勇者、チー牛

チー牛Y

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17:文明圏の朝

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――チチチチ……。

森のどこかで、一定のリズムで鳴く鳥の声。
その音は単調なのに、やけに耳に心地よかった。まるで「夜は終わったぞ」と告げるアラームのようだ。

凰翔は、枕もない地面に頭を乗せたまま、ゆっくりとまぶたを持ち上げた。
湿った空気が肺に入り込む。しかし、昨夜のように骨の芯を冷やすような不快感はない。

――乾いている。

頭上に目を向けると、ぎこちなく重なった葉の屋根。その隙間から光が漏れ、ちらちらと揺れていた。

「…………お?」

寝ぼけた声が漏れる。

雨の中、強行で作った屋根。

だが――服はほとんど湿っていない。地面の湿気は残っているが、雨によるずぶ濡れ感は皆無だった。

凰翔は手を動かし、肩口を触る。

さらっとしている。指先に水の冷たさがない。

「……屋根、ちゃんと……屋根だな」

隣で丸くなっていたギンが、前足を伸ばしながら大きなあくびをした。

「……フゥワァァ……ワフ……」

その毛並みも、昨日よりふわりと軽い。毛先に水滴は付いていない。
ギンは頭上を見上げ、葉っぱの継ぎ合わせをじっと見つめ――小さく「ワフ」と鳴いた。

二人はしばらく言葉もなく、ただ屋根を見ていた。

――濡れない場所がある。

それだけで、世界がこんなにも変わるとは思わなかった。

小さい。粗末。きっとすぐ壊れる。
それでも――「雨の中で眠れた」という事実は、心の奥に、じわりと火を灯した。

文明の第一歩を、たしかに踏んだ気がした。

 





 

「……んぐ。やっぱ、うまいな」

いつものように、牛丼を口に運ぶ。
スキルのおかげで、相変わらず味は完璧。甘辛いタレの香りが鼻に抜け、肉の旨みとタマネギの甘さが広がる。

――うまい。
間違いなくうまい。だが――

「……なんか、今日は……違うな」

小さく呟いたつもりだったが、ギンの耳がぴくりと動いた。

「ワフ?」

「いや、飽きるとかじゃなくて……こう、なんか……口が、別の何かを求めてるっていうか……」

言葉にしづらい感覚だった。
文明の味は甘辛くて、しみるほど旨い。でも、森のしっとりとした空気の中で食べるそれは、どこか現実感がない。

――炊きたての白米の匂い。
――味噌汁の湯気。
――海苔とか、漬物とか、やたら地味なやつの存在感。

頭の中に、いらないほど具体的なイメージが浮かぶ。

「……味噌汁とかさぁ……」

「ワフ?」

「文明における、地味なのに偉大なスープ……それが、味噌汁だ」

謎の熱弁を始めながら、凰翔はどんぶりを置いて立ち上がった。

湿った土の上に、踏みしめる音がひとつ。
ギンもつられて立ち上がり、しっぽを揺らす。

「――ギン。今日は採取するぞ」

「ワフゥッ!?」

「牛丼は出す。でも、副菜が欲しい。……味噌汁が無理でも、なんかこう……“それっぽい汁物”が欲しい」

腰に差したナイフ――柄が欠けているやつ――を確かめるように手で叩く。

朝の空気に、小さな野望が混ざった。

「――副菜文明の夜明けだ」

ギンが、前足で地面をトトトッと鳴らし、勢いよく駆け出した。
凰翔もその背を追う。

文明は、一日にして成らず。
――だが、副菜なら……ワンチャンある。 
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