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64:同じ釜の飯
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森の外れの小さな牛丼屋は、今日も変わらずそこにあった。
葉と枝で組まれた簡素な小屋。
風に揺れる看板。
遠くで鳥の声がして、近くには人の気配がない。
それでも、ぽつぽつと客は来る。
鎧を外した冒険者。
商人風の男。
どこの国とも知れぬ旅装の女。
共通しているのは、誰も長居をしないことと、余計な話をしないことだった。
凰翔はいつも通り、カウンターの内側に立つ。
「いらっしゃいませ」
それだけ言って、姿を消す。
調理の音はしない。
火も、刃も、鍋も見えない。
それでも――
ふわり、と匂いが流れる。
焼いた肉の脂。
温かい米。
溶けたチーズの、かすかな甘さ。
差し出された器を、客は黙って受け取り、黙って食べる。
不思議なことに、ここでは誰も揉めなかった。
目が合っても、睨み合いにならない。
立場も、国も、過去も――食べている間だけ、どうでもよくなる。
ギンはカウンターの下で丸くなり、時折耳を動かす。
カゲ丸は、影と日向の境目を行き来しながら、ふわふわと揺れていた。
「……今日も静かだな」
凰翔が小さく呟く。
◇
森から少し離れた場所。
焚き火を囲むように、数人のローブ姿が円を描くように並んでいた。
顔は見えない。
声も低く、抑えられている。
「奇跡か?」
一人が問いかける。
「分類上は、違う」
別の者が静かに答えた。
「だが――人が、同じ側に立つ」
焚き火がぱちりと弾ける。
「敵も味方も、同じ器で、同じ味を食う。
それが毎日、再現性を持って起きている」
「中立地帯で、それは……」
言葉が途中で止まる。
誰もが、その先を理解していた。
「拠点だ」
「巡礼地になる前の」
「いや……もっと厄介だ」
沈黙が落ちる。
やがて、中央に立つ者が口を開いた。
「金は十分だ」
短く、事務的な声。
「三方向から」
誰も国名を口にしない。
だが、否定もされなかった。
「壊すのか?」
「壊せば意味が生まれる」
即答だった。
「我々の仕事は、意味を持たせないことだ」
焚き火に、小枝がくべられる。
炎が少しだけ強くなった。
◇
牛丼屋では、最後の客が器を置いたところだった。
「……不思議だな」
男がぽつりと言う。
「ここにいると、
どこの人間だったか、忘れる」
凰翔は困ったように笑った。
「……ゆっくり出来たなら、なによりです」
「そうだな」
男は立ち上がり、森の奥へ歩き出す。
足音が、落ち葉に吸い込まれて消える。
その瞬間、ギンが低く唸った。
カゲ丸が、影の中へすっと沈む。
凰翔は首を傾げる。
「……なんだ?」
何も起きない。
何も壊れていない。
店は、ただそこにあるだけだ。
葉と枝で組まれた簡素な小屋。
風に揺れる看板。
遠くで鳥の声がして、近くには人の気配がない。
それでも、ぽつぽつと客は来る。
鎧を外した冒険者。
商人風の男。
どこの国とも知れぬ旅装の女。
共通しているのは、誰も長居をしないことと、余計な話をしないことだった。
凰翔はいつも通り、カウンターの内側に立つ。
「いらっしゃいませ」
それだけ言って、姿を消す。
調理の音はしない。
火も、刃も、鍋も見えない。
それでも――
ふわり、と匂いが流れる。
焼いた肉の脂。
温かい米。
溶けたチーズの、かすかな甘さ。
差し出された器を、客は黙って受け取り、黙って食べる。
不思議なことに、ここでは誰も揉めなかった。
目が合っても、睨み合いにならない。
立場も、国も、過去も――食べている間だけ、どうでもよくなる。
ギンはカウンターの下で丸くなり、時折耳を動かす。
カゲ丸は、影と日向の境目を行き来しながら、ふわふわと揺れていた。
「……今日も静かだな」
凰翔が小さく呟く。
◇
森から少し離れた場所。
焚き火を囲むように、数人のローブ姿が円を描くように並んでいた。
顔は見えない。
声も低く、抑えられている。
「奇跡か?」
一人が問いかける。
「分類上は、違う」
別の者が静かに答えた。
「だが――人が、同じ側に立つ」
焚き火がぱちりと弾ける。
「敵も味方も、同じ器で、同じ味を食う。
それが毎日、再現性を持って起きている」
「中立地帯で、それは……」
言葉が途中で止まる。
誰もが、その先を理解していた。
「拠点だ」
「巡礼地になる前の」
「いや……もっと厄介だ」
沈黙が落ちる。
やがて、中央に立つ者が口を開いた。
「金は十分だ」
短く、事務的な声。
「三方向から」
誰も国名を口にしない。
だが、否定もされなかった。
「壊すのか?」
「壊せば意味が生まれる」
即答だった。
「我々の仕事は、意味を持たせないことだ」
焚き火に、小枝がくべられる。
炎が少しだけ強くなった。
◇
牛丼屋では、最後の客が器を置いたところだった。
「……不思議だな」
男がぽつりと言う。
「ここにいると、
どこの人間だったか、忘れる」
凰翔は困ったように笑った。
「……ゆっくり出来たなら、なによりです」
「そうだな」
男は立ち上がり、森の奥へ歩き出す。
足音が、落ち葉に吸い込まれて消える。
その瞬間、ギンが低く唸った。
カゲ丸が、影の中へすっと沈む。
凰翔は首を傾げる。
「……なんだ?」
何も起きない。
何も壊れていない。
店は、ただそこにあるだけだ。
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