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33:森の心臓と小さな守人
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森全体が呼吸するように、ふわりと光が揺れた。
凰翔は思わず背筋を伸ばす。
「……森の、心臓……?」
ギンが「ワフゥ……」と小さく鳴き、凰翔の足にぴとっと寄り添う。
警戒しているようで、でも目はキツネから離れない。
キツネはそんなギンに向かって微笑む。
「怖くないよ。私たちの“お客さん”なんだから」
「……それでも、招待された覚えがなくて……」
「でも来たよね?」
言われてみれば、来た。
来たけど……キノコに案内されたから来ただけだ。
「いやそうなんですが……キノコに誘われて……」
「うん。それで十分」
まるで「それ以外に理由いる?」と言わんばかりの、あっさりした返事。
凰翔は不安と戸惑いが混じった変な顔になった。
「えっと……その、森の心臓って、何をする場所ですか? すごく大事そうな場所だとは思いますが」
キツネは少しだけ目線を落とし、金色の大樹を見上げた。
「……ここは、森に流れる“力”を整える場所。大地の息を流し、魔力の濁りを浄化し、新しい季節を巡らせる……そういう役目を持ってるの」
「ほ、本当に心臓……」
凰翔はリアクションに困りながらも、ゆっくり周囲を見回した。
たしかにこの空間だけ空気がまるで別物みたいだ。
静かで、重くて、それなのにどこか落ち着く。
キツネが、ふっと表情を変えた。
「本当は……こんなところに人間が入ること、ありえないんだけどね」
「……」
それを先に言ってほしかった。
ギンが「ワフ?」と首を傾げる。
キツネは続ける。
「でも、あなたは“入れた”。だからここにいる」
「え、いや……特別なことなんて――」
「うん、分かってる。あなたみたいに弱くて無害そうな人間、“特別”には見えないよね」
「そ、そうですよね。ははは。分かっていましたが、俺ってやっぱり弱くて無害そうなんですね」
「そうだよ?」
完全に悪意のないやつだ、このキツネ。
凰翔が肩を落とすと、キツネはふわりと尾を揺らしながら歩み寄る。
「でも、“鍵”がないとこの森には入れない。あなたはそれを持ってる……だから通ったの」
「鍵……?」
凰翔は自分の持ち物を思い返した。
鍵っぽいものなんて――
……あ。
「……もしかして、これのこと?」
凰翔は、懐から白い丼を持ち上げた。
キツネの赤い瞳が一瞬だけ大きく開く。
金色の粒子が尾からぶわっと飛び散った。
「……それ。やっぱり……“あなたの丼”が鍵だったんだ」
「いや、待ってください、丼が鍵ってどういう……」
「この森を開けたのは、あなたじゃない。その丼を“作った存在”だよ」
キツネの声が、森の空気のなかで静かに響いた。
凰翔は一瞬、息を飲む。
「……僕のスキルって、牛丼を作るだけなんですが……」
「その“牛丼の器”に、あなたが知らない力が宿ってる。森を開き、魔を遠ざけ、道を照らす……本来なら人間が持ち得ない力」
凰翔は丼を見つめた。
「……なんで、そんなものがスキルに……?」
キツネは微笑むでもなく、悲しむでもなく、ただ静かに言った。
「それを知っているのは――あなたをこの世界に呼んだ“誰か”だけだよ」
金色の光が、ふわりと揺れた。
森が、まるでその言葉に反応するように。
凰翔の背筋にひやりとしたものが走る。
「……誰かって……それは誰なんですか?……」
キツネは尾をゆらし、森の奥を示した。
「知りたいなら――
私が案内する。森の心臓は、あなたを拒まない」
一歩、キツネが進む。
「……さぁ、“来訪者”。
あなたが持つ“鍵”の本当の意味を教えてあげる」
凰翔はギンと目を合わせる。
ギンは小さく頷いた。
「ワフ」
