【完結】精霊は、なぜ滅びたか。

林奈

文字の大きさ
38 / 39
最終章

【4.0.0】 残されしもの。

しおりを挟む
「今日は、ありがとうございました。」


 そう言って倫太郎が頭を下げれば、なんだかスッキリとしたような顔をした菅原が、「こちらこそ、ありがとう。」と言った。
 駅まで送ってもらった倫太郎たちは、車を静かに降りた。マツ君を追いかけて、その後ずっと泣いていたさきちゃんは、泣き疲れてしまったのか、菅原に抱っこされて本殿から車に戻って来るまでの間に、眠ってしまっていたのだ。


 マツ君の姿は、あの後見つけることができなかった。どこかからでも戻ってきて、倫太郎の掌の上で少しでも腹を満たしてくれればなんて期待もしたが、クロは探す気が全く無いようで、倫太郎の肩の上で静かに肩を落とすだけだった。

 彼はこうして、たくさんの精霊を見送ってきたのだろうか。

 気だけで、その存在を維持できる精霊。その寿命というものが無いのだとすれば、それは倫太郎が思うよりも長い月日をクロは生きてきたのかもしれない。長い長いその命の中で、たくさんの命を見送ってきたのだとすれば、そして誰にもその存在に気が付いてもらえないようなそんな時間を過ごしてきたというのなら、その辛さは彼にしかわからないだろう。
 垂れ下がったまま静かに揺れるその尻尾を横目で見ながら、倫太郎はクロに同情した。

 さきちゃんが、「マツ君がいなくなっちゃった。」と言ってあまりにも泣くので、菅原が「家に帰ったら、小鳥が飼えないかママに相談してみような。」と言って慰めていた。

 おそらくは、全く理解できないような状況であっただろう神田と菅原だったが、ギンの言葉から何かを感じ取ったのだろうか。ただそれは、静かに何かを考えているような、そんな雰囲気にも見えたし、疲れ切ってがっくりと肩を落としているだけのようにも見えた。
 特に菅原については、昨日の社会科準備室の様子では、ひどく疲れているように見えただけに、運転手までさせてしまったことを、倫太郎は申し訳なく思っていて、駅まで送ってもらったその別れ際に、丁寧にお礼を告げたのだった。


「ねえ、ギンちゃんって結局何者だったの?」と、相変わらずマイペースというか、ノーカンな岸間春は、帰りの車の中でも終始喋りっぱなしで、お陰でお通夜のような雰囲気になってしまうことだけは避けられた。とてもありがたかった半面、寝ているさきちゃんを起こしてしまうのでは無いかと、ハラハラもさせられた。
 車を降りてからも、家に帰ろうという気配はさらさら無く、倫太郎が自転車置き場の方に足を向けようとすれば、「もう、帰っちゃうの⁉」と素っ頓狂な声を上げて、倫太郎を困らせた。気が付けば、雲が空を覆い始め、本来の時間よりもかなり暗く感じた。仕方なく、電車で帰る神田を見送った後、隣の学区だという彼女を、自転車を押しながら家まで送ったのだった。


 ギンは、あの後、姿を消した。


「倫太郎のお陰で、色々と分かった。これからのこともさ。」


 本殿から車へと戻る道すがら、ギンはとても満足したとでもいうように、腕を組みうんうんと頷いた。その度に揺れる銀色の髪が、太陽の光を反射して描く曲線。そして、銀色の瞳が、寂し気に細められる。


「だからといって、僕は見てるだけだけどな。」


 付け足すように吐き出された言葉は、ひどく投げやりだった。何もできないもどかしさが、そこにあると感じたが、それは倫太郎の希望のようなものがそうさせたのかもしれない。
 人間にこの先待っていることを考えれば、藁にでも縋りたい気分ではあるが、その藁はギンでは無いという事は倫太郎にも分かっている。

 ギンは、徐に両手を上げてその身体を伸ばした。「んんー。」という声が聞こえたような気がする。


「しかし、人間に形をもらうっていうのも、なかなか楽しいものだな。」


 銀色の髪、銀色の瞳、それさえも倫太郎によってそうぞうされたものだとしたら、一体何を感じとってその色にしたのか。正体がわかりそうでわからない、言葉にならない存在。そこにいて、ただ見ているだけのもの。

 ギンが、空を見上げる。太陽の光を浴び、その銀色の髪と瞳を輝かせる。
 倫太郎も、太陽に目を向ける。張り詰めた雲の向こう側にさえ常にそこにいて、照らし続けているそれは、かけがえのないもの。冷たい空気の中でも、その日差しの持つ熱は柔らかい。


「クロ、生き伸びろよ。生きてさえいれば、何かまた違う道が、見つかるかもしれないから。」


 倫太郎の肩の上、先ほどから黙り込んだままのクロが、聞いているのか聞いていないのか、そっぽを向いている。しかし、その耳はピクピクと動いている。


「人間なんかより、付き合いは長いんだ。僕にだって、寂しいと思う気持ちぐらいは知っている。意思無きものに戻る気が無くてもさ、消えてしまえば楽にはなるかもしれんが、面白いことは何一つないからな。」


 そう言いながら、子供の姿のギンが手を伸ばす。倫太郎の肩の上、そっぽを向いた黒い猫に、その手が届く。ゆっくりと、その姿が上がっていく。
 そして、銀色の瞳が、倫太郎を見下ろす位置まで昇る。それは、数日前に見たことのある景色。


「次会う時には、僕にも名前がついているだろう。人間は、区別するのが大好きだからな。」


 いつものあの、悪戯っぽい笑顔。人間を馬鹿にしたようなそれを、倫太郎はただ呆然と見ていた。


「ではな。倫太郎、クロ、楽しかった。また会おう。」


 そんな簡単な言葉だけを残して、銀色のそれはふっと姿を消した。
 しかし、涙は出なかった。



─────────



 夜になって、雪交じりの雨が降り始めた。










しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...