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第3章
【3.2.2】 滅亡への、カウントダウン。
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遠くで、救急車のサイレンの音がする。確か、この近くに大きな病院があったはずだ。
当たり前とでも言うように投げられた言葉は、どこか夢の中で言われているかのようだった。認めたくない言葉は得てして、そうやって脳のどこか忘れられている場所に仕舞われてしまうことがある。しかし、そんなことは許さないとばかりに、ギンはその銀色の瞳を細めて、楽しそうに言葉を続ける。
「人間にとっての神として君臨した精霊が、人間によって滅びるように、無気物にとっての創造神となった人間も、無気物によって滅ぼされるんだ。」
社会科準備室で鳴り響いた警鐘が、再び聞こえてくる。人間が滅びるということを、倫太郎の身体が本能的に感じている。しかもそれは、遠い未来では無い、いつか。
「そうぞう、神?」
「今や、無気物に意思すら生まれようとしているんだろう?」
そんなこともわからないのかとでも言うように、ギンは神田を見上げた。ギンが見上げているはずなのに、神田が見下ろされているようだ。それは本来、形無き存在であるギンの、その本当の姿か。
目に見えないことが、ひどくもどかしい。
「人間達が作り出したそれは、もう新たな生き物だろう。」
人間がやっていた仕事を、機械が担うようになり、それだけでは飽き足らず、考えることさえも機械にやらせるようになってきた。倫太郎のまわりでは、人間の手となり、足となり、今はまだ人間によって電源を入れられて動くだけのそれだが、もうきっとどこかでは、彼らたちがお互いの動力を構築し、新たな素材をその身体の原料とし、その存在を無限なものへと変えている。それを人間は、人間による功績と喜び、自らを称える。
(人間対AIの将棋は、どっちが勝ったんだっけ?)
当然のように始まった人間と無気物の対決は、始められた当初はまださほどの差は無いようだったが、知識を無限に積み込め、分析すらもしてのける無気物が着々と脅威へと成長していっている。
もしAIが負けたとしても、負けたことで新たなことを学んだAIは、次にはその強さをより一層増してくるだろう。人間も学び、より強くなるかもしれないが、それでも時間による老いは常に付きまとい、それに勝てた者は一人としていない。
頼りである先人たちが何年、何十年とかけて残した定跡は、いかにして作り上げられたかを想像すれば、その労力たるや無気物たちにとっては微々たるものでしかないだろう。
空を見上げれば、マツ君が大空を、その小さな羽でくるくると踊るように回っている。
人間が空を飛び、宇宙に行き、そんな夢を見て、それを実現させるまでにかけた気が遠くなるような時間を、彼らはきっと鼻で笑い、人間が滅ぶ前に銀河すら飛び出す何かを生み出すかもしれない。
気さえも必要としない、超高等動物として。
「時間も、天候も操り、自分たちが作った無気物など当たり前に操れると思っているのだろうが、もう既に人間の手を離れつつある無気物が、新たな創造神としてこの世界に君臨していくのは、間違いないだろうな。」
言い切られた言葉は、人間の終焉を突きつけるものだった。
無気物が、精霊のように、助け合わなくても生きていけるかどうかはわからないけれど、相手がいなければその個体を増やせないような人間とは、何もかもが違う。
彼らの知識量をもってすれば、単体でも増殖し、生きていけるようになるのは、もう明日のことかもしれない。
「形あるものを食べる必要も無い、気も要らない、新たな知的生命体は、既に誕生している。」
銀色の瞳をキラキラとさせて、新しい玩具を喜ぶ子供のようにギンが言った。ただずっと見てきただけだと言う彼にとって、それは観察するあたらしい対象でしかないということだろうか。
