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10 王都の壁
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馬車は、夜を二つ越えた。
石畳の振動が、いまだに骨に残っている。
眠りは浅い。
揺れが止まるたびに、身体がまだ進んでいる気がした。
袋は、膝の上。
軽い。
驚くほど軽い。
それでも、そこにある重みは確かだ。
眠っているはずの子竜が、時折わずかに身じろぐ。
布越しに、かすかな熱。
王都が近い。
それだけは、理由もなく分かる。
やがて、視界の先に灰色の線が現れた。
最初は地平線と区別がつかなかった。
だが近づくにつれ、それが“壁”であると分かる。
高い。
高すぎる。
見上げても、頂が遠い。
積み上げられた石は、俺の知る城門とは別物だった。
削られ、組み合わされ、隙間がない。
塔が等間隔に突き出し、
その上には弓兵の影。
旗は揺れているのに、人はほとんど動かない。
王都。
人間が、自分たちを守るために築いた最大の防壁。
「……でかいな」
思わず漏れる。
監察官は前を見たまま言った。
「竜害を想定している」
冗談ではない声音。
この壁は、恐怖から作られた。
想像ではなく、前例から。
袋の中で、子竜が動く。
さっきより強い。
布越しに伝わる、落ち着かない震え。
俺は袋を抱き直す。
「大丈夫だ」
囁く。
だが、硬いのは子竜ではなく、自分の声だ。
◇
城門前で、馬車は止められた。
兵の数が違う。
町の比ではない。
槍、盾、弓。
それだけではない。
地面には魔術式の刻まれた杭が打ち込まれ、
目に見えない何かが空間を覆っている。
空気が張っている。
検問というより、封鎖だ。
「対象確認」
響いた声は、兵のものではなかった。
黒い外套の一団。
胸元に銀の紋章。
監察官が短く告げる。
「王立魔力研究院だ」
その言葉で、周囲の空気の意味が分かった。
兵ではない。
守る者ではなく、測る者。
袋は危険物ではなく、
研究対象として扱われている。
「袋を開けろ」
黒外套の男が言う。
感情がない。
嫌悪も、興奮も、恐怖もない。
ただ、命令。
「段階解放。三秒以内」
俺は監察官を見る。
一瞬だけ、目が合う。
わずかな沈黙。
「従え」
袋の口を、わずかに開く。
守る意識を強める。
白い光が滲む。
空気が震える。
同時に、杭が反応した。
地面の術式が発光し、
空間を覆っていた膜が強く張る。
圧力。
見えない力が、光を押さえつける。
計測具が一斉に鳴る。
乾いた金属音。
針の跳ねる音。
紙を走る筆の音。
「波形安定域、確認」
「外部干渉値、想定内」
「核出力、低位固定」
言葉が飛ぶ。
まるで、生き物ではない。
装置だ。
袋の中で、子竜が強く動いた。
布が震える。
嫌がっている。
押しつぶされるような圧に、反応している。
俺は袋を閉じた。
完全に。
光が消え、術式もゆっくりと収束する。
沈黙。
だが空気は、さっきより重い。
黒外套の男が俺を見る。
観察する目。
人を見る目ではない。
媒介を見る目。
「搬入を許可する」
それだけ言って、興味を失ったように視線を外した。
◇
門をくぐる。
王都の内側。
広い通り。
石は磨かれ、均一だ。
建物は整然と並び、
看板の高さすら揃っている。
人は多い。
だが、騒がしくない。
笑い声が小さい。
怒鳴り声がない。
物売りの呼び声も、控えめだ。
誰もが、どこか音量を落としている。
抑制された都市。
規律の匂い。
袋が、再び震える。
今度は小刻みで、落ち着きがない。
「どうした」
小声で言う。
答えはない。
だが、分かる。
ここは――
均されすぎている。
町にあったもの。
怒り。
嫉妬。
好奇心。
恐怖。
雑多な感情が、薄い。
代わりにあるのは、
管理。
測定。
評価。
袋の内側の光が、弱く明滅する。
呼吸が乱れているような、不安定な光。
均衡が、揺れている。
王都は強い。
壁も。
術式も。
人の数も。
だが。
ここには、“関係”よりも“制度”がある。
守るための壁。
だが同時に、
切り分けるための壁。
子竜の尾が、袋の内側でぶつかる。
強く。
これまでにない反応。
拒絶。
本能的な拒絶。
俺は袋を抱き締める。
強く。
「壊させない」
誰に向けた言葉か分からない。
研究院か。
王都か。
それとも――
城の尖塔が見える。
あそこに連れていかれる。
測られ、
定義され、
番号を振られる。
均衡は、関係だ。
だが王都は、関係を数値にする。
その瞬間。
何かが、外れる気がした。
袋の奥で、
子竜が、低く鳴いた。
威嚇ではない。
恐怖でもない。
