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63:誰も決めていない場所
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森の外れの牛丼屋は、
今日も変わらず、そこにあった。
呼び込みの声はない。
営業時間を告げる札もない。
だが、”店は開いている”と誰もが知っている。
来る者が来て、
牛丼を食べ、
そして、何事もなかったかのように去っていく。
それだけの場所だった。
――ただ、最初に“違和感”を覚えたのは、凰翔自身ではなく、周囲の人間たちだった。
客たちの口ぶりが、少しずつ変わり始めたのだ。
「おい、ここでは揉めるなよ」
「剣、外に置いてけ。ここはそういう場所じゃねぇ」
誰が決めたわけでもない。
誰かが掲げた掟があるわけでもない。
それでも、
そう言われると、誰も反論しなかった。
まるで――
“ここではそうするものだ”という空気そのものが、
いつの間にか出来上がっていたかのように。
ある日の昼下がり。
二人の男が、店の前で鉢合わせた。
一人は、隣国の紋章を胸に付けた騎士風の男。
もう一人は、刃こぼれした剣を背負う、傭兵風の男。
視線が絡み、
空気が、ぴんと張り詰める。
手が、それぞれの武器へ伸びかけ――
だが、先に口を開いたのは、傭兵だった。
「……ここでは、やめておこう」
騎士は一瞬だけ眉をひそめ、
それから、ふっと息を吐く。
「……同感だ」
それだけで、二人は互いに一歩ずつ距離を取った。
その瞬間、
店の奥から、牛丼の匂いが流れてくる。
湯気と共に、甘辛い匂いが、
張り詰めていた空気を、ゆっくり溶かしていった。
別の日。
全身を鎧で固めた騎士風の男が、
店の入り口で足を止めた。
「……武装解除、か」
誰に言うでもなく、そう呟く。
少し迷うように視線を巡らせ――
それから、彼は剣を外し、
近くの木に、丁寧に立てかけた。
凰翔は、何も言わない。
ただ、いつも通り、牛丼を差し出す。
「……なあ」
最近よく顔を出す商人が、
器を抱えながら、小声で言った。
「ここ、どこの管轄なんだ?」
凰翔は、少し考え、
それから、首を傾げる。
「……よく、分からないんです」
商人は、一瞬だけ目を丸くし、
そして、どこか満足そうに頷いた。
「……だろうな」
その言葉は、
妙に、しっくり来た。
噂は、やがて、形を持ち始める。
森の外れ。
緩衝地帯。
そこに、飯屋がある。
あの場所で争った者はいない。
誰も、追い出されない。
だから――
“あそこでは余計なことをしない方がいい”
そんな共通認識だけが、
静かに、確実に、広がっていった。
夕方。
凰翔は、ふと呟いた。
「……なんか、最近、妙に平和じゃないか?」
ギンが、くぅ、と短く鳴く。
カゲ丸は、影の中で、ゆらりと揺れた。
なぜ、争いが避けられているのか。
凰翔は、知らない。
ただ、
ここで牛丼を出しているだけだ。
その夜。
街道の外れで、
旅人が、焚き火を囲みながら言った。
「森の飯屋は、中立だ」
「中立?」
「ああ。
誰の場所でもない。
だから、誰も壊さない」
宣言は、どこにもない。
看板にも、掟にも、そんな言葉は書いていない。
だが――
森の外れの小さな牛丼屋は、
いつの間にか、
“誰も壊さない場所”
になっていた。
今日も変わらず、そこにあった。
呼び込みの声はない。
営業時間を告げる札もない。
だが、”店は開いている”と誰もが知っている。
来る者が来て、
牛丼を食べ、
そして、何事もなかったかのように去っていく。
それだけの場所だった。
――ただ、最初に“違和感”を覚えたのは、凰翔自身ではなく、周囲の人間たちだった。
客たちの口ぶりが、少しずつ変わり始めたのだ。
「おい、ここでは揉めるなよ」
「剣、外に置いてけ。ここはそういう場所じゃねぇ」
誰が決めたわけでもない。
誰かが掲げた掟があるわけでもない。
それでも、
そう言われると、誰も反論しなかった。
まるで――
“ここではそうするものだ”という空気そのものが、
いつの間にか出来上がっていたかのように。
ある日の昼下がり。
二人の男が、店の前で鉢合わせた。
一人は、隣国の紋章を胸に付けた騎士風の男。
もう一人は、刃こぼれした剣を背負う、傭兵風の男。
視線が絡み、
空気が、ぴんと張り詰める。
手が、それぞれの武器へ伸びかけ――
だが、先に口を開いたのは、傭兵だった。
「……ここでは、やめておこう」
騎士は一瞬だけ眉をひそめ、
それから、ふっと息を吐く。
「……同感だ」
それだけで、二人は互いに一歩ずつ距離を取った。
その瞬間、
店の奥から、牛丼の匂いが流れてくる。
湯気と共に、甘辛い匂いが、
張り詰めていた空気を、ゆっくり溶かしていった。
別の日。
全身を鎧で固めた騎士風の男が、
店の入り口で足を止めた。
「……武装解除、か」
誰に言うでもなく、そう呟く。
少し迷うように視線を巡らせ――
それから、彼は剣を外し、
近くの木に、丁寧に立てかけた。
凰翔は、何も言わない。
ただ、いつも通り、牛丼を差し出す。
「……なあ」
最近よく顔を出す商人が、
器を抱えながら、小声で言った。
「ここ、どこの管轄なんだ?」
凰翔は、少し考え、
それから、首を傾げる。
「……よく、分からないんです」
商人は、一瞬だけ目を丸くし、
そして、どこか満足そうに頷いた。
「……だろうな」
その言葉は、
妙に、しっくり来た。
噂は、やがて、形を持ち始める。
森の外れ。
緩衝地帯。
そこに、飯屋がある。
あの場所で争った者はいない。
誰も、追い出されない。
だから――
“あそこでは余計なことをしない方がいい”
そんな共通認識だけが、
静かに、確実に、広がっていった。
夕方。
凰翔は、ふと呟いた。
「……なんか、最近、妙に平和じゃないか?」
ギンが、くぅ、と短く鳴く。
カゲ丸は、影の中で、ゆらりと揺れた。
なぜ、争いが避けられているのか。
凰翔は、知らない。
ただ、
ここで牛丼を出しているだけだ。
その夜。
街道の外れで、
旅人が、焚き火を囲みながら言った。
「森の飯屋は、中立だ」
「中立?」
「ああ。
誰の場所でもない。
だから、誰も壊さない」
宣言は、どこにもない。
看板にも、掟にも、そんな言葉は書いていない。
だが――
森の外れの小さな牛丼屋は、
いつの間にか、
“誰も壊さない場所”
になっていた。
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