上 下
106 / 505
第7章 メメント・モリ

戦闘1-2 ~銃技vsウアブ呪術

しおりを挟む
「安心しな、拳銃こいつじゃあんたは殺せない」
 舞奈は口元に笑みを作る。

「けど付与魔法エンチャントメントを破壊して無力化するくらいの力はある」
 その言葉が終わらぬうちに、紅葉の呪文。
 アスファルトを砕きながら【地の一撃ヘディ・ター】の巨大な岩拳が襲いかかる。
 舞奈は難なく避ける。

 だがその隙に、紅葉は次なる呪文を紡ぐ。
 足元に掌を突きつける。

 すると再び道路を裂いて、今度は巨大な岩の塊があらわれた。
 その大きさは紅葉の全身が隠れる程度。

 大地を隆起させて天然の遮蔽物を作りだす【地の守護メケト・ター】の呪術。
 銃を持った相手に対し、ひとまず防御を考えたのだろう。
 良い判断だ。

 舞奈は撃つ。
 銃弾が岩盾の中心をえぐる。
 だが砕くことはかなわない。
 高速で射出されるライフル弾と違い、拳銃弾の貫通力では岩の塊は貫けない。

 それでも紅葉は岩の盾から顔を出すことができない。
 まともに喰らえば付与魔法エンチャントメントを破壊されるのが、今の一撃でわかったからだ。
 だから銃撃戦のように岩塊の端から様子を伺いつつ、叫ぶ。

「何故……邪魔をする! あいつらは人の皮をかぶった悪魔だって、事情を知っている君にならわかるはずだろう!?」
 紅葉は一瞬の隙をついて半身を晒し、施術する。
 叫びに応じて道路に転がる石ころが、つぶてと化して飛来する。

 初歩の術である【地の矢アハ・ター】は呪文なしで行使するのも容易だ。
 だが相手を狙うために目視する必要がある。
 それでも遮蔽より前に射点があるから銃で撃つより容易だ。

 しかし狙いが定まっていないのだろう、大半は舞奈を避けて虚空へ消える。
 舞奈は首をかしげて一矢を避ける。
 かすめた頬に一筋の赤い糸。つぶては銃弾と比べて大きく、習熟しきれていないせいか速度も投擲程度なので回避も可能だ。
 舞奈は口元に笑みを浮かべる。

「悪魔ってほど大層なものじゃないさ。せいぜいゲームに出てくるオークだ」
 油断なく拳銃ジェリコ941を構えたまま、静かに答える。

 脂虫は、かつて人であり、人の姿をしているが、その本質は人ならぬ怪異だ。
 欲望に負けて毒草を摂取し続けることで怪異と化した害畜である。
 放置すれば飽くなき欲望に駆られて大気を汚染し、人々を傷つける。
 ゲームの中で街を襲うオークと同じだ。
 だから人々を怪異から守るべく脂虫を根絶やそうと考えるのも間違いではない。

 それでも舞奈は語る。

「ならあんただって、怪異を狩るのは【機関】の仕事だって知ってるだろ? 脂虫は人の身分を持ってる。勝手にボランティアで殺ってたら収拾がつかないんだ」
「【機関】だと? 瑞葉を……弟を見殺しにした組織じゃないか」
「……見殺し、か。あんたもそう考えるんだな」
 紅葉の反応に、口元の笑みが皮肉げに歪む。

「ま、あながち間違っちゃいないか。あんたには【機関】を恨む理由がある」
 感情を見せぬまま、舞奈は語りかける。

「あいつらときたら、死んだ仲間の遺族に『事故死した』なんてデタラメ吹きこんでやがるんだ。そいつを調べて本当のこと知ったら誰だってキレるさ。自分たちで本当の善を成そうとした、あんたたちは正しい」
 静かに語る。

 かつて思い人を失った悟は【機関】を無力な卑怯者だと給弾した。

 息子を亡くしたいつぞやの婦人だって、真実を知ればそう思うかもしれない。

 弟を失った彼女が、同じように考えてはならない理由はない。

 かく云う舞奈自身も【機関】の落ち度で大事なものを何度も失いかけた。
 あるいは失った。だが、

「……けどな、それだけじゃ【機関】がみんなを守るためにしてきたことを、全部まとめて否定する理由にはならないよ」
 そう言って、紅葉を見やる。

 美佳と一樹を失って、舞奈は仕事人《トラブルシューター》になった。
 微妙な立場ながらも【機関】に雇われて怪異を狩り、怪人を捕らえた。
 仕事人《トラブルシューター》として戦う中で、多くの人たちと出会った。
 そうするうちに【機関】に関わる様々なことを知った。