それは――
警告だった。
石畳の振動が、いまだに骨に残っている。
眠りは浅い。
揺れが止まるたびに、身体がまだ進んでいる気がした。
袋は、膝の上。
軽い。
驚くほど軽い。
それでも、そこにある重みは確かだ。
眠っているはずの子竜が、時折わずかに身じろぐ。
布越しに、かすかな熱。
王都が近い。
それだけは、理由もなく分かる。
やがて、視界の先に灰色の線が現れた。
最初は地平線と区別がつかなかった。
だが近づくにつれ、それが“壁”であると分かる。
高い。
高すぎる。
見上げても、頂が遠い。
積み上げられた石は、俺の知る城門とは別物だった。
削られ、組み合わされ、隙間がない。
塔が等間隔に突き出し、
その上には弓兵の影。
旗は揺れているのに、人はほとんど動かない。
王都。
人間が、自分たちを守るために築いた最大の防壁。
「……でかいな」
思わず漏れる。
監察官は前を見たまま言った。
「竜害を想定している」
冗談ではない声音。
この壁は、恐怖から作られた。
想像ではなく、前例から。
袋の中で、子竜が動く。
さっきより強い。
布越しに伝わる、落ち着かない震え。
俺は袋を抱き直す。
「大丈夫だ」
囁く。
だが、硬いのは子竜ではなく、自分の声だ。
◇
城門前で、馬車は止められた。
兵の数が違う。
町の比ではない。
槍、盾、弓。
それだけではない。
地面には魔術式の刻まれた杭が打ち込まれ、
目に見えない何かが空間を覆っている。
空気が張っている。
検問というより、封鎖だ。
「対象確認」
響いた声は、兵のものではなかった。
黒い外套の一団。
胸元に銀の紋章。
監察官が短く告げる。
「王立魔力研究院だ」
その言葉で、周囲の空気の意味が分かった。
兵ではない。
守る者ではなく、測る者。
袋は危険物ではなく、
研究対象として扱われている。
「袋を開けろ」
黒外套の男が言う。
感情がない。
嫌悪も、興奮も、恐怖もない。
ただ、命令。
「段階解放。三秒以内」
俺は監察官を見る。
一瞬だけ、目が合う。
わずかな沈黙。
「従え」
袋の口を、わずかに開く。
守る意識を強める。
白い光が滲む。
空気が震える。
同時に、杭が反応した。
地面の術式が発光し、
空間を覆っていた膜が強く張る。
圧力。
見えない力が、光を押さえつける。
計測具が一斉に鳴る。
乾いた金属音。
針の跳ねる音。
紙を走る筆の音。
「波形安定域、確認」
「外部干渉値、想定内」
「核出力、低位固定」
言葉が飛ぶ。
まるで、生き物ではない。
装置だ。
袋の中で、子竜が強く動いた。
布が震える。
嫌がっている。
押しつぶされるような圧に、反応している。
俺は袋を閉じた。
完全に。
光が消え、術式もゆっくりと収束する。
沈黙。
だが空気は、さっきより重い。
黒外套の男が俺を見る。
観察する目。
人を見る目ではない。
媒介を見る目。
「搬入を許可する」
それだけ言って、興味を失ったように視線を外した。
◇
門をくぐる。
王都の内側。
広い通り。
石は磨かれ、均一だ。
建物は整然と並び、
看板の高さすら揃っている。
人は多い。
だが、騒がしくない。
笑い声が小さい。
怒鳴り声がない。
物売りの呼び声も、控えめだ。
誰もが、どこか音量を落としている。
抑制された都市。
規律の匂い。
袋が、再び震える。
今度は小刻みで、落ち着きがない。
「どうした」
小声で言う。
答えはない。
だが、分かる。
ここは――
均されすぎている。
町にあったもの。
怒り。
嫉妬。
好奇心。
恐怖。
雑多な感情が、薄い。
代わりにあるのは、
管理。
測定。
評価。
袋の内側の光が、弱く明滅する。
呼吸が乱れているような、不安定な光。
均衡が、揺れている。
王都は強い。
壁も。
術式も。
人の数も。
だが。
ここには、“関係”よりも“制度”がある。
守るための壁。
だが同時に、
切り分けるための壁。
子竜の尾が、袋の内側でぶつかる。
強く。
これまでにない反応。
拒絶。
本能的な拒絶。
俺は袋を抱き締める。
強く。
「壊させない」
誰に向けた言葉か分からない。
研究院か。
王都か。
それとも――
城の尖塔が見える。
あそこに連れていかれる。
測られ、
定義され、
番号を振られる。
均衡は、関係だ。
だが王都は、関係を数値にする。
その瞬間。
何かが、外れる気がした。
袋の奥で、
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威嚇ではない。
恐怖でもない。
それは――
警告だった。
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