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11 測定室
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石の廊下は、音を吸い込んだ。
王城とは別棟。
王立魔力研究院。
外から見たときより、内部はさらに静かだった。
壁は白い石で統一され、余計な装飾がない。
磨き上げられた床には、わずかに青い魔力線が走っている。
研究院特有の、乾いた匂い。
薬品と、紙と、古い魔術具の匂い。
歩くたび、靴底が乾いた音を立てる。
コツ。
コツ。
だが、それ以外の音はほとんどない。
兵の気配もない。
怒号もない。
ここには、戦う人間はいない。
代わりにいるのは――調べる人間だ。
袋は、腕の中。
子竜は起きている。
さっきから、袋の内側で微かに動いているのが分かる。
落ち着かない様子だ。
門での検査のあとから、ずっとだ。
袋越しでも伝わる。
小さな鼓動。
不安そうな動き。
「こっちだ」
黒外套の研究員が、無機質な声で言った。
重い扉の前で立ち止まる。
分厚い鉄扉。
普通の部屋ではない。
研究員が扉を押した。
――ギィン。
重い金属音が廊下に響く。
部屋は広かった。
天井が高い。
中央に、四角い石台。
周囲の床には、巨大な魔術陣が刻まれている。
円環。
幾重もの線。
絡み合う記号。
そして壁。
壁一面に、計測具。
針。
硝子筒。
水晶柱。
魔力計。
記録板。
複雑な装置が、整然と並んでいる。
そして――人。
研究者たちが、すでに並んでいた。
十人ほど。
白衣。
黒外套。
年齢も様々。
だが、全員が同じ顔をしていた。
観察する目。
兵はいない。
ここには、命令する者も、守る者もいない。
いるのは――
調べる者だけだ。
「対象を中央へ」
淡々とした声が言った。
俺は石台に袋を置いた。
子竜が、わずかに震える。
床の術式が光った。
円環。
幾重もの線が重なり、袋を囲む。
拘束ではない。
測定。
それでも、空気に圧が生まれる。
魔力の流れが、部屋の中央に集まる。
「開封」
短い指示。
俺は袋の口を開いた。
白い光が、ゆっくり滲む。
子竜の小さな身体。
丸くなっている。
まだ幼い。
翼も小さい。
尾も細い。
だが――
その瞬間。
部屋の空気が、わずかに変わった。
研究者たちの手が、一斉に動いた。
針が振れる。
水晶が光る。
記録板に文字が走る。
「出力安定」
「波形、既存術式と一致せず」
「干渉値……?」
「この値は……」
ざわめきが広がる。
子竜は、小さく鳴いた。
嫌そうに、身体を縮める。
光が、少し弱くなる。
俺は袋の縁に手を置いた。
守るように。
その様子を見て、何人かの研究者がちらりと俺を見る。
だが、すぐ視線は子竜に戻った。
彼らにとって重要なのは、人間ではない。
対象だけだ。
「再現実験」
誰かが言った。
部屋の奥で、別の魔術陣が起動した。
床に刻まれた陣が、淡く光る。
複雑な術式。
魔力を集め、整形し、同じ波形を作る。
そのための装置。
研究者が詠唱する。
低い声。
整えられた魔力。
光が生まれる。
白い光。
子竜の光に似せたもの。
だが――
すぐに崩れた。
ぱちん、と乾いた音。
光が散る。
術式が沈黙する。
「……もう一度」
再起動。
詠唱。
光。
そして――崩壊。
今度はさらに早い。
針が大きく跳ねた。
「安定しない」
「波形が固定できない」
「媒介が足りない?」
「いや、構造が……」
研究者たちが顔を見合わせる。
三度目の試行。
今度は、三人で術式を組む。
床の陣が、強く光る。
空気が震える。
白い光が生まれる。
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ、似た。
子竜の光と、同じ揺らぎ。
だが。
次の瞬間。
術式が弾けた。
光が消える。
装置の針が大きく揺れ、止まる。
部屋が、静まり返った。