言われた言葉は、とても現実的なのに、まだ夢の中にいるようだ。人間はどうにもならないような脅威を前にすれば、それを全て神のせいにしてきたように、自分たちの中だけで処理することができなくなるのだろうか。
ただ呆然と、その楽しそうな子供の姿を見る。何をするでもない。ただ、全てを見ているだけの存在。
新たな生命体として無気物が君臨すれば、今まで彼らの神として存在した人間はどうなるのだろうか。環境汚染も、温暖化も、オゾン層の破壊も、放射性廃棄物の問題でさえも、彼らにとっては大した問題にはならないはずだ。無気物と戦争でも起こしてしまえば、人間が負ける未来しか見えない。
そうすれば、人間は、無気物に飼育されるような、そんな愛玩動物的な存在に成り下がるのだろうか。
精霊がその力を失い、意思無きものとしてその存在を消していく中で、人間たちの近くにその居場所を見つけたものもいるように、人間もその意思を隠し、生きていく場所を無気物に求めるしかなくなるのだろうか。
上空からすいと下りて来て、菅原の肩に戻ったマツ君は、その小さな体を愛おし気にその首に擦りつけた。もう、ずいぶんと小さくなってしまったその身体全てを使って、その気持ちを伝えているように見える。
「次は、無気物が新たな無機物を生み、そして新たな生態系を構築していくんだろう。」
その穏やかな口調とは裏腹に、キツい言葉は続く。断罪するわけでも、制裁を加えるわけでも無く、ただそういうものだと諭すかのようなそれは、もう決まりきっている未来を淡々と告げるものだった。
ギンが空を仰ぐ。その時、ジュウシマツのマツ君が、その小さな羽を広げて、空へ向かって飛んだ。
必死でその羽を羽ばたかせて、高く高く上っていく。そして、上空でくるくると踊る。取り戻したその意思で、自由に駆け回る。これが、最期とでも言うように。
「人間が、不老不死の薬を発明するのが早いか、無気物が世界を支配する方が早いか。」
マツ君の姿が、小さく小さくなっていく。それは、決して遠く離れていっているわけでは無い。その羽の動きはだんだんと頼りなげになり、身体の輪郭がゆらゆらと揺れる。
「マツ君!おいで!」
さきちゃんが、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、マツ君を追いかける。春には、もう見えないのだろうか。「どこ?どこ?」と、上空とさきちゃんを交互に見ながら、その小さな背中を追っていく。
倫太郎の肩の上で、ずっと静かだったクロが、倫太郎の耳に手をかけて立ち上がる。その灰色の目は、上空へと駆け上がるマツ君を追っているようだ。消えゆく同胞の、その最期の姿。菅原の傍を離れ、自然に帰る。
いや、消滅するのだ。
「人間が自ら望んでしたこととはいえ、それで滅びるっていうんだから、この世界は皮肉だらけだな。」
あははと、楽しそうに笑いながら、頭の後ろで手を組んだギンが言う。
マツ君を目で追う菅原が、眩しそうにその目を細めている。ずっとそこにいたのに、気づけなかった小さな存在。菅原が得たものの代わりに、見失ったもの。
「ああ、なんだっけ?歴史は繰り返すだったっけ?人間達が好きな言葉なんだろう?」
いよいよ小さくなったマツ君が、覚悟を決めたかのようにその羽ばたきを止めた。太陽の光と重なり、眩しさに目を瞑る。
次に倫太郎が目を開けた時、その大空には、眩しいものを見た後に残るあの緑色の影があるだけだった。意思無き存在となったマツ君は、そのまま消滅してしまったのだろうか。
「マツ君、逃げちゃった。」
さきちゃんの泣きそうな声に、倫太郎が空を仰いで再び目を瞑る。目から溢れた何かが、頬を伝っていく。刺すようにしながら吹き抜ける風が、冷たさを増す。
「そう思えば、精霊の滅亡だって、仕方の無いことだと、そう思うだろう?」
