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7.売られる為に召喚された後天性サキュバスの俺は、魔物嫌いな溺愛調教師のせいで情緒不安定に陥る
7-1.売られる為に召喚された後天性サキュバスの俺は、魔物嫌いな溺愛調教師のせいで情緒不安定に陥る
しおりを挟む祝祭から数日経ったが、もう俺の体に異変が現れることはなかった。
指先は人形のように細く、誰かを傷つけられる力は秘めていない。
(残念だけど、仕方ない。それより今は、お茶会を楽しんだ方がいいか)
以前入れなかった予約制の喫茶店が、遂にカリタスへ用意された。
その恩恵に預かり、今日は一緒に席へと誘われているが。
(それにしても最近、カリタスの雰囲気が柔らかくなったな)
目の前には杯の中に、蜂蜜や粉乳を山程入れるカリタスの姿があった。
俺の好みを把握してから、彼は味の調整してから手渡してくる。
(口調は相変わらず硬いけど、声にも甘さが混じるようになったし)
張り詰めた雰囲気を持つカリタスだが、俺の前だと目尻を緩める事が多くなった。
自覚はないだろうけど、それが他者の目を惹くことも増えてきている。
けれど今は区切られた庭園の中にいるから、不躾な視線は届かない。
「ようやく個室の庭園が取れたが、甲斐はあったな。他人に邪魔されることがない」
「のんびりできて良いね。棘の生垣で人目も感じないし、植物の魔力が気持ちいい」
背の高い植物に囲まれた、小さな休憩場には穏やかな時間が流れている。
時折店員が訪れて、紅茶や焼き菓子の追加を聞きにくる程度だ。
「それは私の魔力より好ましい物なのか? もっと遠慮せず、触れて構わないのに」
「必要な分は貰ってるよ。でも慣れ切っちゃうと、いざって時に辛くなるでしょ」
余程気が抜けているのか、カリタスが嫉妬を垣間見せるように問いかけてくる。
だが頼り切りになるつもりはないから、いつも通り一定の線は引いておく。
(カリタスが卒業したら、俺は用済みになる。依存状態は絶対に避けたいし)
カリタスは俺がいなくても生きていけるが、その逆は現状有り得ない。
でも人生は続いていくから、離れた後の事を常に考えておくべきだった。
「リベラ、こっちを向いてくれ。最近上の空だ、心配事があるなら教えてくれ」
「そんなんじゃないよ、ちょっと考え事してただけ。心配しないで」
でも彼の元にはまだ留まるつもりだし、この関係は壊したくない。
我儘で自分勝手だけど、どうか今だけは許してほしかった。
(愛着で凌ぐのは、この一刻だけ。俺に必要なのは、一人で生きていける力だから)
勘違いしそうな時もあるけど、俺達は契約によって結ばれている。
それが解除されれば、彼が助ける義務も消失するから。
(黒い爪への執着が、心に張り付いて離れない)
俺に必要なのは不安定な愛情ではなく、確実に蹂躙できる力だ。
他者の一存で脅かされない安寧を、心の奥で渇望している。
その欲望を、俺は決して忘れてはならなかった。
机の上に置かれた砂時計が尽き、お茶会の時間が終わりを告げる。
同時にアルランネさんも現れたが、申し訳なさそうに眉を下げていた。
「お時間ですので、退出をお願いします。あとカリタス様、客人が見えていますが」
喫茶店の入口に目を向けると、そこには着飾った美女のような魔物が立っていた。
首に所有痕をつけておらず、主人らしき人物も見当たらない。
(カリタスに、従魔契約時を持ちかけようとしている魔物かな。最近多いんだよな)
二人で授業に出るようになってから、周囲の評価が覆っていくのを感じていた。
特にまともな主人を求める魔物からは、頻繁に声を掛けられている。
ただカリタスは義理堅いから、目移りする様子も全くないが。
「誰とも会う約束はしていないし、重要な用事ではない。適当にあしらってくれ」
「会うだけでも難しいですか? 薬学科に貴重素材を提供して頂いてる方でして」
しかし困り果てたアルランネさんに懇願され、カリタスは言葉を詰まらせる。
そして俺へと視線を向け、狼狽しながらも判断を委ねてきた。
「……リベラ、顔だけ見せてきて良いか。ここには、世話になっているから」
「もちろん。一人で大丈夫だから早く行って、戻ってきてよ」
カリタスは丁寧に伺いを立てるが、本来は従魔の許可など不要だ。
でもその気配りこそが、彼を魅力的に際立たせている。
「なにかあったら、すぐに声を上げてくれ。必ず駆けつける」
彼は傍を離れる直前に、俺の頬を優しく撫で上げた。
それだけで心が軽くなるのだから、俺の思考はまた滅茶苦茶になってしまう。
カリタスを待つ場所として、俺は喫茶店側から窓際の席を案内される。
そこは店員の目も届き、外の様子も伺える良席だったが。
(カリタスと話してる魔物、綺麗だし並んでると絵になるなぁ)
背が高く容姿端麗なカリタスと、妖艶な雰囲気を持つ魔物は釣り合いが取れている。
周囲の人々も目を奪われ、貶すような言葉も聞こえてこない。
(俺はカリタスの隣にいると、不相応だと思うのに。……え、少しだけ笑った?)
そして今まで鉄面皮しか見せなかったカリタスは、ぎこちなく口角を上げていた。
笑顔を向けられた魔物の目も、蕩けるように潤んでいる。
「お客様、大丈夫ですか!? っ、サキュバスの魔力が暴発している……!」
(動悸が止まらなくて、胸が苦しい。体が熱くなって、息が荒くなる)
異変に気づいたアルランネさんが飛んでくるが、俺は椅子から倒れ落ちてしまった。
しかし冷たい床に体を横たえても、暴走した体の熱は治まらない。
けれど同時に、屋外から俺の元へ駆けてくる音も近づいてくる。
「リベラ、どうしたんだ!? すまないが話は終わりだ、これで失礼する!」
窓の外を覗き込む事は出来ないが、俺を案じる声は明瞭に届く。
だから息が苦しくても、さっきよりは落ち着いていられた。
(カリタスが、よそ見もせずに走ってくる。抱き上げて、心配してくれてる)
介抱されているだけなのに、彼の腕に収まれた事が嬉しくて堪らない。
外では美しい魔物が、憤怒の形相で立ち尽くしているというのに。
(矛盾している。離れないといけないのに、いざ兆候が見えると辛くなる)
既に体の熱は引いているが、カリタスは不安そうに顔を寄せてくる。
その瞳の中には、俺以外に誰もいない。
(嫉妬してるんだ、俺。身の程知らずに)
恋人でもないくせにと自身を罵るが、胸の奥は歓喜で満たされる。
後ろ暗い独占欲が、少しづつ俺を蝕み始めていた。
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