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8 均衡の値段
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監察官が去ったあと。
部屋に残ったのは、
俺と、袋と、兵二人。
扉の外には、さらに増えた足音。
革靴と鎧の擦れる音が、一定の間隔で廊下を往復している。
「見張りを増やす」
短い命令。
それだけで意味は分かる。
もはや護衛ではない。
俺は――管理対象だ。
袋の中で子竜が身じろぐ。
薄いビニール越しに、微かな魔力のさざ波。
だが波はすぐ、なだらかに均される。
静かだ。
不気味なくらいに。
◇
夕方。
窓の外の町の空気が、少しだけ変わった。
昨日までの張りつめた恐怖とは違う。
ざわめきがある。噂が混ざっている。
「竜は暴れてないらしい」
「袋が抑えてるってよ」
「討伐派は拘束されたらしいぞ」
完全な安心ではない。
だが――
今すぐ滅ぶという緊張は、確かに薄れた。
人は恐怖だけでは動き続けられない。
理由があれば、落ち着ける。
その“理由”が、
よりによってスーパーのビニール袋だとは。
袋の中で、子竜があくびをする。
小さな牙。
丸い舌。
平和だ。
異様なほど。
◇
夜。
交代前の兵の一人が、ぽつりと聞いた。
「……それ、本当にただの袋なのか」
灯りは弱い。
蝋燭の炎が、揺れる。
正確には、俺のスキル。
“スーパーのビニール袋生成”。
誇れる名前ではない。
英雄の加護でも、古代魔術でもない。
だが今、
王都を動かしかねない存在になっている。
兵は低く呟く。
「魔道具院が知ったら、放っておかん」
その言い方に、
わずかな同情が混じっていた。
◇
その頃――王都。
封蝋付きの急報が、
王国魔術院へ運ばれていた。
重厚な扉が閉まり、外界と隔てられる。
「……均一化?」
白衣の老魔術師が、書簡を読み上げる。
広間には十数名。
王国魔術院・解析部。
魔力測定器の微かな振動音だけが響く。
「吸収ではなく、波形の平滑化」
「内部魔力も安定化」
「外部衝撃も均される」
沈黙。
若い研究官が、喉を鳴らす。
「それは……理論上は存在します」
「だが作れないはずだ」
「均衡魔術は、制御が極端に難しい」
「しかも常時発動?」
視線が一点に集まる。
机の中央に置かれた書簡。
「素材は?」
「……布状。白色。薄い」
「魔力残滓、極小」
「ほぼ生活用品相当」
空気が凍る。
誰かが、乾いた笑いを漏らす。
「冗談だろう」
だが、誰も笑わない。
均衡。
それは戦場で最も厄介な概念だ。
強大な力を無効にするのではない。
意味を薄める。
それは――力そのものの価値を下げる魔術。
◇
別室。
王国会議準備室。
宰相補佐が報告を受ける。
「竜そのものよりも」
「袋、です」
「袋?」
わずかに眉が動く。
「竜を安定化させる装置」
補佐は指を組み、静かに問う。
「兵器化可能か」
即答だった。
「可能です」
「戦場で魔術を均せば」
「大規模魔法は意味を失います」
「英雄級魔術師も、優位を保てません」
沈黙。
重い。
力の均衡は、
王国の秩序そのものに関わる。
補佐は低く告げる。
「回収せよ」
一拍置いて、
「竜ごとだ」
◇
町に戻る。
夜は静かだ。
静かすぎる。
袋の中で、子竜が丸まっている。
呼吸は穏やか。
魔力の波は、平ら。
俺は袋を撫でる。
薄い。
軽い。
どこにでもある形。
「お前……何なんだ」
もちろん答えはない。
ただ、ぴくりと尻尾が動く。
この袋は、
竜を守っているのか。
それとも、
竜の力を削っているのか。
均衡。
それは優しさか、
それとも支配か。
◇
窓の外。
昨日よりも、
遠くに灯りが増えた。
監視の火か、
安心の灯りか。
分からない。
恐怖はゼロではない。
だが――
袋がある限り、
町は保たれる。
問題は。
この袋が、
“町のもの”でいられるかどうかだ。
均衡には、値段がつく。
そして王国は、
値段をつける側だ。
◇
翌朝。
新しい命令が届く。
王都からの正式文書。
羊皮紙は厚く、
封印は三重。
監察官が、静かに読み上げる。
「竜および関連魔具の王都移送を命ず」
関連魔具。
俺は袋を抱く。
軽い。
昨日と何も変わらない。
だが。
今やこれは――
竜の檻ではなく、
町の盾でもなく、
王国が欲する均衡そのものだ。
監察官が俺を見る。
その目は、評価でも敵意でもない。
「同行してもらう」
拒否権はない。
兵の足音が、背後で揃う。
袋の中で、子竜が目を開ける。
黄金の瞳。
揺れない。
