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第6章 Macho Witches with Guns
明日香
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そして放課後。
「おまえら、悩みとかなさそうだな。うらやましいよ」
舞奈は初等部のウサギ小屋の前にしゃがみこんで、ウサギを眺めていた。
蔵乃巣学園のウサギ小屋は、四畳半くらいの広さがある金網で囲まれた空間だ。
小屋というより屋敷と呼ぶほうが適切に思える。
屋敷の奥にはすのこ張りの寝室やかじり木が設置され、中央には誰が寄贈したやらつば付き三角帽子にヒゲをなびかせ杖をついたマーリン像が鎮座している。
白毛とグレーの3匹のウサギは、屋敷の手前にすえ付けられた餌入れの前に仲良く並んで、ほむほむと葉っぱを食んでいる。
近所のスーパーからもらっているクズ野菜である。
商品にはならなそうだが、食材としては上等品だ。
「……っていうか、結構いいもん食ってるよな」
情けない声でひとりごちる。その時、
「ウサギと一緒に飼われてなさいよ。もう」
「そうしたいのは山々なんだけど、ウサギ御殿は銃の持ちこみが禁止なんだ」
いつの間にか、側に明日香が立っていた。
舞奈は見やりもせず、軽口を返す。
2人の間の会話は、いつもこんな感じだ。
舞奈は女の子が大好きで、出会う娘を口説いてばかりいる。
だが不思議と明日香との間にはそういう話が出てこない。
明日香と出会ったのは2年ほど前、舞奈がピクシオンの仲間を失ってすぐだ。
3年生の最初の登校日に、転校生として舞奈の前にあらわれた。
当時の2人は仲が悪かった。
性格も考え方も正反対で、なのに何食わぬ顔の裏に潜む硝煙の香りが互いに気がかりで、無視することもできなかった。
だから事あるごとに衝突していた。
けれど、いや、だからこそと言うべきか、はた迷惑な諍いに飽きると、意外にも2人は息の合うパートナーになっていった。
そして明日香のコネで【機関】に接触した。
支部の大人たちは子供の志願者を相手にしようとしなかった。
だが舞奈と明日香は実力を見せつけ、半ば力づくで仕事人《トラブルシューター》になった。
そういえば【掃除屋】という名前を考えたのは、舞奈だったか明日香だったか。
どちらにせよ小学生の、しかも低学年だった2人は、当初は軽んじられていた。
だが執行人の手に負えない怪異や怪人を次々と葬るうちに、大人たちは2人の実力を認めざるを得なくなった。
そして1年前、【機関】は舞奈をSランクと認めた。
それ以降も【掃除屋】は数々の任務を、依頼をこなし怪異や怪人を蹴散らした。
ここ数か月の出来事だけでも、ちょっとした英雄レベルの頑張りっぷりだ。
張の依頼で泥人間を蹴散らした(奪取を依頼された鏡は壊してしまったが)。
誘拐された園香を2人で取り戻した。
その際に明日香は単身で敵の呪術師に挑み、魔法戦で圧倒した。
教室から保護者を追い出すため、二人羽織のテロリストに扮したりもした。
しかも駆けつけた警備員が暴走して大変なことになった。
だが明日香と2人で切り抜けた。
九杖サチの護衛もした。
技術担当官《マイスター》が余計なことをしたせいで、はずかしいジャケットを着せられた。
それでも明日香と2人で襲い来る泥人間どもを蹴散らし、サチを守り抜いた。
墓地の調査を依頼されたこともあった。
あの時は刀也が邪魔したせいで明日香が怪我をした。
そして明日香は更なる力を得るために休業を宣言した。
けど舞奈が別の仲間と組んで仕事をして危機に陥った、あの時、明日香は間一髪を救ってくれた。
舞奈は口元に笑みを浮かべる。
そして明日香の整った横顔を見やる。
「上着の改造はどんな調子だ?」
「順調よ。……そうね、来週には使えるようになるわ」
先日、悟の屋敷に着て行ったことは忘れたようだ。
だが問い詰める気もない。だから、
「そうかい」
口元に乾いた笑みを浮かべる。
「じゃ、久々にデカイ仕事でもして、いいもん食うか」
「悪くないわね。その代わり、それまでウサギの葉っぱは我慢するのよ?」
「ホントに食うか!」
