぁ、助かった」
「カリタス、用事終わったの? もう帰る?」
だから華やかな購入場所には背を向け、会計が終わったカリタスに声を掛ける。
そして腕を真っ直ぐに伸ばすと、片腕で再び抱き上げられた。
「買い物は完了した。それより、気になるものはあるか?」
「ううん、大丈夫。見ていただけ」
商品棚を熱心に眺めていたのがバレていたが、必需品でもないから頼む必要はない。
それよりカリタスが下げている、可愛らしい商品袋の方が気になっていた。
(中から硬い音がするけど、食器でも買ったのかな。ここ雑貨も置いてあったし)
正直ディコラルタさんが選ぶ店だから、カリタスの好みには合ってない気がする。
けれど余計な詮索はせず、俺は帰るまで荷物と一緒に揺られていた。
部屋に戻るとカリタスが机の上で、さっそく先程の袋を開封し始める。
俺も手元を覗き込んでいたが、取り出されたのは想像通りの品だった。
「勝手に選んでしまったが、この杯は気に入ってくれるだろうか。良い品らしいが」
「透明で、細工が入っていて綺麗だ。俺が使っていいなら、すごく嬉しい」
陽の光を受けて輝く杯は二つ揃いで、持ち手や縁まで金細工が施されている。
それ以外の部分は透明になっており、それだけでも煌めく様が美しかった。
「そうか、良かった。今まで私の分しかなかったから、一式揃えてみたんだ」
「全部並ぶと壮観だね。見てるだけで楽しいし、その袋も良い香りがする」
杯の隣には同じ意匠の小皿が並べられ、良い匂いの袋も添えられている。
それを開けると乾燥した蕾が現れ、丁寧に杯の中へ入れられていく。
「それを瓶の中で浸すと、紅茶ができると聞いた。店の推薦品らしい」
「いいね。じゃあ俺、焼き菓子を皿に載せるよ。へぇ、こっちも花が入ってる」
焼き菓子の説明書きによれば、魔法植物を主原料として作っている物らしい。
であれば花の魔力を好む俺が興味を惹かれるのも、当然の結果ではあった。
「薬学生が育成した、魔力を含んだ花だ。これならリベラも食せると考えたんだが」
「嬉しいよ。けど衣食住与えてくれるだけで充分なのに、勿体ないというか」
俺はご褒美を貰えるほど役に立っていないから、下手な遠慮ばかりしてしまう。
けれど素直にお礼も言えない淫魔に、カリタスは相変わらず怒らない。
「僅かでも契約に、私が保険を掛けておきたいだけだ。君を繋ぎ止める為に」
「俺、もう逃げないよ。一人で生きられないのが分かったから」
散々怯えて逃げ惑って、彼の元でしか生きられないのだと既に理解している。
けれどカリタスは何故か目を伏せ、別の言葉を探そうとしていた。
「……そうではなく、いや、水が沸いたな。淹れるから座っていてくれ」
(なんか納得してなさそう、安心材料を伝えたはずなのに)
カリタスが魔法石で沸騰させた水を淹れると、杯の中で蕾が綻び始める。
すると甘い蜜のような香りが満ち、肩の力が抜けていった。
「少しでも拒否反応があったら、我慢せずに伝えてくれ」
「分かった。じゃあ、頂くね」
緊張していた空気は押し流され、勧められるまま杯に口をつける。
すると舌に温かさが広がり、清涼感のある魔力が体内を駆け巡った。
(花の魔力が大部分だから、抵抗なく飲める。蜜が入ってるのか、すごくおいしい)
最近は水すら最低限しか飲んでいなかったが、これは必要以上に欲しくなる。
そして夢中で喉を潤す俺を、カリタスは目を細めて眺めていた。
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