スーパーのビニール袋で竜を保護した

チー牛Y

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9 均衡の外

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移送前の、最終確認だった。

朝の空気は冷えているのに、
この場だけが妙に重い。

監察官が言った。

「袋の均衡出力を落とせるか」

俺は答えない。

袋はただの生成物だ。
祈りの副産物のように現れた、説明不能の存在。

調整機能なんて――ない。

……はずだった。

だが。

昨夜、眠れなかった時間に、ひとつ思い当たった。

守ろうと強く思ったとき、
袋の光は、確かに強くなった。

ならば。

逆もあるのか。

守る意識を、緩めたら。



宿の裏手。

石畳の空間を、兵が半円に囲んでいる。
盾は構えていないが、腰は落ちている。

一歩で踏み込める距離。

二歩で逃げられる距離。

魔術師が計測具を構え、魔力線を展開する。

透明な板の上に、細い針が浮かんでいる。

「完全解放はするな」

監察官の声は低い。

「一瞬でいい」

試験だ。

俺ではなく――
竜の。

俺は袋を両手で抱える。

軽い。

だが、内側には、山より重い何かがいる。

子竜が中で目を開ける。

黄金の瞳。

揺れない。

騒がない。

ただ、こちらを見ている。

「少しだけ、外を見ろ」

自分でも意味の分からない言葉が、口から出た。

袋の口を、ゆっくりと広げる。

光が、縁から滲む。

そして――

守る、という意識を。

ほんの少しだけ、緩める。

空気が変わる。

今まで感じなかった重さが、地面を押した。

子竜の鱗が、淡く発光する。

金ではない。

熱を孕んだ、白に近い光。

魔力波形が立つ。

鋭い。

まるで刃のように。

計測具の針が跳ね上がり、魔術師が息を呑む。

兵の足が、一歩下がる。

石が、わずかに鳴る。

熱。

圧。

竜という存在の“核”が、
一瞬だけ、外界に触れる。

通りの向こう。

様子を窺っていた子どもが、息を呑んだ。

母親がその肩を掴む。

だが、引き戻せない。

恐怖が、空気を走る。

それは、理屈ではない。

本能の層で理解する「天敵」。

子竜の瞳が、細くなる。

世界を測るように。

本来なら――

ここで暴れる。

あるいは、威嚇する。

力を誇示する。

“均衡の外”に出る。

だが。

俺は袋を抱き直す。

腕に、確かな重み。

「大丈夫だ」

声ではない。

意志だ。

守る。

恐れない。

押さえ込むのではなく。

均す。

袋が、白く光る。

今度は強制ではない。

包み込むような、やわらかな光。

立ちかけた魔力の波が、ゆっくりと沈む。

尖りが丸くなり、熱が引く。

圧が、溶ける。

計測具の針が、滑らかに下がる。

魔術師が、震える声で言う。

「……安定」

子竜が、通りを見る。

目が合う。

さっき息を呑んだ子どもと。

恐怖は、消えていない。

だが逃げない。

子どもは震えながらも、立っている。

竜は、首を傾げた。

威嚇ではない。

問いかけるような仕草。

子どもが、小さく言う。

「……あったかい」

その瞬間。

場の空気が崩れた。

恐怖一色だった感情に、
別の色が混ざる。

好奇心。

戸惑い。

理解不能への、わずかな興味。

兵の肩が、少しだけ下がる。

魔術師が呟く。

「暴走していない」

「自律抑制……いや、相互干渉か」

俺は袋の口を閉じる。

ゆっくりと。

完全に。

子竜が中で丸くなる。

外を知った目。

だが荒れていない。

監察官が近づく。

視線は、俺ではなく袋に。

「今のは何だ」

「分かりません」

正直だ。

だが一つだけ分かる。

袋は檻じゃない。

俺の意志と、
竜の反応と、
外の感情。

それらを――均している。

完全に消すのではなく。

どちらにも傾けないように。

通りの窓が、いくつか開く。

完全な安心ではない。

だが。

さっきの瞬間。

町は、竜の“本質”を見た。

それでも。

焼けなかった。

壊れなかった。

監察官が静かに言う。

「王都に連れていく」

決定だった。

「この状態で保てるか」

俺は袋を見る。

軽い。

だが今は分かる。

均衡は固定じゃない。

揺れる。

寄る。

意志に。

「……やります」

初めて、自分から言った。

命令ではなく選択。

馬車が動き、車輪が石を踏む。

町が、ゆっくり遠ざかる。

袋の中で、子竜が眠る。

均された波。

だが奥底には、まだ巨大な力がある。

均衡の外に出れば、
すべてを焼き尽くすかもしれない力。

王都は、それを測るだろう。

数値にするだろう。

切り分けようとするかもしれない。

だが。

俺は知っている。

均衡は、装置じゃない。

力でもない。

“関係”だ。

そして関係は――

持ち運べる。

俺が、手放さない限り。
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