 強大な組織である【機関】にだって事情があれば限界もある。
 組織を束ねる上層部は融通が利かず、たびたび的外れな指示を出す。
 そのツケは各支部の実行部隊が支払い、時に命すら落とす。

 だがフィクサーや執行人エージェントたちは限られた力を駆使し、怪異の被害から人々を守ろうとしている。

 どちらも紛れもない事実だ。
 彼らの犠牲が、彼女たちの尽力がなければ、怪異の被害はもっと広がっていた。
 その犠牲になったのは、戦うすべすら持たない無辜の市民だ。

 だから舞奈に【機関】そのものを否定することはできない。

「けど納得できるわけないよな」
 舞奈は笑う。

「そんな器用な生き方ができるんなら、あんたはここまで来なかった。平和で満ち足りた日常を捨てて真実を求めたりしなかった」
 感情を誤魔化そうとして、なのに隠しきれない楽しげな笑み。

 紅葉は舞奈と、似ている。
 舞奈は仕事人《トラブルシューター》として戦う中で、多くの人たちと出会った。
 だが自分と同じタイプと人間と会うのは初めてな気がした。
 正しく生きたいという自分の気持ちを抑えきれない不器用な人間と。

「……だから全力で来いよ」
 誤魔化しきれずに笑う。

「あんたの怒り、あんたの気持ち、全部あたしが受け止めてやる」
「そうかい! なら、その言葉が嘘じゃないって証明してもらうよ!」
 紅葉は叫ぶ。

 同時に、舞奈の足元を砕いて岩のアッパーカットが放たれる。
 飛び退って難なく避けた舞奈は笑う。

 紅葉も笑う。
 今のは当てるつもりの一撃ではない。
 地に穿たれた穴から間欠泉のように大量の水が吹き出る。
 大地を動かす【地の一撃ヘディ・ター】で水道管を砕いたのだ。

 舞奈は水を警戒する。
 その隙に、紅葉は【地の手ジェレト・ター】を使って岩塊から手持ちの盾を削り出す。
 残りの岩は魔力を失い地に散らばる。

 舞奈は撃つ。

 だが紅葉の呪文とともに吹きだす水が動いて壁となり、銃弾45ACPを防ぐ。
 流水を遮蔽と化す【水の守護メケト・ムゥ】の呪術。
 水の壁で勢いを削がれた弾丸45ACPを、紅葉は岩の小盾で防ぐ。

「腕の一本くらい覚悟してもらうよ!」
 叫びに応じて、壁の一部が巨大なギロチン刃と化す。3本。
 流水を鋭い刃と化す【水の斬撃シャド・ムゥ】の呪術。
 それが舞奈めがけて飛来する。

 舞奈は2本を跳んで避け、1本を拳銃ジェリコ941の背で叩き散らす。

「甘いな、姉ちゃん!」
「それはこっちの台詞!」
 その目前に、水の壁を突っ切った紅葉が迫っていた。

 水を操る紅葉の衣服は濡れていない。
 それどころか右手には鋭く濡れる流水の剣が握られている。
 掌で水を操る【水の手ジェレト・ムゥ】で、水壁の一部をもぎ取ったのだ。
 ウアブの水術に力を与えるネイト神は、【屈強なる身体ジュト・ネケト】の礎となる狩猟神でもある。2つの術は併用も容易だ。

 魔法を解かれて勢いを減じる水壁を背にし、紅葉は舞奈に斬りかかる。
 流水の斬撃を、舞奈は横に跳んで避ける。
 横薙ぎの一撃に跳び退る。
 気合いとともに【水の斬撃シャド・ムゥ】で巨大化した水の刃を身をかがめて避ける。

 至近距離から舞奈が撃つ。
 だが銃弾45ACPは剣が変化した【水の守護メケト・ムゥ】に阻まれ、【屈強なる身体ジュト・ネケト】を傷つけることなく弾かれる。

 紅葉は左手で保持した小盾を【地の矢アハ・ター】で小石の散弾と化して叩きつける。
 だが舞奈も地を転がって避ける。

 舞奈に剣は効かない。
 接近戦で舞奈を傷つけることはできない。
 並外れた勘の良さと、空気の流れすら読み取る鋭敏な感覚によって、周囲の物体や肉体の動きを瞬時に正確に把握することができるからだ。
 その事実に、紅葉は刹那の攻防で気づいた。