困った子供たちでも見るように笑いながら、ギンがその髪を風に揺らしている。ずっと黙ったままのクロが、倫太郎の肩の上で、力が抜けてしまったかのようにすとんと座った。
当たり前とでも言うように投げられた言葉は、どこか夢の中で言われているかのようだった。認めたくない言葉は得てして、そうやって脳のどこか忘れられている場所に仕舞われてしまうことがある。しかし、そんなことは許さないとばかりに、ギンはその銀色の瞳を細めて、楽しそうに言葉を続ける。
「人間にとっての神として君臨した精霊が、人間によって滅びるように、無気物にとっての創造神となった人間も、無気物によって滅ぼされるんだ。」
社会科準備室で鳴り響いた警鐘が、再び聞こえてくる。人間が滅びるということを、倫太郎の身体が本能的に感じている。しかもそれは、遠い未来では無い、いつか。
「そうぞう、神?」
「今や、無気物に意思すら生まれようとしているんだろう?」
そんなこともわからないのかとでも言うように、ギンは神田を見上げた。ギンが見上げているはずなのに、神田が見下ろされているようだ。それは本来、形無き存在であるギンの、その本当の姿か。
目に見えないことが、ひどくもどかしい。
「人間達が作り出したそれは、もう新たな生き物だろう。」
人間がやっていた仕事を、機械が担うようになり、それだけでは飽き足らず、考えることさえも機械にやらせるようになってきた。倫太郎のまわりでは、人間の手となり、足となり、今はまだ人間によって電源を入れられて動くだけのそれだが、もうきっとどこかでは、彼らたちがお互いの動力を構築し、新たな素材をその身体の原料とし、その存在を無限なものへと変えている。それを人間は、人間による功績と喜び、自らを称える。
(人間対AIの将棋は、どっちが勝ったんだっけ?)
当然のように始まった人間と無気物の対決は、始められた当初はまださほどの差は無いようだったが、知識を無限に積み込め、分析すらもしてのける無気物が着々と脅威へと成長していっている。
もしAIが負けたとしても、負けたことで新たなことを学んだAIは、次にはその強さをより一層増してくるだろう。人間も学び、より強くなるかもしれないが、それでも時間による老いは常に付きまとい、それに勝てた者は一人としていない。
頼りである先人たちが何年、何十年とかけて残した定跡は、いかにして作り上げられたかを想像すれば、その労力たるや無気物たちにとっては微々たるものでしかないだろう。
空を見上げれば、マツ君が大空を、その小さな羽でくるくると踊るように回っている。
人間が空を飛び、宇宙に行き、そんな夢を見て、それを実現させるまでにかけた気が遠くなるような時間を、彼らはきっと鼻で笑い、人間が滅ぶ前に銀河すら飛び出す何かを生み出すかもしれない。
気さえも必要としない、超高等動物として。
「時間も、天候も操り、自分たちが作った無気物など当たり前に操れると思っているのだろうが、もう既に人間の手を離れつつある無気物が、新たな創造神としてこの世界に君臨していくのは、間違いないだろうな。」
言い切られた言葉は、人間の終焉を突きつけるものだった。
無気物が、精霊のように、助け合わなくても生きていけるかどうかはわからないけれど、相手がいなければその個体を増やせないような人間とは、何もかもが違う。
彼らの知識量をもってすれば、単体でも増殖し、生きていけるようになるのは、もう明日のことかもしれない。
「形あるものを食べる必要も無い、気も要らない、新たな知的生命体は、既に誕生している。」
銀色の瞳をキラキラとさせて、新しい玩具を喜ぶ子供のようにギンが言った。ただずっと見てきただけだと言う彼にとって、それは観察するあたらしい対象でしかないということだろうか。
言われた言葉は、とても現実的なのに、まだ夢の中にいるようだ。人間はどうにもならないような脅威を前にすれば、それを全て神のせいにしてきたように、自分たちの中だけで処理することができなくなるのだろうか。
