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35:呼んだ者の残響
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金色の道を進むにつれ、森は徐々に沈黙を深めていった。
風の音も、鳥の声も消える。
……代わりに、かすかな“脈動”だけが聞こえる。
トン……
トン……
トン……
大地の奥から、心臓の音が響いてくるようだった。
ギンが彼の足にピタッと寄り添い、
尻尾をほんの少し立てる。
「ワフ……」
キツネは振り返らずに進んでいく。
「怖いなら、そのままでいい。でも……あなたは来なくちゃいけない。“丼を持つ者”は、ここに辿り着く運命なんだ」
凰翔は丼を抱えたまま、深呼吸をする。
(……俺の人生、丼に振り回されすぎだろ……)
道がふわりと開けた。
そこは洞窟の入口のような場所だった。
けれど石ではない。
木々の根が絡み合い、“空洞”をつくっている。
根の隙間から金色の光が呼吸のように漏れ、
まるで中に何か巨大なものが眠っているかのようだ。
キツネは足を止めた。
「ここだよ。あなたを呼んだ“声”が眠っている場所」
凰翔はぎくりと身体を固める。
「あの、もし寝てるのなら、起こしたくないんですが……」
「大丈夫。“声”はもう生きていない」
「……え?」
キツネはゆっくりと振り返り、言葉を選ぶように告げた。
「ここにあるのは、“残響(エコー)”。かつてこの世界を守り、あなたの器を作った者の“声の残りかす”」
凰翔の背筋に寒気が走った。
「声の……残りかす……?」
「うん。本体はとうに滅んだ。でも、最後の最後で……あなたを呼んだ」
ギンが低く唸った。
「……ワフゥ……」
凰翔は眉をしかめ、大きく深呼吸した。
「……なんでそんな大層な存在が、俺なんかを……?」
キツネはしばし黙り、答えを濁すことなく言った。
「分からない。でも確かなのは――丼を持てるのは、あなたしかいなかった」
凰翔は苦笑した。
「丼適性とか……あるんですね……」
キツネは洞窟の入口に視線を向けた。
「ここから先は……私でも入れない。“器を持つ者”だけが進める場所」
ギンは入口まで行くが、根の光に阻まれて入れなかった。
「クゥン……」
凰翔はギンの頭を撫でる。
「すぐ戻るから……多分……死ななければ……」
自分で言って自分で震えた。
キツネが静かに言う。
「心配しなくていい。“声”はあなたを害さない。ただ、あなたに“残したい言葉”があるだけ」
凰翔はゆっくりと頷いた。
そして、丼を胸に抱きしめる。
「……行くか……丼の……産みの親みたいな人の声を、聞きに……」
一歩、根の洞へ踏み込む。
光が凰翔を包む。
森の音は完全に消え、
代わりに――
“……キコエルカ……?”
