勇者、チー牛

チー牛Y

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21:文明、デザートを発明する

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朝の森に、昨夜の焚き火の残り香がふわりと漂っていた。
灰の匂いと湿った土の香りが混ざり合い、空気はまだ夢の続きのように静かだ。

凰翔は、黒こげになった鍋の跡を前に腕を組み、じっと見つめていた。
「……あの甘味、もう一度出せないかな」

昨夜、偶然できた“焦げ樹液鍋”。
焦げの中から生まれた奇跡の甘み。ほんのひと口で、疲れと絶望が溶けていくようだった。
まさかこの異世界に、糖分が存在するとは。
彼の中で何かが弾けた――文明の匂いがする、と。

樹液の出る木は、朝の光を受けて表面が透き通るように光っている。
指先で触れると、ねっとりと粘り、ほんのり甘い香りが手に残った。
「……これだ。この世界のメープルシロップかもな」

凰翔は慎重に小枝を削り、簡易のへらを作った。
前回の失敗――焦がしすぎによる“地獄プリン味”を忘れないためだ。
「今度は焦がさず、低温でじっくり煮詰める……」

ギンが隣で尻尾を振りながら、鍋を覗き込む。
「……お前も味見したいんだろ?」
ギンは小さく「ワン」と鳴いた。だがその目は、完全にハンターのそれだった。
甘味を狙う、理性を失った獣。

やがて鍋の中で、樹液が静かに泡を立てはじめる。
琥珀色の光が火の反射でゆらゆらと踊り、甘い香りが森に広がる。
凰翔は息を呑んだ。

木の実を拾って割り、中の果汁をぽたりと垂らす。
じゅっと音がして、液体に赤みが差す。

小枝ですくって舌にのせると、ほんのりした酸味と甘みが広がる。
焦げも苦味もなく、自然の味がじんわりと舌を包み込んだ。
その瞬間、凰翔は確信する。

「――これだ……文明だ……!」

拳を握り、胸の奥からこみ上げる達成感をかみしめる。
昨日までの“生きるための食”が、今日から“楽しむための食”へと変わったのだ。 
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