ただ呆然と、その楽しそうな子供の姿を見る。何をするでもない。ただ、全てを見ているだけの存在。
新たな生命体として無気物が君臨すれば、今まで彼らの神として存在した人間はどうなるのだろうか。環境汚染も、温暖化も、オゾン層の破壊も、放射性廃棄物の問題でさえも、彼らにとっては大した問題にはならないはずだ。無気物と戦争でも起こしてしまえば、人間が負ける未来しか見えない。
そうすれば、人間は、無気物に飼育されるような、そんな愛玩動物的な存在に成り下がるのだろうか。
精霊がその力を失い、意思無きものとしてその存在を消していく中で、人間たちの近くにその居場所を見つけたものもいるように、人間もその意思を隠し、生きていく場所を無気物に求めるしかなくなるのだろうか。
上空からすいと下りて来て、菅原の肩に戻ったマツ君は、その小さな体を愛おし気にその首に擦りつけた。もう、ずいぶんと小さくなってしまったその身体全てを使って、その気持ちを伝えているように見える。
「次は、無気物が新たな無機物を生み、そして新たな生態系を構築していくんだろう。」
その穏やかな口調とは裏腹に、キツい言葉は続く。断罪するわけでも、制裁を加えるわけでも無く、ただそういうものだと諭すかのようなそれは、もう決まりきっている未来を淡々と告げるものだった。
ギンが空を仰ぐ。その時、ジュウシマツのマツ君が、その小さな羽を広げて、空へ向かって飛んだ。
必死でその羽を羽ばたかせて、高く高く上っていく。そして、上空でくるくると踊る。取り戻したその意思で、自由に駆け回る。これが、最期とでも言うように。
「人間が、不老不死の薬を発明するのが早いか、無気物が世界を支配する方が早いか。」
マツ君の姿が、小さく小さくなっていく。それは、決して遠く離れていっているわけでは無い。その羽の動きはだんだんと頼りなげになり、身体の輪郭がゆらゆらと揺れる。
「マツ君!おいで!」
さきちゃんが、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、マツ君を追いかける。春には、もう見えないのだろうか。「どこ?どこ?」と、上空とさきちゃんを交互に見ながら、その小さな背中を追っていく。
倫太郎の肩の上で、ずっと静かだったクロが、倫太郎の耳に手をかけて立ち上がる。その灰色の目は、上空へと駆け上がるマツ君を追っているようだ。消えゆく同胞の、その最期の姿。菅原の傍を離れ、自然に帰る。
いや、消滅するのだ。
「人間が自ら望んでしたこととはいえ、それで滅びるっていうんだから、この世界は皮肉だらけだな。」
あははと、楽しそうに笑いながら、頭の後ろで手を組んだギンが言う。
マツ君を目で追う菅原が、眩しそうにその目を細めている。ずっとそこにいたのに、気づけなかった小さな存在。菅原が得たものの代わりに、見失ったもの。
「ああ、なんだっけ?歴史は繰り返すだったっけ?人間達が好きな言葉なんだろう?」
いよいよ小さくなったマツ君が、覚悟を決めたかのようにその羽ばたきを止めた。太陽の光と重なり、眩しさに目を瞑る。
次に倫太郎が目を開けた時、その大空には、眩しいものを見た後に残るあの緑色の影があるだけだった。意思無き存在となったマツ君は、そのまま消滅してしまったのだろうか。
「マツ君、逃げちゃった。」
さきちゃんの泣きそうな声に、倫太郎が空を仰いで再び目を瞑る。目から溢れた何かが、頬を伝っていく。刺すようにしながら吹き抜ける風が、冷たさを増す。
「そう思えば、精霊の滅亡だって、仕方の無いことだと、そう思うだろう?」
困った子供たちでも見るように笑いながら、ギンがその髪を風に揺らしている。ずっと黙ったままのクロが、倫太郎の肩の上で、力が抜けてしまったかのようにすとんと座った。
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