誰かの声が、洞の奥から響いた。
性別も年齢も分からない。
かすれ、途切れ、
それでも確かに“誰か”が凰翔に呼びかけている。
凰翔は震える声で答えた。
「……はい……聞こえています……」
“……アナタ……ニ……ツタエ……”
“……世界……クズレる……マエニ……”
胸が、強く締め付けられた。
凰翔は丼を握りしめ、一歩奥へ踏み入れる。
「……一体……何をすればいいんですか……?」
暗闇の奥から、最後の“残響”が形になった。
金色の光が、人の輪郭を、ぼんやりと結ぶ。
その声は、静かに、しかし確かに告げた。
《器を持つ者よ――“巡りを戻せ”。
この世界は、もう長くない。》
洞窟が揺れる。
光が強まる。
声が途切れていく。
凰翔は震えながら手を伸ばし――
「……巡りを戻す……一体僕はどうすれば良いんですか?……」
返事はない。
光は静かに消えていく。
最後に残った声は、一言だけだった。
《……オマエ……ダケ……》
その瞬間、光は完全に消え、
洞窟の奥は静寂に沈んだ。
凰翔はただ呆然と立ち尽くす。
丼が、かすかに震えていた。
風の音も、鳥の声も消える。
……代わりに、かすかな“脈動”だけが聞こえる。
トン……
トン……
トン……
大地の奥から、心臓の音が響いてくるようだった。
ギンが彼の足にピタッと寄り添い、
尻尾をほんの少し立てる。
「ワフ……」
キツネは振り返らずに進んでいく。
「怖いなら、そのままでいい。でも……あなたは来なくちゃいけない。“丼を持つ者”は、ここに辿り着く運命なんだ」
凰翔は丼を抱えたまま、深呼吸をする。
(……俺の人生、丼に振り回されすぎだろ……)
道がふわりと開けた。
そこは洞窟の入口のような場所だった。
けれど石ではない。
木々の根が絡み合い、“空洞”をつくっている。
根の隙間から金色の光が呼吸のように漏れ、
まるで中に何か巨大なものが眠っているかのようだ。
キツネは足を止めた。
「ここだよ。あなたを呼んだ“声”が眠っている場所」
凰翔はぎくりと身体を固める。
「あの、もし寝てるのなら、起こしたくないんですが……」
「大丈夫。“声”はもう生きていない」
「……え?」
キツネはゆっくりと振り返り、言葉を選ぶように告げた。
「ここにあるのは、“残響(エコー)”。かつてこの世界を守り、あなたの器を作った者の“声の残りかす”」
凰翔の背筋に寒気が走った。
「声の……残りかす……?」
「うん。本体はとうに滅んだ。でも、最後の最後で……あなたを呼んだ」
ギンが低く唸った。
「……ワフゥ……」
凰翔は眉をしかめ、大きく深呼吸した。
「……なんでそんな大層な存在が、俺なんかを……?」
キツネはしばし黙り、答えを濁すことなく言った。
「分からない。でも確かなのは――丼を持てるのは、あなたしかいなかった」
凰翔は苦笑した。
「丼適性とか……あるんですね……」
キツネは洞窟の入口に視線を向けた。
「ここから先は……私でも入れない。“器を持つ者”だけが進める場所」
ギンは入口まで行くが、根の光に阻まれて入れなかった。
「クゥン……」
凰翔はギンの頭を撫でる。
「すぐ戻るから……多分……死ななければ……」
自分で言って自分で震えた。
キツネが静かに言う。
「心配しなくていい。“声”はあなたを害さない。ただ、あなたに“残したい言葉”があるだけ」
凰翔はゆっくりと頷いた。
そして、丼を胸に抱きしめる。
「……行くか……丼の……産みの親みたいな人の声を、聞きに……」
一歩、根の洞へ踏み込む。
光が凰翔を包む。
森の音は完全に消え、
代わりに――
“……キコエルカ……?”
誰かの声が、洞の奥から響いた。
性別も年齢も分からない。
かすれ、途切れ、
それでも確かに“誰か”が凰翔に呼びかけている。
凰翔は震える声で答えた。
「……はい……聞こえています……」
“……アナタ……ニ……ツタエ……”
“……世界……クズレる……マエニ……”
胸が、強く締め付けられた。
凰翔は丼を握りしめ、一歩奥へ踏み入れる。
「……一体……何をすればいいんですか……?」
暗闇の奥から、最後の“残響”が形になった。
金色の光が、人の輪郭を、ぼんやりと結ぶ。
その声は、静かに、しかし確かに告げた。
《器を持つ者よ――“巡りを戻せ”。
この世界は、もう長くない。》
洞窟が揺れる。
光が強まる。
声が途切れていく。
凰翔は震えながら手を伸ばし――
「……巡りを戻す……一体僕はどうすれば良いんですか?……」
返事はない。
光は静かに消えていく。
最後に残った声は、一言だけだった。
《……オマエ……ダケ……》
その瞬間、光は完全に消え、
洞窟の奥は静寂に沈んだ。
凰翔はただ呆然と立ち尽くす。
丼が、かすかに震えていた。
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