沈黙。
誰も動かない。
やがて、誰かが呟いた。
「……だめだ」
短い言葉。
そして。
「これは術式ではない」
その言葉で、部屋の空気が変わった。
術式でない。
つまり――
作れない。
再現できない。
測定はできても、支配はできない。
研究者たちの表情に、わずかな困惑が浮かぶ。
理屈が通らない。
その事実が、彼らを戸惑わせている。
その中で。
一人だけ、笑っている男がいた。
細い男だった。
黒髪。
痩せた顔。
だが、目だけが異様に明るい。
興奮している。
男が前に出る。
ゆっくりと、石台へ近づく。
子竜を見る。
袋の中の、小さな存在を。
まるで宝石を見るように。
いや。
それ以上の何かを見るように。
「素晴らしい」
男が言った。
小さく。
だがはっきりと。
「術式ではない」
静かな声。
だが、熱がある。
「構造が違う」
研究者たちが振り向く。
男は子竜から目を離さない。
「これは魔力ではない」
その言葉に、数人が眉をひそめた。
「……何だと言う」
誰かが聞く。
男は少しだけ考えた。
そして。
ゆっくりと言った。
「関係だ」
部屋が静まる。
「この竜は、術式を使っていない」
男の目が、今度は俺に向く。
鋭い視線。
観察する目。
研究者の目。
だが――
どこか違う。
「周囲との関係を変えている」
袋の中で、子竜が動いた。
尾が揺れる。
光が、微かに強くなる。
男はそれを見て、笑った。
研究者の笑いではない。
発見者の笑いでもない。
もっと危ういもの。
「面白い」
男は、ゆっくりと言う。
「実に面白い」
その目は、完全に決まっていた。
欲しい。
理解したい。
分解したい。
そのすべてが、混ざった目。
俺は袋を抱き寄せた。
子竜が、小さく鳴く。
低く。
警戒する声。
男はそれを聞いて、さらに笑った。
「安心しろ」
優しく言う。
だが、その声はどこか冷たい。
「壊しはしない」
少し間を置いて。
男は続けた。
「壊れる仕組みを、調べるだけだ」
袋の中で、子竜の光が揺れた。
小さく。
だが確かに。
均衡が――
また、揺れた。
王城とは別棟。
王立魔力研究院。
外から見たときより、内部はさらに静かだった。
壁は白い石で統一され、余計な装飾がない。
磨き上げられた床には、わずかに青い魔力線が走っている。
研究院特有の、乾いた匂い。
薬品と、紙と、古い魔術具の匂い。
歩くたび、靴底が乾いた音を立てる。
コツ。
コツ。
だが、それ以外の音はほとんどない。
兵の気配もない。
怒号もない。
ここには、戦う人間はいない。
代わりにいるのは――調べる人間だ。
袋は、腕の中。
子竜は起きている。
さっきから、袋の内側で微かに動いているのが分かる。
落ち着かない様子だ。
門での検査のあとから、ずっとだ。
袋越しでも伝わる。
小さな鼓動。
不安そうな動き。
「こっちだ」
黒外套の研究員が、無機質な声で言った。
重い扉の前で立ち止まる。
分厚い鉄扉。
普通の部屋ではない。
研究員が扉を押した。
――ギィン。
重い金属音が廊下に響く。
部屋は広かった。
天井が高い。
中央に、四角い石台。
周囲の床には、巨大な魔術陣が刻まれている。
円環。
幾重もの線。
絡み合う記号。
そして壁。
壁一面に、計測具。
針。
硝子筒。
水晶柱。
魔力計。
記録板。
複雑な装置が、整然と並んでいる。
そして――人。
研究者たちが、すでに並んでいた。
十人ほど。
白衣。
黒外套。
年齢も様々。
だが、全員が同じ顔をしていた。
観察する目。
兵はいない。
ここには、命令する者も、守る者もいない。
いるのは――
調べる者だけだ。
「対象を中央へ」
淡々とした声が言った。
俺は石台に袋を置いた。
子竜が、わずかに震える。
床の術式が光った。
円環。
幾重もの線が重なり、袋を囲む。
拘束ではない。
測定。
それでも、空気に圧が生まれる。
魔力の流れが、部屋の中央に集まる。
「開封」
短い指示。
俺は袋の口を開いた。
