勇者、チー牛

チー牛Y

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64:同じ釜の飯

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森の外れの小さな牛丼屋は、今日も変わらずそこにあった。

葉と枝で組まれた簡素な小屋。
風に揺れる看板。
遠くで鳥の声がして、近くには人の気配がない。

それでも、ぽつぽつと客は来る。

鎧を外した冒険者。
商人風の男。
どこの国とも知れぬ旅装の女。

共通しているのは、誰も長居をしないことと、余計な話をしないことだった。

凰翔はいつも通り、カウンターの内側に立つ。

「いらっしゃいませ」

それだけ言って、姿を消す。
調理の音はしない。
火も、刃も、鍋も見えない。

それでも――

ふわり、と匂いが流れる。

焼いた肉の脂。
温かい米。
溶けたチーズの、かすかな甘さ。

差し出された器を、客は黙って受け取り、黙って食べる。

不思議なことに、ここでは誰も揉めなかった。
目が合っても、睨み合いにならない。
立場も、国も、過去も――食べている間だけ、どうでもよくなる。

ギンはカウンターの下で丸くなり、時折耳を動かす。
カゲ丸は、影と日向の境目を行き来しながら、ふわふわと揺れていた。

「……今日も静かだな」

凰翔が小さく呟く。





森から少し離れた場所。

焚き火を囲むように、数人のローブ姿が円を描くように並んでいた。

顔は見えない。
声も低く、抑えられている。

「奇跡か?」

一人が問いかける。

「分類上は、違う」

別の者が静かに答えた。

「だが――人が、同じ側に立つ」

焚き火がぱちりと弾ける。

「敵も味方も、同じ器で、同じ味を食う。
 それが毎日、再現性を持って起きている」

「中立地帯で、それは……」

言葉が途中で止まる。

誰もが、その先を理解していた。

「拠点だ」

「巡礼地になる前の」

「いや……もっと厄介だ」

沈黙が落ちる。

やがて、中央に立つ者が口を開いた。

「金は十分だ」

短く、事務的な声。

「三方向から」

誰も国名を口にしない。
だが、否定もされなかった。

「壊すのか?」

「壊せば意味が生まれる」

即答だった。

「我々の仕事は、意味を持たせないことだ」

焚き火に、小枝がくべられる。
炎が少しだけ強くなった。





牛丼屋では、最後の客が器を置いたところだった。

「……不思議だな」

男がぽつりと言う。

「ここにいると、
 どこの人間だったか、忘れる」

凰翔は困ったように笑った。

「……ゆっくり出来たなら、なによりです」

「そうだな」

男は立ち上がり、森の奥へ歩き出す。

足音が、落ち葉に吸い込まれて消える。

その瞬間、ギンが低く唸った。
カゲ丸が、影の中へすっと沈む。

凰翔は首を傾げる。

「……なんだ?」

何も起きない。
何も壊れていない。
店は、ただそこにあるだけだ。 
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