勇者、チー牛

チー牛Y

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34:森の囁き

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金色の光に照らされながら、凰翔とギン、そして小さなキツネは森の奥へ進んでいった。

道らしいものはない。
ただ、踏みしめるたびに苔が淡く光り、三人の進行に合わせて道ができていく。

「……これ、歩くたびに道が生えてるんですか……?」

「うん。この森は生きてるから」

「……道まで生やしてくれるなんて……」

キツネはくすりと小さく笑う。

「あなたみたいに迷子体質の人間には必要じゃない?」

「僕、そんな迷うタイプじゃ――」

ギンが「ワンッ!」と即ツッコミのように吠えた。

「え、迷うタイプだと思ってたのか!?」

ギンはコクリと頷き、そっと目を逸らした。

……おい。

キツネは楽しそうに尾を揺らして歩を進める。

「でも、安心して。この森は“危険を嫌う人間”には優しいから」

「自覚はありますが……そんなにビビリに見えるんですか!?」

キツネはくすくす笑いつつ、歩みを止めた。

「着いたよ」

気づけば、森の中心よりもさらに奥。
大樹がもう一本――いや、“芽”のようなものを伸ばしている場所だった。

それは普通の木ではなかった。
ひざほどの高さなのに、幹の中で金色の光が脈動し、まるで心臓のように鼓動していた。

「……思ったより小さいですが……なんというか、不思議な威圧感が……」

「“芽”だよ。森の心臓が、新しい命を生もうとしてる」

凰翔は近づこうとして、ふと足を止めた。

森が、――いや、“芽”が彼を見ている。
そう錯覚するほど、金色の鼓動のリズムが胸の鼓動と重なってきた。

「……まさか俺の心臓と……合わせてる!?」

「拒んでるわけじゃないよ。むしろ、あなたを歓迎してる」

小さなキツネは、そっとその芽の根元を前足で指した。

そこには――見覚えのあるものがあった。

白い、小さな破片。

「…………丼の破片?」

凰翔は思わず息を呑む。

そこには、彼の“牛丼の器”と同じ材質の破片が、
まるで種のように埋まっていた。

「……なんでこんなところに……?」

キツネの声は静かだ。

「その器……あなたの丼は、“ただの入れ物”じゃない。
 本来は“種”なんだよ」

「……?」

思考が止まる。

丼=種?

「いやいや……陶器ですよ? なんで育つ前提なんですか……そんな、まるで生きもののような」

キツネは首を振った。

「生き物じゃない。
 でも、魔力の流れを形作る“核”になる。
 森も、水も、魔も……世界を循環させる“核”」

そして、はっきりと言った。

「あなたの牛丼の器は、
 本来“聖域を作る種”として使われるものなんだよ」

凰翔は固まった。

しばらくして、ようやく声が出た。

「じゃあ、このスキル……」

「うん。
 本来なら、勇者か、森の守人にしか扱えないもの」


「じゃあ……なんで僕なんかに?」

その問いに、キツネは長く静かに息を吐いた。

まるでその答えだけは簡単に口にできないというように。

「……それは、私も知らない。
 でも――」

キツネは赤い瞳で凰翔をまっすぐ見た。

「あなたは“この世界に呼ばれた理由”を、
 まだ何ひとつ知らないだけ」

森の空気が重く震えた。

ギンですら、一歩後ろに下がるほど。

凰翔は喉が渇き、ゆっくりと唾を飲み込んだ。

「……知りたい……けど……怖い……」

キツネは少し笑った。

「怖がってるだけなら、ここまでは来れなかったよ」

そして――芽の根元を前足でそっと示した。

「だから、次を見せる。
 “招いた者”の痕跡が、ここに残ってる」

凰翔は息を呑んだ。

ギンは鼻をひくつかせる。

芽の根元には、白い丼の破片とは別に――

金色の紋様が刻まれた石板が
土に半分埋もれていた。

凰翔の胸がざわつく。

これが“呼んだ者”の痕跡……?

凰翔は震える指で、ゆっくりと土を払った。

石板の表面には、こう刻まれていた。


---


《器を持つ者を、この地へ》
《彼こそが、この世界の巡る力を……》


---

そこまで読んで、文字が途切れた。

石板の欠けた部分が、ぽっかりと空いていたからだ。




凰翔はごくりと息を呑む。

「……なんか……とんでもない役目とか、ある感じですか……?」

キツネは静かに微笑む。

「全部を知るのは、まだ早いよ。
 でも――あなたの器は、確かに“選ばれた”もの」

そして、こう言った。

「だから次は――
 “あなたを呼んだ声”を、聞きに行くんだ」

凰翔の肩がびくっと震えた。

「え……待ってください、その声って……まだ残ってるんですか……?」

キツネはゆっくりとうなずく。

ギンが不安そうに尻尾を下げる。

「……ワフ……」

キツネは優しく微笑んだ。

「大丈夫。
 あなたの丼が、あなたの身を守るから」

その言葉に、丼がかすかに光を返した。

凰翔は思わず、丼を胸に抱きしめてつぶやく。

「……丼……お前……なにものなんだよ……」

金色の森の奥へ続く道が、ゆっくりと広がる。

そこで、キツネが振り返った。

「さあ、行こう。
 “呼んだ者”の声が待ってる」

凰翔は震えたまま、でも歩いた。

ギンもついてくる。

光の道が、三人をさらに深く導いていった。
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