勇者、チー牛

チー牛Y

文字の大きさ
38 / 55

38:旅立ち前に、ひと匙の不穏

しおりを挟む
腹ごしらえを終えたあと、
キツネに急かされるように、凰翔は森の外れまで戻ってきた。

そこには、木々が円を描くように開けた小さな広場がある。
かつて“通り道”として使われていた場所らしい。

キツネは振り返り、真剣な声で言った。

「ここから先は、もう森の加護は薄い。“巡り”の影響も、外の方が濃く出てくるはず」

「巡りの影響……?」

「世界が壊れつつあるってことだよ」

「……」

凰翔は苦い顔をしながら、丼を抱え直す。

そのとき――

ギンが急に、森の奥へ向かって低く唸った。

「ワゥゥ……!」

凰翔が慌ててギンを見ると、
ギンの毛並みがほんの少し逆立っている。

キツネも眉をひそめ、同じ方向へ鋭い目を向けた。

「……気づいた?」

「……いえ、何のことやら……」

「“隙間”だよ」

「すき……間?」

キツネは森の闇を指さした。

普通に見れば、ただの木々の影――
だが、よく見ると影の中に“揺れる線”のようなものがひとつ。

空気が歪んでいる。

「なんですか……あれは……」

「あれが“巡りの乱れ”。
 本来、世界の流れは目に見える形で揺らがない。
 でも今は……境界が薄くなってる」

「境界……? この世界と……何かの?」

キツネは静かに頷いた。

「壊れ始めた世界で最初に現れる症状だよ。
 外側と内側の差が弱まり、
 “別の場所の気配”が混ざる」

凰翔はぞくりと背を震わせた。

ギンはその場から目を離さず、
喉の奥で低く唸り続けている。

「おいギン……大丈夫か……?」

ギンは答えない。
でも――その瞳には、さっき見せた“残響の光”と同じ微かな揺らぎがあった。

キツネは小さく息をついた。

「ギンは“巡り”に敏い子。
 あの歪みは……きっと彼には触れられないほど危険なんだ」

凰翔は思わずギンを庇うように前に立つ。

「触れたらどうなるんですか?」

「……何かを奪われる」

「何かって……命とか?」

「それもある。
 記憶、魔力、存在、その人が持つ“流れ”のどれかを失う」

「いやさらっと怖いこと言ってません!? 」

キツネはため息をつきながら笑った。

「だから言ったでしょ。
 もう、この森は安全じゃないって」

凰翔はぐっと丼を抱きしめる。

丼が、ほんのわずかに“温度”を増した。

(守ろうとしてる……?
 いや丼が俺を守るって何……?
 え、なにその機能……?)

キツネはその様子を見て、小さく頷いた。

「凰翔。
 その丼が震えるとき、それは“巡りが乱れている”って合図だよ。
 持ってるだけで役に立つ」


ギンはまだ歪みを睨んでいる。

凰翔は息を飲んで、キツネに聞いた。

「……で、どこへ向かうんですか?」

キツネは森の南の方を指した。

「最初に向かうのは“巡里(めぐり)の町”。
 世界の流れを研究していた人たちが集まる場所。
 壊れた流れの原因を知る手がかりがある……かもしれない」

「かもしれない、ですか……」

「確証はない。でも、行く価値はある」

凰翔はうなずいた。

そして、丼を胸に抱えて呟く。

「……巡り紋、か。
 ……多分、なんとかなる……よな?」

カンッ。

丼が、控えめに返事をした。

ほんの少し勇気が湧いた。

そして――
三人は森を抜け、南へと歩き始めた。

だが、その背後。

さっきの“隙間”が、ゆらりと形を変えた。

細い線が、裂け目のように開く。

そこから――
黒い気配がひとつ、静かに森に滲み出す。

三人はまだ知らない。

“巡りの乱れ”の向こうにいる存在が、
すでに彼らを認識していることを。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

なほ
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模るな子。新入社員として入った会社でるなを待ち受ける運命とは....。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

OLサラリーマン

廣瀬純七
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

処理中です...