「……コートの中で勝負出来たら、楽しかったろうにね」
 口元に乾いた笑みが浮かぶ。
 そして【屈強なる身体ジュト・ネケト】の恐るべき脚力で跳び退って距離を取る。

 同時に数本の小さな木の棒を取り出して投げる。そして呪文。
 奉ずるは死と再生を統べるオシリス神。
 途端、投げられた棒のすべてが蠢き、その姿を5匹の蛇へと変える。
 即ち【ヘビの杖ヘト・ヘファウ】の呪術。【動植物との同調と魔力付与】の技術により、木の棒に魔力を加えて毒蛇と化す術だ。

 3匹は滑るように素早く地を這い襲いかかる。
 2匹は跳びかかる。

 舞奈は拳銃ジェリコ941を乱射する。

 否、研ぎ澄まされた5発の銃弾45ACPはあやまたず蛇の頭を砕く。
 蛇は折れた棒へと戻る。

 だが、それはフェイント。
 紅葉は次なる呪術の準備を始めていた。

「――こうなったら。姉さんのくれた力、全部使わせてもらうよ」
 ひとりごち、アンクを胸元から引き千切って天にかざす。

 呪術を使うウアブ神官は【動植物との同調と魔力付与】の技術によってアンクに魔力を焼きつけることができる。
 だがウアブ魔術の【魔神の創造】はそれより多くの魔力を焼きつけられる。
 彼女のアンクは魔術師ウィザードである彼女の姉が焼きつけた強大な魔力を宿している。

 そんな力あるアンクを手にし、唱える呪文が奉ずるはゲブ神。

 大地が鳴動する。
 魔法とは無縁の舞奈にすらわかる。
 結界によって魔力を削がれているはずなのに、その結界すら揺るがすほどの魔力が周囲を満たしていく。
 その中心は、術者である紅葉。

 おそらく彼女が狙うのは、舞奈を一撃で倒せる必殺の呪術。

 だが、それは舞奈が待ち焦がれた瞬間でもあった。

 舞奈は拳銃ジェリコ941弾倉マガジンを落とす。
 ジャケットの裏から新たな弾倉を取り出し、素早く交換する。
 底に鮮やかなピンク色がペイントされた弾倉。
 ただ1発の、特別な弾丸がこめられた弾倉だ。

 紅葉は呪文の詠唱を急ぐ。
 だが流れるように素早い銃さばきには追いつけない。
 舞奈は片手で拳銃ジェリコ941を撃つ。

 銃弾45ACPは精製途中の魔力に包まれた紅葉の急所をそれ、二の腕をかすめる。
 紅葉は笑う。
 だが舞奈も笑う。

 紅葉に触れた弾丸45ACPが溶ける。
 薄ピンク色の霧になり、魔法の光になる。
 光は輝く糸となり、舞奈と紅葉を繋ぐ。

 この特別製の弾丸は、術者と対象の意識を一瞬だけ連結する。

 魔法的な効果だが、同じ効果を持つ術は存在しない。
 なぜならこれは、できそこないの魔法だからだ。
 この魔法を攻撃には使えない。対象の意識が術者に流れこむからだ。
 この魔法は情報収集にも使えない。術者の秘密を相手に知られてしまうからだ。
 さらに、その効果は一瞬。
 しかも術を使えない常人が弾丸として使用するこれは、対象の魔力を利用しなければ発動すらしない。

 かつては2人の仲間にかばわれるだけのピクシオンで、今は術を使えぬ最強である舞奈と同じくらい歪な魔法の銃弾だ。
 だが歪なできそこないの魔法の糸を伝わり、舞奈の中に紅葉の記憶が流れこむ。

 姉と弟と3人で過ごした、あたたかな日々の安らぎ。
 中学生になり少し雰囲気が変わったと思った弟を、突然に失った悲しみ。
 姉とともに、弟が逝った本当の理由を探し続けた信念。
 やがて真実に辿り着き、すべてを知った慟哭。
 嘘で塗り固められた【機関】への怒り。
 弟を奪い去った脂虫へ永遠の復讐を誓った決意。

