勇者、チー牛

チー牛Y

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40:巡り研究者の目覚めと、迫る黒影

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青年を安全な地帯まで運んだあと、
凰翔はまだ心臓がバクつくまま、丼をぎゅっと抱いた。

キツネが青年の呼吸を確かめる。

「……少し、動いた」

その言葉に、凰翔とギンが同時に前のめりになる。


青年の指がぴくりと動き、
やがて重い瞼が少しずつ開かれた。



「……ここ、は……?」

掠れた声。
目を開けた青年は、まず空を見て、そして自分の胸を触れ……顔が驚愕で歪んだ。

「歪み紋が……消えている……?
 いや、あり得ない……普通なら即死してもおかしく……!」

キツネが微笑む。

「あなた、巡里の研究者でしょ?
 “外縁域の亀裂調査”に来て巻き込まれたんだよ。運が悪かったね」

「……あなた方が助けてくれたのですか?」

青年は必死に体を起こし、何度も頭を下げる。

「本当に……ありがとうございます。
 私は巡里研究所第三区所属、シロガネと言います」

凰翔は慌てて手を振る。

「いやいや、丼のおかげです」

キツネが横目で凰翔を見る。

「君が使ったんだから同じことだよ。
 “巡り器の保持者”は、手を添えるだけで流れを導く存在なんだから」

「……存在が重すぎるような」

シロガネは凰翔の丼を見つめて、息を呑む。

「それは……巡り紋……?
 しかもこんなに濃い……」



シロガネは周囲を見渡し、表情を曇らせた。

「……やはり、巡りが漏れていますね。
 この外縁域、もう長く持たない……」

「巡里の町って、今どうなってるの?」

キツネの問いに、シロガネは低い声で答えた。

「防護壁を張って、住民は全員避難しています。
 巡りの流れが逆流し始めた時から、
 “何か”が町の外周を徘徊するようになって……」

凰翔がごくりと唾を飲む。

「“何か”って……今のその言い方……嫌な予感しかないんですが」

「見え方が……普通じゃないんです。
 視界の端で揺らぐ影、音に反応して寄ってくる気配……
 あれは、巡りが生んだ“歪みの残滓”でしょう」

ギンがふっと毛を逆立てた。

その瞬間だった。


――ザ……ァァ……。

森の奥で、
黒い“揺らぎ”が音もなく生まれた。

シロガネが蒼白になる。

「……来た……!」

凰翔はキツネの方を見る。

「いやいや……あれ、お化けですよね!?」

「お化けじゃないよ。
 巡りの異常で形になっちゃった“存在しないはずの影”。
 まあ……ほぼお化けだね」

(どっちでも怖いから!!!!)

黒い影は、地面に触れるたびに草を黒く枯らし、
ゆらりと形を変える。

耳元で、かすれた声が響いた。

 …………戻セ…………
 ……巡リ……戻セ……

凰翔の背筋が凍りつく。

「え、俺に言ってません!?」

キツネが即座に凰翔の前に出た。

「狙いは丼。
 影は“流れの乱れを元に戻そうとしている”。
 つまり――凰翔、あなたを排除するつもり」

(なんでだ!!!)


シロガネが声を張り上げる。

「逃げてください!
 あれは……通常の武器では倒せません!!
 巡りの器を持つあなたしか――」

その瞬間、影が地を滑るように一気に距離を詰めた。

影の触手のようなものが、丼へ向かって伸びる。その光景に凰翔が叫ぶ。

丼が――カンッ!!と甲高く鳴り、
巡り紋が光を放つ。

影が触れた瞬間、
光に焼かれるように後退した。

シロガネが目を見開く。

「あれほどの影を……弾いた……?
 あなたの器、やはりただの巡り紋ではない……!」

キツネが短く言い放つ。
「凰翔、逃げるよ!!
 戦うのは無理! あれはまだ“学んでる最中”!!
 丼の力に慣れたら本当に狙われる!!」



黒影は形を揺らし、
今度はゆっくり、確実に追跡を始める。

その“狩人の歩み”は――
丼の光に魅せられた獣のようだった。

三人と一匹は全力で外縁域を駆け抜けた。

黒影はすぐそこまで迫っていた。
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