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60:任務の途中で、立ち止まる者達
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森を抜ける道に、一定の足音が響いていた。
鎧の擦れる音。
槍の石突きが地面を打つ音。
乱れのない、騎士隊の行軍。
十六名。
王国騎士団の小隊だった。
「休憩は、次の合流地点で取る」
先頭の隊長が、短く告げる。
その時――
列の中ほどにいた騎士が、鼻を動かした。
「……隊長」
「何だ」
「匂いがします」
一瞬、足音が揃って止まる。
森の中。
街道から外れた場所。
あり得ないはずの、食事の匂い。
「……確かに」
隊長は、静かに息を吸った。
肉の脂。
温かい穀物。
行軍中の空腹を、正確に突いてくる。
「斥候」
「異常なし。
人の気配、一。獣が二」
「……店か」
隊長は、判断した。
「様子を見る。
全員、警戒は維持」
◇
小屋は、すぐに見つかった。
葉と枝で組まれた簡素な建物。
揺れる看板。
『牛丼屋』
「読めませんが……」
「店の類だろう」
隊長が一歩前に出る。
「店主。
この人数、対応できるか」
「はい。少し時間をいただければ」
即答だった。
隊長は、わずかに眉を上げる。
「……全員だが?」
「問題ありません」
その返答に、騎士たちの間に小さなどよめきが走る。
凰翔は、いつも通り、
葉の仕切りの奥へと消えた。
音は、しない。
騎士たちは、互いに視線を交わす。
鍋の音も、火の爆ぜる音もない。
それでも――
匂いだけが、確実に強くなる。
「……詠唱なし」
「魔道具も見えません」
「だが、匂いは本物だ」
やがて、凰翔が現れた。
一杯、また一杯。
次々と並べられていく。
量は同じ。
盛りも、揃っている。
「お待たせしました」
隊長は、器を見渡し――頷いた。
「食べろ」
一斉に、食事が始まる。
ざわつきは、すぐに消えた。
一口。
二口。
鎧の音だけが、わずかに響く。
「……」
誰も、大声を上げない。
だが、箸は止まらない。
「……うまいな」
「温かい……」
若い騎士が、思わず呟いた。
隊長は、黙って食べ終えた。
味に、揺らぎはない。
全員分、同じ。
「店主」
「はい」
「我々は、王国騎士団だ。
任務途中の立ち寄りになる」
「今日のことは、報告書に残る。
だが――敵意は感じない」
凰翔は、軽く頭を下げた。
「道中、お気をつけて」
再び、行軍が始まる。
森を抜けながら、
騎士たちは口々に小さく話す。
「……また来たいな」
「任務次第だ」
「地図に載ってない店、か」
隊長は、最後尾を一度だけ振り返った。
森の外れの小さな牛丼屋は、
何事もなかったかのように、そこにあった。
だが――
その存在は、確かに
小隊全員の記憶に刻まれた。
騒ぎにはならない。
報告書にも、短く書かれるだけ。
それでも。
“あの森を通るなら、腹は心配いらない”
そんな、静かな認識が生まれたのだった。
鎧の擦れる音。
槍の石突きが地面を打つ音。
乱れのない、騎士隊の行軍。
十六名。
王国騎士団の小隊だった。
「休憩は、次の合流地点で取る」
先頭の隊長が、短く告げる。
その時――
列の中ほどにいた騎士が、鼻を動かした。
「……隊長」
「何だ」
「匂いがします」
一瞬、足音が揃って止まる。
森の中。
街道から外れた場所。
あり得ないはずの、食事の匂い。
「……確かに」
隊長は、静かに息を吸った。
肉の脂。
温かい穀物。
行軍中の空腹を、正確に突いてくる。
「斥候」
「異常なし。
人の気配、一。獣が二」
「……店か」
隊長は、判断した。
「様子を見る。
全員、警戒は維持」
◇
小屋は、すぐに見つかった。
葉と枝で組まれた簡素な建物。
揺れる看板。
『牛丼屋』
「読めませんが……」
「店の類だろう」
隊長が一歩前に出る。
「店主。
この人数、対応できるか」
「はい。少し時間をいただければ」
即答だった。
隊長は、わずかに眉を上げる。
「……全員だが?」
「問題ありません」
その返答に、騎士たちの間に小さなどよめきが走る。
凰翔は、いつも通り、
葉の仕切りの奥へと消えた。
音は、しない。
騎士たちは、互いに視線を交わす。
鍋の音も、火の爆ぜる音もない。
それでも――
匂いだけが、確実に強くなる。
「……詠唱なし」
「魔道具も見えません」
「だが、匂いは本物だ」
やがて、凰翔が現れた。
一杯、また一杯。
次々と並べられていく。
量は同じ。
盛りも、揃っている。
「お待たせしました」
隊長は、器を見渡し――頷いた。
「食べろ」
一斉に、食事が始まる。
ざわつきは、すぐに消えた。
一口。
二口。
鎧の音だけが、わずかに響く。
「……」
誰も、大声を上げない。
だが、箸は止まらない。
「……うまいな」
「温かい……」
若い騎士が、思わず呟いた。
隊長は、黙って食べ終えた。
味に、揺らぎはない。
全員分、同じ。
「店主」
「はい」
「我々は、王国騎士団だ。
任務途中の立ち寄りになる」
「今日のことは、報告書に残る。
だが――敵意は感じない」
凰翔は、軽く頭を下げた。
「道中、お気をつけて」
再び、行軍が始まる。
森を抜けながら、
騎士たちは口々に小さく話す。
「……また来たいな」
「任務次第だ」
「地図に載ってない店、か」
隊長は、最後尾を一度だけ振り返った。
森の外れの小さな牛丼屋は、
何事もなかったかのように、そこにあった。
だが――
その存在は、確かに
小隊全員の記憶に刻まれた。
騒ぎにはならない。
報告書にも、短く書かれるだけ。
それでも。
“あの森を通るなら、腹は心配いらない”
そんな、静かな認識が生まれたのだった。
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