不思議と、怖くない。
だが。
王都は、優しくはない。
均衡に、
情は含まれない。
部屋に残ったのは、
俺と、袋と、兵二人。
扉の外には、さらに増えた足音。
革靴と鎧の擦れる音が、一定の間隔で廊下を往復している。
「見張りを増やす」
短い命令。
それだけで意味は分かる。
もはや護衛ではない。
俺は――管理対象だ。
袋の中で子竜が身じろぐ。
薄いビニール越しに、微かな魔力のさざ波。
だが波はすぐ、なだらかに均される。
静かだ。
不気味なくらいに。
◇
夕方。
窓の外の町の空気が、少しだけ変わった。
昨日までの張りつめた恐怖とは違う。
ざわめきがある。噂が混ざっている。
「竜は暴れてないらしい」
「袋が抑えてるってよ」
「討伐派は拘束されたらしいぞ」
完全な安心ではない。
だが――
今すぐ滅ぶという緊張は、確かに薄れた。
人は恐怖だけでは動き続けられない。
理由があれば、落ち着ける。
その“理由”が、
よりによってスーパーのビニール袋だとは。
袋の中で、子竜があくびをする。
小さな牙。
丸い舌。
平和だ。
異様なほど。
◇
夜。
交代前の兵の一人が、ぽつりと聞いた。
「……それ、本当にただの袋なのか」
灯りは弱い。
蝋燭の炎が、揺れる。
正確には、俺のスキル。
“スーパーのビニール袋生成”。
誇れる名前ではない。
英雄の加護でも、古代魔術でもない。
だが今、
王都を動かしかねない存在になっている。
兵は低く呟く。
「魔道具院が知ったら、放っておかん」
その言い方に、
わずかな同情が混じっていた。
◇
その頃――王都。
封蝋付きの急報が、
王国魔術院へ運ばれていた。
重厚な扉が閉まり、外界と隔てられる。
「……均一化?」
白衣の老魔術師が、書簡を読み上げる。
広間には十数名。
王国魔術院・解析部。
魔力測定器の微かな振動音だけが響く。
「吸収ではなく、波形の平滑化」
「内部魔力も安定化」
「外部衝撃も均される」
沈黙。
若い研究官が、喉を鳴らす。
「それは……理論上は存在します」
「だが作れないはずだ」
「均衡魔術は、制御が極端に難しい」
「しかも常時発動?」
視線が一点に集まる。
机の中央に置かれた書簡。
「素材は?」
「……布状。白色。薄い」
「魔力残滓、極小」
「ほぼ生活用品相当」
空気が凍る。
誰かが、乾いた笑いを漏らす。
「冗談だろう」
だが、誰も笑わない。
均衡。
それは戦場で最も厄介な概念だ。
強大な力を無効にするのではない。
意味を薄める。
それは――力そのものの価値を下げる魔術。
◇
別室。
王国会議準備室。
宰相補佐が報告を受ける。
「竜そのものよりも」
「袋、です」
「袋?」
わずかに眉が動く。
「竜を安定化させる装置」
補佐は指を組み、静かに問う。
「兵器化可能か」
即答だった。
「可能です」
「戦場で魔術を均せば」
「大規模魔法は意味を失います」
「英雄級魔術師も、優位を保てません」
沈黙。
重い。
力の均衡は、
王国の秩序そのものに関わる。
補佐は低く告げる。
「回収せよ」
一拍置いて、
「竜ごとだ」
◇
町に戻る。
夜は静かだ。
静かすぎる。
袋の中で、子竜が丸まっている。
呼吸は穏やか。
魔力の波は、平ら。
俺は袋を撫でる。
薄い。
軽い。
どこにでもある形。
「お前……何なんだ」
もちろん答えはない。
ただ、ぴくりと尻尾が動く。
この袋は、
竜を守っているのか。
それとも、
竜の力を削っているのか。
均衡。
それは優しさか、
それとも支配か。
◇
窓の外。
昨日よりも、
遠くに灯りが増えた。
監視の火か、
安心の灯りか。
分からない。
恐怖はゼロではない。
だが――
袋がある限り、
町は保たれる。
問題は。
この袋が、
“町のもの”でいられるかどうかだ。
均衡には、値段がつく。
そして王国は、
値段をつける側だ。
◇
翌朝。
新しい命令が届く。
王都からの正式文書。
羊皮紙は厚く、
封印は三重。
監察官が、静かに読み上げる。
「竜および関連魔具の王都移送を命ず」
関連魔具。
俺は袋を抱く。
軽い。
昨日と何も変わらない。
だが。
今やこれは――
竜の檻ではなく、
町の盾でもなく、
王国が欲する均衡そのものだ。
監察官が俺を見る。
その目は、評価でも敵意でもない。
「同行してもらう」
拒否権はない。
兵の足音が、背後で揃う。
袋の中で、子竜が目を開ける。
黄金の瞳。
揺れない。
不思議と、怖くない。
だが。
王都は、優しくはない。
均衡に、
情は含まれない。
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