ヤンキーくん、キモオタストーカーに完堕ちさせられる

すりこぎ

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クラスメイト

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 時刻は昼休みの時間帯に差し掛かっていた。馬鹿みたいに騒ぎ立てる生徒どもに苛立ちを募らせながら、俺は廊下の床を踏み鳴らす。ジンジンと疼く頬と口内に広がる血の味が不快感を助長していた。こちらに気が付いた生徒たちの顔が恐怖に引き攣り、慌てて飛び退いて進路を譲ろうとする。一斉に浴びせかけられる怯えた視線に俺はフンと鼻を鳴らし、教室のドアを乱暴に開けた。
 いつもつるんでいる悪友の谷口が、ひらひらと手を振って「よう」と声を掛けてくる。

「えーいち、重役出勤オツカレサマ~。どしたん、その顔。喧嘩?」
「うっせえ。なんだっていいだろ」
「なになに、まさか負けたの?」
「負けてねぇ! 一発食らっただけだっつの」

 めったに負傷することのない俺の失態に、谷口は野次馬のような好奇の視線を隠そうともしない。能天気なそのツラをキッと睨みつけてやったが、そんなことでビビるような男でもなく、谷口はいつも通り、人を食ったような笑みを浮かべた。

「へぇ、珍しいこともあるもんだな。今夜の天気は大荒れか?」

 俺が殴られるのと今夜の天気になんの因果関係があんだよ。ふざけたことを抜かす谷口の頭を軽く小突き、俺は自分の席へと向かった。
 登校してからまず机の中をチェックするのは、ここ最近の日課になっている。誰だか知らないが、毎日欠かさず俺の好きな菓子や飲み物を差し入れてくる奴がいるのだ。初めは何かの罠を警戒して一切口をつけずに処分していたが、どれも未開封のものばかりなので次第に気にしなくなった。今では退屈な日々のささやかな楽しみにすらなっている。

「……あ? なんだこれ」

 しかし本日の品は、期待していたような飲食物ではなかった。赤地に白の十字がプリントされたポーチ……なんだこれ。救急セット?

「あ、し、しし清水くん……」

 隣の席の奴がくぐもった気持ちの悪い声でもごもごと話しかけてくる。見るからに冴えないもっさりとしたキモオタ男だ。名前すら覚えていないが、度々パシリに使っている男だった。

「アァ゛? んだコラ文句あんのか」
「いやっ、えと、えとえと……」
「はっきり喋れや、気持ちわりぃ」

 おどおどした挙動不審なその言動に、苛立ちと嗜虐心が沸き上がってくる。腹の底に溜まった憤りをぶつけるには、目の前の男は実に都合のいい相手だった。机の脚を軽く蹴って俺がガンを飛ばすと、キモオタはびくりと肩を竦め、大きな体をみっともなく丸めて縮こまった。その手からスマホが滑り落ち、乾いた音を立てて俺の足元に落下する。
 途端に、画面いっぱいに広がる肌色が目に飛び込んできた。気の強そうな金髪のアニメキャラが全裸で手足を拘束され、屈辱と羞恥に歪んだ表情を浮かべている。

「うっわ、さっすがキモオタだな。お前教室でなに見ちゃってんの? ドン引きだわ」
「ちが、こ、こここれは……」
「こーいうのでいつも抜いてるわけ? ヘタレのくせに、実はこんな生意気そうな女を屈服させたいとか思っちゃうタイプ? はははっ、似合わねぇ~」

 俺はキモオタより先にスマホを拾い上げ、画面をタップした。ミュートになっていた音量をあげれば、甲高い喘ぎ声が教室内に響き渡る。

『アンアン♡ やだぁっ♡ こんなことして、ただじゃ置かないんだからぁ、後で覚えてなさいっ、アァン、らめぇ~♡ チンポそんなに激しくしないでぇ~♡』
「うわわわわわっっ!!」

