スーパーのビニール袋で竜を保護した

チー牛Y

文字の大きさ
2 / 12

2 町が凍りついた

しおりを挟む
山を下りる間、ずっと視線が背中に刺さっていた。

振り返らなくても分かる。
後ろには、さっきの冒険者たち。

一定の距離を保ちつつ、剣に手をかけたまま、俺を監視している。

足音が揃わない。
わざと、だ。

包囲ではない。
だが、逃げれば即座に斬れる距離。

完全に危険人物扱いだ。

俺はため息を飲み込んだ。
袋が、かすかに温かい。

「……逃げないのか?」

小声で聞いてきたのは、若い冒険者だった。

声変わりが終わったばかりのような、不安定な声。

俺は袋を見下ろす。

中では子竜が、完全に熟睡していた。

丸くなり、腹がゆっくり上下する。
ときどき尻尾がぴく、と動く。

爪は小さく、牙もまだ短い。
角も、柔らかそうだ。

……どう見ても災害じゃない。

「今のところ、害はなさそうなので」

「その“今のところ”が、怖いんだよ!」

若い冒険者の声は、半分本音で、半分は自分を奮い立たせるためのものだった。





町の門が見えてきた。

石壁は高く、門扉は分厚い鉄で補強されている。
この町が、これまで何度も魔物の襲撃を受けてきた証だ。

門番が、俺たちを見て目を細める。

「討伐隊か? 報告は――」

そこで、止まった。

視線が、俺の手元へ落ちる。

カサ、と袋が揺れる。

中で子竜が、くあ、と小さく鳴いた。

その声は、子猫のように小さい。
だが。

門番の顔色が、見る見るうちに変わる。

「……それは、何だ?」

俺は、正直に答えた。

「……竜、です」

「は?」

「保護したんです。寒そうだったので」

一瞬、風が止んだ気がした。

門の上で、弓兵が弦を引く音がする。

「なぜだ?」

今日二度目のその質問だ。

俺は少し考えてから言った。

「放っておくと、死にそうだったのでつい……」

門番は、言葉を失った。

理解が追いついていない顔だ。
怒りでも恐怖でもない。

ただ、処理不能。

「竜が出たぞ!!」

誰かが叫んだ。

次の瞬間――

門の上で、鐘が打ち鳴らされた。

重い音が、石壁を震わせる。

町の中から聞こえていたざわめきが、
ぶつり、と途切れた。

一拍遅れて、悲鳴が上がる。

何かが倒れる音。
荷車の軋み。
駆け出す足音。

門扉は半分開いたまま。
その隙間から、人影が散っていくのが見えた。

弓兵たちが、一斉にこちらへ狙いを定める。

俺の周囲の空気だけが、
冷えた水のように重く沈んだ。

そんな状況でも、袋の中の子竜は、すやすやと寝ている。

「……起きるなよ」

祈るように呟いた、その時。

ぱち、と。

袋の内側で、小さな火花が散った。

子竜が寝ぼけたまま、ちろっと小さな火を吐いたのだ。

赤い光が、袋の内側を走る。

町の空気が凍りつく。

「終わった……」と誰かが呟いた。

だが。

燃えない。

溶けない。

焦げ跡すら、残らない。

むしろ――

火が、ふっと吸い込まれるように消えた。

袋の表面が、わずかに温かく光り、
そして何事もなかったかのように元に戻る。

子竜は再び丸くなった。

まるで、自分が何をしたのかも分かっていない。

静寂。

音が消えた。

冒険者の一人が、震える声で言った。

「……今、ブレスを吐いたよな?」

「吐いた」

「……消えたよな?」

「消えた」

全員の視線が、俺の手元へ集まる。

スーパーのビニール袋。

白く、半透明で、どこにでもある形。

なのに。

今、竜のブレスを飲み込んだ。

袋の内側が、ほんのり暖かい。
まるで、冬の朝のカイロのようだ。

俺は無意識に、少し握った。

袋が、柔らかく鳴る。

シャカ。

その音が、やけに大きく響いた。





「――動くな」

低い声が、門楼から落ちてきた。

ざわめきが、ぴたりと止まる。

門の上。
影の中から現れたのは、銀縁の外套をまとった男だった。

胸には王国紋章。

その紋章を見た瞬間、
冒険者たちの姿勢が、目に見えて変わる。

「王国監察官……」

空気が変質する。

町の問題ではなくなる瞬間だ。

監察官はゆっくりと階段を降りる。
靴音が石畳に規則正しく響く。

無駄のない動き。
感情の読めない目。

その視線は、まっすぐ――

俺の手元。

スーパーのビニール袋。

「報告を受けた」

低く、冷静な声。

「竜種の確認。そして――ブレスの無効化」

町がざわつく。

無効化。
その単語が、重い。

俺は袋を少し持ち上げる。

「保護をしただけです」

「保護?」

監察官の眉が、わずかに動く。

「王国法第七条。竜種の保有・隠匿は禁止されている」

空気が張り詰め、兵の指が槍を握る。

「討伐対象を抱えて町に入る理由は?」

今日三度目の質問。

俺は答える。

「寒そうで、震えていたからです」

沈黙。

その沈黙が、長い。

袋の中で、子竜がもぞ、と動く。

黄金の瞳が、監察官を見た。

敵意はない。
威嚇もない。

ただ、生きている目。

監察官は、ほんの一瞬だけ目を細めた。

「検証する」

兵が前に出る。

火球。

放たれる。

袋へ。

吸い込まれる。

静寂。

監察官の視線が、わずかに鋭くなる。

「……報告通りだ」

兵が問う。

「処分命令を出しますか?」

町中の視線が、監察官に集中する。

俺は袋を握る。

子竜が指を甘噛みする。

温かい。

生きている。

監察官は、数秒考え――

言った。

「即時討伐は保留だ」

空気が揺れる。

「本件は王都判断とする」

その言葉で、町は理解した。

これはもう、地方の騒動ではない。

国家案件だ。

「その男と竜は、監視下に置く」

低く、よく通る声だった。

命令に慣れた声。 反論を想定していない声。

鎧の金属がわずかに鳴る。 背後では、他の兵たちが無言で位置をずらした。 包囲が、ほんの少しだけ狭まる。

視線が、一斉に俺へと向く。

逃げ道を測る目。 力を量る目。 そして――竜を見る目。

「逃げるな」

冷たい宣告だった。

俺は、ゆっくりと息を吸う。 袋の中では、子竜が静かに丸くなっている。 かすかに、尻尾が動いた。

「逃げません」

喉が渇いていたが、声は震えなかった。

「竜が暴れた場合」

その先にある未来を、全員が想像している。

炎。 崩れる建物。 叫び声。

「止めます」

自分でも驚くほど、あっさりと口にしていた。

空気がわずかに張り詰める。

「どうやって」

疑いではない。 確認でもない。 これは試しだ。