思わず叫び、そして笑う。
「それに、今週末にはゾマとデートなんだ。メシつきのな」
「まさか女の子におごらせる気じゃないでしょうね?」
「待てよ。あたしも女の子だぞ?」
そして、ふと遠くを見つめて立ち上がる。
「なあ、明日香」
「?」
「何でも願いがかなう宝物があったら、おまえは何を願う?」
「何よ、やぶからぼうに」
明日香は、うさんくさげに首をかしげる。
舞奈はそんな彼女の背後にそっとまわる。
そして、長い黒髪をかき上げて首筋に舌を這わせる。
悟の屋敷で呪術によって絞められた痛みを慰めるように。
それは、舞奈が幼い頃、美佳がしてくれていたおまじないだ。
痛む傷痕に彼女が口づけすると、不思議と痛みがやわらぐのだ。
もちろん明日香がそんなことを知るよしもなく、そんな感触が今さら残っているはずもない。だから――
「何するのよ!」
ひじ鉄を2回、どてっ腹に喰らわされた。
舞奈は無言でのたうちまわる。
「なんでも願いが叶うっていうなら、あなたのその癖をどうにかしてもらうわ!」
明日香は肩を怒らせたまま去って行った。
そんな彼女の背中を見つめながら、舞奈は口元に寂しげな笑みを浮かべる。
魔道士は神頼みをしない。
魔法の神秘を解き明かした超人に不可能などないからだ。
ただ達成が困難な目標があるだけだ。
友人のセクハラが嫌だと思えば、ひじ鉄の練習をする。
亡くした恋人に会いたくなったら、復活の儀式を試みる。
明日香や悟にとって、願うとは更なる高みを探求することだ。
そして生きるとは常に前を見据えて歩き続けることだ。
そんな、超然としているようで生き急ぐ人生が、少し羨ましく思えた。
それに比べて自分はどうだ?
自嘲するように口元を歪める。
どうすることもできない、なくした過去を引きずって。
その幻を何処かに見出そうと躍起になって。
友人との絆を深めながらも、今なお心の半分は、目に映るすべてが夢だと叫び続けている。美佳がいない悪夢だと。
舞奈はうつむいて3匹のウサギを見やる。
白毛とグレーの3匹ウサギは、餌入れの前に並んで仲よく葉っぱを食んでいる。
「うらやましいよ、まったく……」
ひとりごちて、口元に寂しげな笑みを浮かべた。
「おまえら、悩みとかなさそうだな。うらやましいよ」
舞奈は初等部のウサギ小屋の前にしゃがみこんで、ウサギを眺めていた。
蔵乃巣学園のウサギ小屋は、四畳半くらいの広さがある金網で囲まれた空間だ。
小屋というより屋敷と呼ぶほうが適切に思える。
屋敷の奥にはすのこ張りの寝室やかじり木が設置され、中央には誰が寄贈したやらつば付き三角帽子にヒゲをなびかせ杖をついたマーリン像が鎮座している。
白毛とグレーの3匹のウサギは、屋敷の手前にすえ付けられた餌入れの前に仲良く並んで、ほむほむと葉っぱを食んでいる。
近所のスーパーからもらっているクズ野菜である。
商品にはならなそうだが、食材としては上等品だ。
「……っていうか、結構いいもん食ってるよな」
情けない声でひとりごちる。その時、
「ウサギと一緒に飼われてなさいよ。もう」
「そうしたいのは山々なんだけど、ウサギ御殿は銃の持ちこみが禁止なんだ」
いつの間にか、側に明日香が立っていた。
舞奈は見やりもせず、軽口を返す。
2人の間の会話は、いつもこんな感じだ。
舞奈は女の子が大好きで、出会う娘を口説いてばかりいる。
だが不思議と明日香との間にはそういう話が出てこない。
明日香と出会ったのは2年ほど前、舞奈がピクシオンの仲間を失ってすぐだ。
3年生の最初の登校日に、転校生として舞奈の前にあらわれた。
当時の2人は仲が悪かった。
性格も考え方も正反対で、なのに何食わぬ顔の裏に潜む硝煙の香りが互いに気がかりで、無視することもできなかった。
だから事あるごとに衝突していた。
けれど、いや、だからこそと言うべきか、はた迷惑な諍いに飽きると、意外にも2人は息の合うパートナーになっていった。
そして明日香のコネで【機関】に接触した。
支部の大人たちは子供の志願者を相手にしようとしなかった。
だが舞奈と明日香は実力を見せつけ、半ば力づくで仕事人《トラブルシューター》になった。
そういえば【掃除屋】という名前を考えたのは、舞奈だったか明日香だったか。
