勇者、チー牛

チー牛Y

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61:噂は形を変えて

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街道沿いの小さな宿屋。

夕方になると、商人や旅人が集まる場所だ。

「なあ、聞いたか?」

酒をあおった男が、声を潜める。

「森の外れに、飯屋があるらしい」

「またそれか。
 最近、やけに聞くな」

相手は笑う。

「どうせ、大げさに盛った話だろ」

「いや……」

男は、杯を傾けながら続けた。

「王国騎士団が、通ったって話だ」

一瞬、空気が止まる。

「……は?」

「小隊が、全員食ったらしい」

「嘘だろ。
 あんな場所で?」

「俺もそう思った。
 でもな――」

男は、少し声を落とす。

「“問題なし”って、
 報告が回ったって聞いた」

宿屋の隅で、別の客が鼻で笑った。

「報告書に載るような飯屋があるかよ」

「載ったとしても、一行だ」

そう言って、肩をすくめる。

「“地図にない店。
 敵意なし。補給に支障なし”」

「……それだけ?」

「ああ。それだけだ」

沈黙。

やがて、誰かが言った。

「逆に、気になるな」


翌日。

街道を歩く行商人たちの間で、話は少し形を変える。

「騎士が食ったらしいぞ」

「騎士団が許した味だってさ」

「軍が寄るなら、毒はないだろ」

話は、どんどん削られる。

味の細かさは消え、
調理の不思議さも薄れる。

残るのは、簡単な評価だけ。

――安全。
――腹が満たされる。
――森の外れ。


さらに数日後。

子供たちの間では、こうなる。

「兵隊さんが並んだんだって」

「一瞬でご飯が出てくるらしいぞ」

「魔法だろ!」

大人は笑う。

「話、盛りすぎだ」

だが、誰も完全には否定しない。





森の外れ。

凰翔は、いつも通り店を開けていた。

特別な看板は出していない。
呼び込みもしない。

ただ、来た者に出す。

それだけだ。

「……最近、増えたな」

ギンが、二度ほど鼻を鳴らす。

カゲ丸は、影の中で揺れる。

客は、増えたと言っても、
一日に数人。

だが――
来る者の顔ぶれが、変わり始めていた。

商人。
旅人。
そして、たまに。

鎧を外した、騎士らしき男。

彼らは、互いに深く話さない。

「ここ、聞いたことある」

「騎士が食ったって?」

それだけで、注文する。

牛丼を食べ、
代金を置き、
静かに去る。


噂は、混ざり合う。

大げさな話は削られ、
事実だけが沈殿する。

森の外れに、飯屋がある。
軍も通った。
問題はなかった。

それ以上でも、以下でもない。

だが――

その“ちょうどいい噂”こそが、
人を動かす。

森の外れの小さな牛丼屋は、
今日も静かに、客を迎えていた。

行列はない。
騒ぎもない。

ただ、
知っている人は、知っている

そんな場所になりつつあった。 
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