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66:辿り着いてしまった者
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その日も、牛丼屋は開いていた。
来ない。
昨日も、今日も、客は来ない。
森は静かで、風も穏やかだ。
だがその静けさが、妙に作られているように感じられた。
凰翔は仕切りの前で腕を組む。
「……暇だな」
ギンは相変わらず伏せたまま、視線だけを森へ向けている。
カゲ丸は影の中で、いつもより濃く、動かない。
そのときだった。
落ち葉を踏む音。
――はっきりとした、足音。
「……来た?」
凰翔が顔を上げる。
森の奥から現れたのは、若い女だった。
軽装。
装飾は少ない。
だが腰に下げた武器だけが、やけに場違いな存在感を放っている。
「……あった」
女はそう呟き、牛丼屋を見た。
迷いのない目だった。
「牛丼屋、だよな?」
「え、あ、はい」
凰翔が答えると、女は少しだけ安堵したように息を吐いた。
「辿り着けるか、正直賭けだった」
「賭け?」
「途中から、道が消えた」
凰翔は一瞬、言葉を失った。
「……?」
女は肩をすくめる。
「正確には、行く気が失せる感じだな。理由もなく、戻りたくなる……でも……」
ギンが低く唸る。
カゲ丸が影の縁で揺れた。
「でも、私は来た」
女ははっきりと言った。
「腹が減ってたから」
間の抜けた理由だった。
だが、その一言で凰翔はなぜか笑ってしまった。
女は仕切りの前を見る。
「中、見えないんだな」
「見えない方が、たぶん安全です」
「……そういう店か」
凰翔はいつも通り、仕切りの向こうに入る。
次の瞬間、匂いが立った。
甘く、脂の乗った牛丼の匂いだ。
そして、器が差し出される。
「外に席が――」
「ここでいい」
女は何故か、その場で立ちながら牛丼を食べる
(前にも、こういう人がいた気がする……)
そして女は、目を見開いた。
「悪くない。
腹が減ったまま死ぬことは、なさそうだ」
二口、三口。
「だからか」
女は呟いた。
「だから、閉じられてたんだな」
凰翔はわずかに眉をひそめる。
「閉じられて……?」
女は箸を止め、凰翔を見る。
「私は慣れてる。
そういう結界とか、
思想とか、空気とか。
まあ説明すると長い」
そう言って、女は牛丼を平らげた。
「金は払う」
銅貨を置く。
「……また来る」
少し間を置いて、もう一度だけ口にする
「また来るよ」
そして女は立ち去る際に、振り返って言った。
「ここは、来る価値がある」
森の中へ消える背中を、凰翔は見送った。
◇
森の外。
ローブの一人が、静かに報告する。
「イレギュラーです」
「通過条件は?」
「空腹。
それだけです」
一瞬、沈黙が落ちた。
「……厄介だな」
「人は、理由より欲で動く」
中央の人物が、帳面を閉じる。
「方針変更だ」
「排除は?」
「まだだ」
少しだけ、声が重くなる。
「意味を与えないだけでは足りない」
来ない。
昨日も、今日も、客は来ない。
森は静かで、風も穏やかだ。
だがその静けさが、妙に作られているように感じられた。
凰翔は仕切りの前で腕を組む。
「……暇だな」
ギンは相変わらず伏せたまま、視線だけを森へ向けている。
カゲ丸は影の中で、いつもより濃く、動かない。
そのときだった。
落ち葉を踏む音。
――はっきりとした、足音。
「……来た?」
凰翔が顔を上げる。
森の奥から現れたのは、若い女だった。
軽装。
装飾は少ない。
だが腰に下げた武器だけが、やけに場違いな存在感を放っている。
「……あった」
女はそう呟き、牛丼屋を見た。
迷いのない目だった。
「牛丼屋、だよな?」
「え、あ、はい」
凰翔が答えると、女は少しだけ安堵したように息を吐いた。
「辿り着けるか、正直賭けだった」
「賭け?」
「途中から、道が消えた」
凰翔は一瞬、言葉を失った。
「……?」
女は肩をすくめる。
「正確には、行く気が失せる感じだな。理由もなく、戻りたくなる……でも……」
ギンが低く唸る。
カゲ丸が影の縁で揺れた。
「でも、私は来た」
女ははっきりと言った。
「腹が減ってたから」
間の抜けた理由だった。
だが、その一言で凰翔はなぜか笑ってしまった。
女は仕切りの前を見る。
「中、見えないんだな」
「見えない方が、たぶん安全です」
「……そういう店か」
凰翔はいつも通り、仕切りの向こうに入る。
次の瞬間、匂いが立った。
甘く、脂の乗った牛丼の匂いだ。
そして、器が差し出される。
「外に席が――」
「ここでいい」
女は何故か、その場で立ちながら牛丼を食べる
(前にも、こういう人がいた気がする……)
そして女は、目を見開いた。
「悪くない。
腹が減ったまま死ぬことは、なさそうだ」
二口、三口。
「だからか」
女は呟いた。
「だから、閉じられてたんだな」
凰翔はわずかに眉をひそめる。
「閉じられて……?」
女は箸を止め、凰翔を見る。
「私は慣れてる。
そういう結界とか、
思想とか、空気とか。
まあ説明すると長い」
そう言って、女は牛丼を平らげた。
「金は払う」
銅貨を置く。
「……また来る」
少し間を置いて、もう一度だけ口にする
「また来るよ」
そして女は立ち去る際に、振り返って言った。
「ここは、来る価値がある」
森の中へ消える背中を、凰翔は見送った。
◇
森の外。
ローブの一人が、静かに報告する。
「イレギュラーです」
「通過条件は?」
「空腹。
それだけです」
一瞬、沈黙が落ちた。
「……厄介だな」
「人は、理由より欲で動く」
中央の人物が、帳面を閉じる。
「方針変更だ」
「排除は?」
「まだだ」
少しだけ、声が重くなる。
「意味を与えないだけでは足りない」
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