俺はビニール袋を、ゆっくりと掲げる。

光を受けて、半透明の表面が淡く揺れた。 薄い。 頼りない。 どう見ても、日用品。

シャカ、と乾いた音が鳴る。

兵の何人かが、わずかに顔をしかめた。

俺は言う。

「これで」

袋の中で、子竜がくしゃみをした。

その小さな音が、異様なほど大きく響いた。

数秒。

監察官は、初めてほんのわずかに口元を緩めた。

「……面白い」

それは興味か、警戒か。

どちらでもいい。

「正式な召喚状は後日届く。それまで町を出るな」

子竜が、くあ、と小さく鳴いた。

誰も、剣を抜かなかった。

だが誰も、安心もしなかった。


こうして。

史上初の竜保護事件は、
町の騒動を越え、王国案件となった。

俺は連行されたわけではない。

だが、自由でもない。

町の視線は冷たい。

噂は、もう広がっているだろう。

――竜を連れた男。

スーパーのビニール袋の中で、
子竜は安心したように眠っている。

その寝息だけが、やけに穏やかだった。

……嵐は、これかららしい。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生後はゆっくりと

衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。 日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。 そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。 でも、リリは悲観しない。 前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。 目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。 全25話(予定)

魔法筆職人の俺が居なくなったら、お前ら魔法使えないけど良いんだよな?!

川井田ナツナ
ファンタジー
俺は慈悲深い人間だ。 だから、魔法の『ま』の字も理解していない住民たちに俺の作った魔法筆を使わせてあげていた。 だが、国の総意は『国家転覆罪で国外追放』だとよ。 馬鹿だとは思っていたが、俺の想像を絶する馬鹿だったとはな……。 俺が居なくなったら、お前ら魔法使えなくて生活困るだろうけど良いってことだよな??

『土魔法はハズレ属性?』と追放された理系研究者、元素操作でダイヤモンドの剣を生成する。

TOYBOX
ファンタジー
「すべての属性に適性なし。持っているのは最底辺の『土魔法』のみ……。このゴミをさっさと追放しろ!」 異世界に転移した理系研究者の俺は、「ハズレ枠」として早々に国から追い出されてしまう。 だが、処刑の草原に降り立った俺は気づいた。 ――土魔法の真の力。それは「土系成分(原子・分子)の完全操作」であることに! 前世の科学知識を駆使し、魔力で分子結合を操る俺は、不純物を排除した超高純度の「最強の剣」をいとも容易く錬成! さらには「ダイヤモンドの武具」や、自分専用の「空中要塞」まで爆速で造り上げてしまう。 一方、究極の錬成能力者を失った王様たちは、徐々に破滅へと向かっていき……? これは「底辺」と馬鹿にされた理系男子が、物理チートで無双し、快適すぎる要塞ライフを満喫する逆転劇!

転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~

ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。 異世界転生しちゃいました。 そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど チート無いみたいだけど? おばあちゃんよく分かんないわぁ。 頭は老人 体は子供 乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。 当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。 訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。 おばあちゃん奮闘記です。 果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか? [第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。 第二章 学園編 始まりました。 いよいよゲームスタートです! [1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。 話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。 おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので) 初投稿です 不慣れですが宜しくお願いします。 最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。 申し訳ございません。 少しづつ修正して纏めていこうと思います。

どうも、偽聖女です。ピースピースv(・ε・v)

東稔 雨紗霧
ファンタジー
「よくも今まで俺達を騙してくれたな、この偽聖女が!」 学園の中庭で魔力で三本の箒を操りながら日課の奉仕活動をしていると急にそう声高に罵倒された。 何事かと振り返ると一人の女性を背に隠し、第四王子、騎士見習い、伯爵家の三男坊がおり、口々にわたしを責め立ててくる。 一応弁明しておくけれども、わたしは今まで自分が聖女様だなんて我が敬愛する神の御名に誓って一言も言ってないし彼らが勝手にそう言っていただけだ。 否定しても「謙遜するな」とか「卑下するな」とか「控え目で素晴らしいな」とか言って話を聞こうともしないし本当にいい迷惑だった。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

悪役令嬢が処刑されたあとの世界で

重田いの
ファンタジー
悪役令嬢が処刑されたあとの世界で、人々の間に静かな困惑が広がる。 魔術師は事態を把握するため使用人に聞き取りを始める。 案外、普段踏まれている側の人々の方が真実を理解しているものである。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

処理中です...