 クラスメイトたちの訝しげな視線が集まると、キモオタは必死の形相で俺の手からスマホを奪い返した。その慌てようがまた滑稽で面白く、俺は腹を抱えて笑う。

「あっはっはっは、やべー、笑い死ぬ――ッつぅ~……」

 だがその拍子に切れた口端がピリリと痛み、思わず顔を顰めた。傷口に手を当てると、止まっていた血が再び滲み出していた。キモオタがボソボソと聞き取りにくい声で何か言う。

「あ、そそそその、それ、それよかったら、あああのっ……」

 ひどい吃音だ。その耳障りな喋り方に嫌悪感を覚え、傷の痛みと相まって一瞬だけ収まった苛立ちがすぐにぶり返してくる。無性に込み上げる怒りを奴にぶつけようと口を開きかけた時、肩がずしりと重くなった。
 振り向くとすぐ横にニヤついた谷口の顔があった。馴れ馴れしく肩に回された手を振り払い、俺は谷口を睨みつける。

「なんだよ」
「楽しそうなえーいちの声が聞こえたからさ。これ、なに?」

 谷口は俺の机に置かれた赤いポーチを手に取り、しげしげと眺めた。

「こんなもんわざわざ持ってきてんの?」
「ちっげーし。机ん中に入ってたんだよ」
「またファンからの貢ぎ物? えーいち人気者じゃん」
「……てめえ、馬鹿にしてんだろ」
「してないって。せっかくだから使ったら? 血、出てんじゃん。なんなら俺が手当してあげる」
「ハァ? んなの自分で、ってオイ、」
「いーからいーから。俺に任せとけ」

 そう言って谷口は我が物顔で救急セットの中身を物色する。有無を言わさぬ態度に俺はため息をつき、抵抗するのもバカバカしく思えて大人しく手当を受けることにした。が、すぐに後悔した。ぞんざいな手つきで出血した口角にウェットティッシュを擦りつけられ、痛みに呻く。

「もっと優しく!」
「へいへい」

 俺が怒鳴りつけると、谷口はふざけた笑みを深めたが、手つきは先程よりも幾分か優しいものになった。患部を拭いて湿布や絆創膏を貼り付けるだけの最低限の処置だったが、それでも不思議と痛みは引いていた。

「でもさー、珍しく喧嘩で怪我したちょうどその日に、都合よく救急セットが用意されてるなんてすげー偶然だよな。タイミング良すぎてちょっと怖くねぇ?」

 使用したものをポーチに戻しながら谷口が言う。

「そうか? たまたまだろ」
「えー、そうかなぁ……」
「んなことより、腹減ったな……オイ、キモオタ」
「……っ!! は、ははははい」
「カルピスとチョコチップメロンパンとシュークリーム買ってこい」
「聞いてるだけで胸焼けしそうな食い合わせだな」

 余計なことを口にする谷口の脚を蹴りつけようとしたが、こちらの行動を読んでいたのかひょいと躱された。俺は舌打ちをして代わりにキモオタの脚を蹴りつける。

「あ、はいっ、わっ、わかりました……」

 キモオタは椅子がひっくり返るほどの勢いで立ち上がり、ひどい猫背でひょこひょこと体を揺らしながら教室を出て行った。途中、クラスメイトにぶつかって露骨に顔をしかめられていた。
 オドオドした気色の悪いその言動に、生理的な嫌悪感を覚えずにはいられない。どうしてオタクという人種は、存在しているだけでこうも他人を不快にさせるのか。

「マジきめぇ」
「パシリにしといて、ひどいヤツ」
「嫌ならハッキリそう言えばいいんだよ。俺はああいう、他人にペコペコ頭さげて自己主張しない卑屈な人間が一番嫌いなんだ」
「自己主張しない、ねえ……ホントにそうかな」
「ア? なんか言ったか」
「いや、……あーいうタイプの人間って意外と執念深いんだから、ほどほどにしときなよ?」
「ハッ、俺があんなキモオタにやられるって? 馬鹿にすんなよ」
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