白い光が、ゆっくり滲む。
子竜の小さな身体。
丸くなっている。
まだ幼い。
翼も小さい。
尾も細い。
だが――
その瞬間。
部屋の空気が、わずかに変わった。
研究者たちの手が、一斉に動いた。
針が振れる。
水晶が光る。
記録板に文字が走る。
「出力安定」
「波形、既存術式と一致せず」
「干渉値……?」
「この値は……」
ざわめきが広がる。
子竜は、小さく鳴いた。
嫌そうに、身体を縮める。
光が、少し弱くなる。
俺は袋の縁に手を置いた。
守るように。
その様子を見て、何人かの研究者がちらりと俺を見る。
だが、すぐ視線は子竜に戻った。
彼らにとって重要なのは、人間ではない。
対象だけだ。
「再現実験」
誰かが言った。
部屋の奥で、別の魔術陣が起動した。
床に刻まれた陣が、淡く光る。
複雑な術式。
魔力を集め、整形し、同じ波形を作る。
そのための装置。
研究者が詠唱する。
低い声。
整えられた魔力。
光が生まれる。
白い光。
子竜の光に似せたもの。
だが――
すぐに崩れた。
ぱちん、と乾いた音。
光が散る。
術式が沈黙する。
「……もう一度」
再起動。
詠唱。
光。
そして――崩壊。
今度はさらに早い。
針が大きく跳ねた。
「安定しない」
「波形が固定できない」
「媒介が足りない?」
「いや、構造が……」
研究者たちが顔を見合わせる。
三度目の試行。
今度は、三人で術式を組む。
床の陣が、強く光る。
空気が震える。
白い光が生まれる。
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ、似た。
子竜の光と、同じ揺らぎ。
だが。
次の瞬間。
術式が弾けた。
光が消える。
装置の針が大きく揺れ、止まる。
部屋が、静まり返った。
沈黙。
誰も動かない。
やがて、誰かが呟いた。
「……だめだ」
短い言葉。
そして。
「これは術式ではない」
その言葉で、部屋の空気が変わった。
術式でない。
つまり――
作れない。
再現できない。
測定はできても、支配はできない。
研究者たちの表情に、わずかな困惑が浮かぶ。
理屈が通らない。
その事実が、彼らを戸惑わせている。
その中で。
一人だけ、笑っている男がいた。
細い男だった。
黒髪。
痩せた顔。
だが、目だけが異様に明るい。
興奮している。
男が前に出る。
ゆっくりと、石台へ近づく。
子竜を見る。
袋の中の、小さな存在を。
まるで宝石を見るように。
いや。
それ以上の何かを見るように。
「素晴らしい」
男が言った。
小さく。
だがはっきりと。
「術式ではない」
静かな声。
だが、熱がある。
「構造が違う」
研究者たちが振り向く。
男は子竜から目を離さない。
「これは魔力ではない」
その言葉に、数人が眉をひそめた。
「……何だと言う」
誰かが聞く。
男は少しだけ考えた。
そして。
ゆっくりと言った。
「関係だ」
部屋が静まる。
「この竜は、術式を使っていない」
男の目が、今度は俺に向く。
鋭い視線。
観察する目。
研究者の目。
だが――
どこか違う。
「周囲との関係を変えている」
袋の中で、子竜が動いた。
尾が揺れる。
光が、微かに強くなる。
男はそれを見て、笑った。
研究者の笑いではない。
発見者の笑いでもない。
もっと危ういもの。
「面白い」
男は、ゆっくりと言う。
「実に面白い」
その目は、完全に決まっていた。
欲しい。
理解したい。
分解したい。
そのすべてが、混ざった目。
俺は袋を抱き寄せた。
子竜が、小さく鳴く。
低く。
警戒する声。
男はそれを聞いて、さらに笑った。
「安心しろ」
優しく言う。
だが、その声はどこか冷たい。
「壊しはしない」
少し間を置いて。
男は続けた。
「壊れる仕組みを、調べるだけだ」
袋の中で、子竜の光が揺れた。
小さく。
だが確かに。
均衡が――
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