呼吸を落ち着けるように胸をひとつ上下させ、凰翔も一歩踏み出した。
金色の光が導く道へ、三つの影が静かに進んでいく。
凰翔は思わず背筋を伸ばす。
「……森の、心臓……?」
ギンが「ワフゥ……」と小さく鳴き、凰翔の足にぴとっと寄り添う。
警戒しているようで、でも目はキツネから離れない。
キツネはそんなギンに向かって微笑む。
「怖くないよ。私たちの“お客さん”なんだから」
「……それでも、招待された覚えがなくて……」
「でも来たよね?」
言われてみれば、来た。
来たけど……キノコに案内されたから来ただけだ。
「いやそうなんですが……キノコに誘われて……」
「うん。それで十分」
まるで「それ以外に理由いる?」と言わんばかりの、あっさりした返事。
凰翔は不安と戸惑いが混じった変な顔になった。
「えっと……その、森の心臓って、何をする場所ですか? すごく大事そうな場所だとは思いますが」
キツネは少しだけ目線を落とし、金色の大樹を見上げた。
「……ここは、森に流れる“力”を整える場所。大地の息を流し、魔力の濁りを浄化し、新しい季節を巡らせる……そういう役目を持ってるの」
「ほ、本当に心臓……」
凰翔はリアクションに困りながらも、ゆっくり周囲を見回した。
たしかにこの空間だけ空気がまるで別物みたいだ。
静かで、重くて、それなのにどこか落ち着く。
キツネが、ふっと表情を変えた。
「本当は……こんなところに人間が入ること、ありえないんだけどね」
「……」
それを先に言ってほしかった。
ギンが「ワフ?」と首を傾げる。
キツネは続ける。
「でも、あなたは“入れた”。だからここにいる」
「え、いや……特別なことなんて――」
「うん、分かってる。あなたみたいに弱くて無害そうな人間、“特別”には見えないよね」
「そ、そうですよね。ははは。分かっていましたが、俺ってやっぱり弱くて無害そうなんですね」
「そうだよ?」
完全に悪意のないやつだ、このキツネ。
凰翔が肩を落とすと、キツネはふわりと尾を揺らしながら歩み寄る。
「でも、“鍵”がないとこの森には入れない。あなたはそれを持ってる……だから通ったの」
「鍵……?」
凰翔は自分の持ち物を思い返した。
鍵っぽいものなんて――
……あ。
「……もしかして、これのこと?」
凰翔は、懐から白い丼を持ち上げた。
キツネの赤い瞳が一瞬だけ大きく開く。
金色の粒子が尾からぶわっと飛び散った。
「……それ。やっぱり……“あなたの丼”が鍵だったんだ」
「いや、待ってください、丼が鍵ってどういう……」
「この森を開けたのは、あなたじゃない。その丼を“作った存在”だよ」
キツネの声が、森の空気のなかで静かに響いた。
凰翔は一瞬、息を飲む。
「……僕のスキルって、牛丼を作るだけなんですが……」
「その“牛丼の器”に、あなたが知らない力が宿ってる。森を開き、魔を遠ざけ、道を照らす……本来なら人間が持ち得ない力」
凰翔は丼を見つめた。
「……なんで、そんなものがスキルに……?」
キツネは微笑むでもなく、悲しむでもなく、ただ静かに言った。
「それを知っているのは――あなたをこの世界に呼んだ“誰か”だけだよ」
金色の光が、ふわりと揺れた。
森が、まるでその言葉に反応するように。
凰翔の背筋にひやりとしたものが走る。
「……誰かって……それは誰なんですか?……」
キツネは尾をゆらし、森の奥を示した。
「知りたいなら――
私が案内する。森の心臓は、あなたを拒まない」
一歩、キツネが進む。
「……さぁ、“来訪者”。
あなたが持つ“鍵”の本当の意味を教えてあげる」
凰翔はギンと目を合わせる。
ギンは小さく頷いた。
「ワフ」
呼吸を落ち着けるように胸をひとつ上下させ、凰翔も一歩踏み出した。
金色の光が導く道へ、三つの影が静かに進んでいく。
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