スーパーのビニール袋で竜を保護した

チー牛Y

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8 均衡の値段

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監察官が去ったあと。

部屋に残ったのは、
俺と、袋と、兵二人。

扉の外には、さらに増えた足音。
革靴と鎧の擦れる音が、一定の間隔で廊下を往復している。

「見張りを増やす」

短い命令。

それだけで意味は分かる。

もはや護衛ではない。
俺は――管理対象だ。

袋の中で子竜が身じろぐ。
薄いビニール越しに、微かな魔力のさざ波。

だが波はすぐ、なだらかに均される。

静かだ。

不気味なくらいに。



夕方。

窓の外の町の空気が、少しだけ変わった。

昨日までの張りつめた恐怖とは違う。
ざわめきがある。噂が混ざっている。

「竜は暴れてないらしい」
「袋が抑えてるってよ」
「討伐派は拘束されたらしいぞ」

完全な安心ではない。

だが――
今すぐ滅ぶという緊張は、確かに薄れた。

人は恐怖だけでは動き続けられない。
理由があれば、落ち着ける。

その“理由”が、
よりによってスーパーのビニール袋だとは。

袋の中で、子竜があくびをする。

小さな牙。
丸い舌。

平和だ。

異様なほど。



夜。

交代前の兵の一人が、ぽつりと聞いた。

「……それ、本当にただの袋なのか」

灯りは弱い。
蝋燭の炎が、揺れる。

正確には、俺のスキル。

“スーパーのビニール袋生成”。

誇れる名前ではない。

英雄の加護でも、古代魔術でもない。

だが今、
王都を動かしかねない存在になっている。

兵は低く呟く。

「魔道具院が知ったら、放っておかん」

その言い方に、
わずかな同情が混じっていた。



その頃――王都。

封蝋付きの急報が、
王国魔術院へ運ばれていた。

重厚な扉が閉まり、外界と隔てられる。

「……均一化?」

白衣の老魔術師が、書簡を読み上げる。

広間には十数名。
王国魔術院・解析部。

魔力測定器の微かな振動音だけが響く。

「吸収ではなく、波形の平滑化」

「内部魔力も安定化」

「外部衝撃も均される」

沈黙。

若い研究官が、喉を鳴らす。

「それは……理論上は存在します」

「だが作れないはずだ」

「均衡魔術は、制御が極端に難しい」

「しかも常時発動?」

視線が一点に集まる。

机の中央に置かれた書簡。

「素材は?」

「……布状。白色。薄い」

「魔力残滓、極小」

「ほぼ生活用品相当」

空気が凍る。

誰かが、乾いた笑いを漏らす。

「冗談だろう」

だが、誰も笑わない。

均衡。

それは戦場で最も厄介な概念だ。

強大な力を無効にするのではない。

意味を薄める。

それは――力そのものの価値を下げる魔術。



別室。

王国会議準備室。

宰相補佐が報告を受ける。

「竜そのものよりも」

「袋、です」

「袋?」

わずかに眉が動く。

「竜を安定化させる装置」

補佐は指を組み、静かに問う。

「兵器化可能か」

即答だった。

「可能です」

「戦場で魔術を均せば」

「大規模魔法は意味を失います」

「英雄級魔術師も、優位を保てません」

沈黙。

重い。

力の均衡は、
王国の秩序そのものに関わる。

補佐は低く告げる。

「回収せよ」

一拍置いて、

「竜ごとだ」



町に戻る。

夜は静かだ。

静かすぎる。

袋の中で、子竜が丸まっている。

呼吸は穏やか。

魔力の波は、平ら。

俺は袋を撫でる。

薄い。
軽い。
どこにでもある形。

「お前……何なんだ」

もちろん答えはない。

ただ、ぴくりと尻尾が動く。

この袋は、
竜を守っているのか。

それとも、
竜の力を削っているのか。

均衡。

それは優しさか、
それとも支配か。



窓の外。

昨日よりも、
遠くに灯りが増えた。

監視の火か、
安心の灯りか。

分からない。

恐怖はゼロではない。

だが――

袋がある限り、
町は保たれる。

問題は。

この袋が、
“町のもの”でいられるかどうかだ。

均衡には、値段がつく。

そして王国は、
値段をつける側だ。



翌朝。

新しい命令が届く。

王都からの正式文書。

羊皮紙は厚く、
封印は三重。

監察官が、静かに読み上げる。

「竜および関連魔具の王都移送を命ず」

関連魔具。

俺は袋を抱く。

軽い。

昨日と何も変わらない。

だが。

今やこれは――

竜の檻ではなく、
町の盾でもなく、

王国が欲する均衡そのものだ。

監察官が俺を見る。

その目は、評価でも敵意でもない。

「同行してもらう」

拒否権はない。

兵の足音が、背後で揃う。

袋の中で、子竜が目を開ける。

黄金の瞳。

揺れない。

不思議と、怖くない。

だが。

王都は、優しくはない。

均衡に、
情は含まれない。
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