勇者、チー牛

チー牛Y

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37:小さな揺らぎと、大きな嘘

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眩しい金色の光を抜け、凰翔が外へ出ると――
キツネとギンが、同時に彼へ駆け寄ってきた。

ギンは鼻を押しつけ、心配そうに「クゥン、クゥン……」と鳴いた。

「お、おいおい……大丈夫だ。生きてるから……多分」


キツネは一歩引いて、鋭い目で凰翔の全身を観察している。

「……何が聞こえた?」

その目は優しさではなく、“確認”だった。

凰翔は無意識に丼を抱きしめ直し、息を飲む。

「“巡りを戻せ”って……
 そんなことを言われたんだ」

キツネの耳がぴくりと動く。

一瞬、ほんの一瞬だけ――
その表情には“恐怖”とも“焦り”ともつかない色が浮かんだ。

だがすぐ、平静を装った顔に戻る。

「……そう。やっぱり、それが聞こえたんだね」

「やっぱりって……知ってたんですか?」

「知らないよ。ただ……予想はできてた」

「予想って……」

凰翔は思わずキツネをまじまじと見つめる。

だがキツネは視線をそらし、

「それより――感じない? ほら」

と、森の奥を顎で示した。

凰翔は耳を澄ます。


………………


「……何も、聞こえませんが……」

「そこだよ」

キツネの声が低くなる。

「“脈動”が消えた。
 あの残響が完全に途切れた瞬間、この森の“巡り”が弱まったんだ」

「……巡りって、そんなに重要なんですか?」

キツネは言葉を詰まらせた。

「説明しても、きっと信じないと思う」

「いや、俺もう洞窟で光る残響に話しかけられましたし……
 大抵のことは信じますよ……」

「…………」

キツネのしっぽがふわりと揺れ、覚悟を決めたように口を開く。

「“巡り”っていうのは……この世界の“生きるための流れ”みたいなもの。
 魔力とか、生命力とか、空気の流れとか。
 ぜんぶひっくるめて……この世界を一つにつないでる仕組み」

「なんでそんな大事なものが、止まってしまうんですか……?」

「分からない……。でもね、凰翔」
キツネは真っ直ぐに彼を見つめた。

「あなたが来てから、巡りは“揺らぎ始めた”」

「……俺のせいなんですか!? チー牛のせいで世界が死ぬ!?」

「違う。あなたが来なかったら、とっくに死んでた」

「………………えっ」

あまりの言い方に、凰翔は目を丸くした。

キツネは続けた。

「あなたは“丼”の器を持ってる。
 その器は……巡りの力を一時的に“蓄える”機能がある」

「蓄える……?」

凰翔は思わず丼を見下ろす。

丼はじっと黙って、しかし確かに“何か”が宿っているようだった。

「あなたがここに来た時、世界はもう巡りの流れを保てなかった。
 でも――あなたの丼がその“余り”を吸い取っていた」

「……吸い取って……た?」

「そう。だから……本当は、あなたが来たおかげで
 世界は“持ちこたえてる”。
 ……少しだけね」

「いや待ってください、すごい設定になってませんか? 
 俺のチーズ牛丼スキル、そんな由緒正しいやつなんですか……?」

キツネはくすりと笑う。

「美味しい牛丼を出すために作ったスキルじゃないよ?」

「……それなら……具材ってオマケだったんですか?」

ギンが「ワフゥン」と鳴いた。

凰翔はギンのほうを見る。

その瞳は――どこか、洞窟の残響と同じ“光”を見たような揺らぎがある。

「ギン……お前、何か知ってるのか?」

ギンは鳴く代わりに、そっと凰翔の持つ丼へ鼻を寄せた。

その瞬間。

丼の底に、小さな紋様が浮かび上がった。
渦のような、流れのような――見たことのない印。

キツネが息をのむ。

「……“巡り紋”だ。
 本当に……あなたの丼が、世界の巡りを……」

「お、おい……そんなすごいもん勝手に増設すんなよ!?
 俺の許可出してないぞ!?」

丼はカンッと軽く鳴った。

――ツッコミを受けたとでも言うように。

キツネは真剣な目で凰翔に向き直る。

「凰翔。
 “巡り紋”が出たということは……もう時間がない」

「え、え、どれくらいですか?」

「……一ヶ月以内には、何かが起きる」

「短ッ!!?」

ギンが低く鳴き、凰翔の足にしがみつく。

キツネは、厳しい声で告げた。

「旅に出よう。
 “巡り”を解き明かすために」

凰翔は震えながらも、拳を握った。

「……分かりました。
 俺、行きますよ。というか……行くしかないでしょ……もう……」

でもその次の瞬間。

「……チーズ牛丼、食べてからでも良いですか?」

とぼそっと言った。

キツネは呆れたように笑った。

「あなたらしいね」

丼が――ぽん、と温かく鳴いた。
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