 それらが一瞬のうちに、舞奈の中を通り過ぎる。
 同時に舞奈の過去のいくばかかも、紅葉の中に流れこむ。

 あのアパートで美佳と一樹と過ごした日々。
 それを失ったあの日の、心がなくなってしまったような喪失感。
 舞奈は喪失を受け入れられず、無意識に美佳と一樹の代わりを探し続けた。
 けれど新たなパートナーと銃弾と魔術が飛び交う戦場を駆けまわるうちに、少しずつ過去を受け入れられるようになっていた。
 同じように愛する息子を亡くした夫人と話し、過去を割り切ることができた。

 紅葉は思わず舞奈を見やる。
 舞奈も紅葉を見返し、笑う。
 紅葉と舞奈は、似ていた。
 違っていたのは紅葉が真ん中で、舞奈が末っ子だというところだけだ。

 だが特別製の弾丸は、術者の魔力を利用するだけで施術を妨害しない。
 あわてて魔力を引き戻そうとする紅葉の目前で、必殺の術が完成した。
 魔力を使い尽くしたアンクが崩れる。

 同時にアスファルトを裂いて、舞奈の周囲の地面から岩の槍が無数に突き出た。
 即ち【地の刃の氾濫ヌィ・デムト・ター】。
 数多の石刃で広範囲をめった刺しにする術だ。
 この術の範囲から走って逃れることは不可能。
 術をコントロールして手加減しようとしていたのだろうが、術が完成する直前に気をそらされた今ではそれも不可能だ。

 紅葉の瞳が驚愕に見開かれる。
 その奥底に潜む、新たな喪失への恐怖。

 だが舞奈は不敵に笑う。

 飛び出た1本の先端を左手でつかみ、そのまま槍の穂先と一緒に飛び上がる。
 勢いのまま跳ばされた空中で、神速の手際で拳銃ジェリコ941の弾倉を交換する。
 落下しながら3発撃って、尖った穂先を吹き飛ばす。
 折れた槍の上に着地する。

 必殺の攻撃魔法エヴォケーションも、刃の形をしていれば剣と同じだ。
 そして、舞奈に剣は通用しない。

 舞奈は折れた槍を足場にして巨大な剣山の上を走り、術の範囲の外へ飛ぶ。

「――瑞葉! こっちだ!!」
 駆け寄る紅葉の胸の中に飛びこむ。

 紅葉は舞奈を抱きとめる。失ったはずの弟の影と一緒に。

 先ほどまで銃火を交えていた紅葉のぬくもりを感じながら、しっかりと抱きしめられた腕の中で、胸にうずめた表情を見られないのが幸いだと思った。

 弟の名を呼んだ紅葉を、舞奈は笑うことはできない。
 彼女が先に叫ばなければ、舞奈が言っていた。
 どうだ一樹、おまえにできなかったことができたぞ、と。だから、

「……あたしは……あんたの弟じゃないよ」
 言いながら、あたたかな腕の中から抜け出し、顔をあげる。

「あんたが一樹じゃないのと、同じくらいにな」
 引き締まった紅葉の腕は、頼れる一樹を思わせた。
 だが彼女は一樹じゃない。
 かつて園香に同じものを求めて懲りた舞奈だから、よくわかる。だから、

「けど、あんたもあたしも、生きてる」
 そう言って、笑った。

「やりましたね舞奈さん!」
 結界が解除され、家屋の陰から奈良坂が走ってきた。

「何!? もうひとりいたのか!?」
「……気がついてなかったのか」
 舞奈は苦笑する。

「……姉さんを止めなきゃ」
 ひとりごちるように、紅葉が言った。

「姉さんが別のルートから奴を襲う手筈になってる」
「知ってるさ」
「えっ?」
 紅葉は驚く。
 だが舞奈は口元に不敵な笑みを浮かべる。

「あたしにも相棒がいるんだ。今頃あんたの姉さんと会ってるはずだ」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

命を助けてもらう代わりにダンジョンのラスボスの奴隷になりました

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:208

悪役令嬢は双子の淫魔と攻略対象者に溺愛される

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,924pt お気に入り:3,025

人の身にして精霊王

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:366

グラティールの公爵令嬢

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:15,905pt お気に入り:3,346

処理中です...