勇者、チー牛

チー牛Y

文字の大きさ
33 / 55

33:森の心臓と小さな守人

しおりを挟む
森全体が呼吸するように、ふわりと光が揺れた。

凰翔は思わず背筋を伸ばす。

「……森の、心臓……?」

ギンが「ワフゥ……」と小さく鳴き、凰翔の足にぴとっと寄り添う。
警戒しているようで、でも目はキツネから離れない。

キツネはそんなギンに向かって微笑む。

「怖くないよ。私たちの“お客さん”なんだから」

「……それでも、招待された覚えがなくて……」

「でも来たよね?」

言われてみれば、来た。
来たけど……キノコに案内されたから来ただけだ。

「いやそうなんですが……キノコに誘われて……」

「うん。それで十分」

まるで「それ以外に理由いる?」と言わんばかりの、あっさりした返事。

凰翔は不安と戸惑いが混じった変な顔になった。

「えっと……その、森の心臓って、何をする場所ですか? すごく大事そうな場所だとは思いますが」

キツネは少しだけ目線を落とし、金色の大樹を見上げた。

「……ここは、森に流れる“力”を整える場所。大地の息を流し、魔力の濁りを浄化し、新しい季節を巡らせる……そういう役目を持ってるの」

「ほ、本当に心臓……」

凰翔はリアクションに困りながらも、ゆっくり周囲を見回した。
たしかにこの空間だけ空気がまるで別物みたいだ。
静かで、重くて、それなのにどこか落ち着く。

キツネが、ふっと表情を変えた。

「本当は……こんなところに人間が入ること、ありえないんだけどね」

「……」

それを先に言ってほしかった。

ギンが「ワフ?」と首を傾げる。

キツネは続ける。

「でも、あなたは“入れた”。だからここにいる」

「え、いや……特別なことなんて――」

「うん、分かってる。あなたみたいに弱くて無害そうな人間、“特別”には見えないよね」

「そ、そうですよね。ははは。分かっていましたが、俺ってやっぱり弱くて無害そうなんですね」

「そうだよ?」

完全に悪意のないやつだ、このキツネ。

凰翔が肩を落とすと、キツネはふわりと尾を揺らしながら歩み寄る。

「でも、“鍵”がないとこの森には入れない。あなたはそれを持ってる……だから通ったの」

「鍵……?」


凰翔は自分の持ち物を思い返した。

鍵っぽいものなんて――

……あ。


「……もしかして、これのこと?」

凰翔は、懐から白い丼を持ち上げた。

キツネの赤い瞳が一瞬だけ大きく開く。

金色の粒子が尾からぶわっと飛び散った。

「……それ。やっぱり……“あなたの丼”が鍵だったんだ」

「いや、待ってください、丼が鍵ってどういう……」


「この森を開けたのは、あなたじゃない。その丼を“作った存在”だよ」

キツネの声が、森の空気のなかで静かに響いた。

凰翔は一瞬、息を飲む。

「……僕のスキルって、牛丼を作るだけなんですが……」

「その“牛丼の器”に、あなたが知らない力が宿ってる。森を開き、魔を遠ざけ、道を照らす……本来なら人間が持ち得ない力」

凰翔は丼を見つめた。

「……なんで、そんなものがスキルに……?」

キツネは微笑むでもなく、悲しむでもなく、ただ静かに言った。

「それを知っているのは――あなたをこの世界に呼んだ“誰か”だけだよ」

金色の光が、ふわりと揺れた。

森が、まるでその言葉に反応するように。

凰翔の背筋にひやりとしたものが走る。

「……誰かって……それは誰なんですか?……」

キツネは尾をゆらし、森の奥を示した。

「知りたいなら――
 私が案内する。森の心臓は、あなたを拒まない」

一歩、キツネが進む。

「……さぁ、“来訪者”。
 あなたが持つ“鍵”の本当の意味を教えてあげる」

凰翔はギンと目を合わせる。

ギンは小さく頷いた。

「ワフ」

呼吸を落ち着けるように胸をひとつ上下させ、凰翔も一歩踏み出した。

金色の光が導く道へ、三つの影が静かに進んでいく。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

なほ
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模るな子。新入社員として入った会社でるなを待ち受ける運命とは....。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

OLサラリーマン

廣瀬純七
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

処理中です...