どちらにせよ小学生の、しかも低学年だった2人は、当初は軽んじられていた。
だが執行人の手に負えない怪異や怪人を次々と葬るうちに、大人たちは2人の実力を認めざるを得なくなった。
そして1年前、【機関】は舞奈をSランクと認めた。
それ以降も【掃除屋】は数々の任務を、依頼をこなし怪異や怪人を蹴散らした。
ここ数か月の出来事だけでも、ちょっとした英雄レベルの頑張りっぷりだ。
張の依頼で泥人間を蹴散らした(奪取を依頼された鏡は壊してしまったが)。
誘拐された園香を2人で取り戻した。
その際に明日香は単身で敵の呪術師に挑み、魔法戦で圧倒した。
教室から保護者を追い出すため、二人羽織のテロリストに扮したりもした。
しかも駆けつけた警備員が暴走して大変なことになった。
だが明日香と2人で切り抜けた。
九杖サチの護衛もした。
技術担当官《マイスター》が余計なことをしたせいで、はずかしいジャケットを着せられた。
それでも明日香と2人で襲い来る泥人間どもを蹴散らし、サチを守り抜いた。
墓地の調査を依頼されたこともあった。
あの時は刀也が邪魔したせいで明日香が怪我をした。
そして明日香は更なる力を得るために休業を宣言した。
けど舞奈が別の仲間と組んで仕事をして危機に陥った、あの時、明日香は間一髪を救ってくれた。
舞奈は口元に笑みを浮かべる。
そして明日香の整った横顔を見やる。
「上着の改造はどんな調子だ?」
「順調よ。……そうね、来週には使えるようになるわ」
先日、悟の屋敷に着て行ったことは忘れたようだ。
だが問い詰める気もない。だから、
「そうかい」
口元に乾いた笑みを浮かべる。
「じゃ、久々にデカイ仕事でもして、いいもん食うか」
「悪くないわね。その代わり、それまでウサギの葉っぱは我慢するのよ?」
「ホントに食うか!」
思わず叫び、そして笑う。
「それに、今週末にはゾマとデートなんだ。メシつきのな」
「まさか女の子におごらせる気じゃないでしょうね?」
「待てよ。あたしも女の子だぞ?」
そして、ふと遠くを見つめて立ち上がる。
「なあ、明日香」
「?」
「何でも願いがかなう宝物があったら、おまえは何を願う?」
「何よ、やぶからぼうに」
明日香は、うさんくさげに首をかしげる。
舞奈はそんな彼女の背後にそっとまわる。
そして、長い黒髪をかき上げて首筋に舌を這わせる。
悟の屋敷で呪術によって絞められた痛みを慰めるように。
それは、舞奈が幼い頃、美佳がしてくれていたおまじないだ。
痛む傷痕に彼女が口づけすると、不思議と痛みがやわらぐのだ。
もちろん明日香がそんなことを知るよしもなく、そんな感触が今さら残っているはずもない。だから――
「何するのよ!」
ひじ鉄を2回、どてっ腹に喰らわされた。
舞奈は無言でのたうちまわる。
「なんでも願いが叶うっていうなら、あなたのその癖をどうにかしてもらうわ!」
明日香は肩を怒らせたまま去って行った。
そんな彼女の背中を見つめながら、舞奈は口元に寂しげな笑みを浮かべる。
魔道士は神頼みをしない。
魔法の神秘を解き明かした超人に不可能などないからだ。
ただ達成が困難な目標があるだけだ。
友人のセクハラが嫌だと思えば、ひじ鉄の練習をする。
亡くした恋人に会いたくなったら、復活の儀式を試みる。
明日香や悟にとって、願うとは更なる高みを探求することだ。
そして生きるとは常に前を見据えて歩き続けることだ。
そんな、超然としているようで生き急ぐ人生が、少し羨ましく思えた。
それに比べて自分はどうだ?
自嘲するように口元を歪める。
どうすることもできない、なくした過去を引きずって。
その幻を何処かに見出そうと躍起になって。
友人との絆を深めながらも、今なお心の半分は、目に映るすべてが夢だと叫び続けている。美佳がいない悪夢だと。
舞奈はうつむいて3匹のウサギを見やる。
白毛とグレーの3匹ウサギは、餌入れの前に並んで仲よく葉っぱを食んでいる。
「うらやましいよ、まったく……」
ひとりごちて、口元に寂しげな笑みを浮かべた。
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